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幕間劇 「灰と黄金」

幕間劇  灰と黄金


 『賢人会議』の開始から早くも6時間が経過していた。一つの重大な決議を終えて、いったん休会となり十賢人たちはそれぞれの部屋に戻り憩いの時間を過ごしている。

 その部屋は『判事』の部屋と比べれば随分とまともな部屋に見える。部屋の中心には大理石のテーブル。それを囲う革張りのソファー。天井からは豪華なシャンデリアが設置され、部屋の隅には西洋甲冑や人の背ほどもある陶磁器の壺が置かれている。

 一言でいえば一般人が思い描く金持ちの応接室そのものだった。

 その部屋の豪華さとは裏腹にテーブルの上に並べられているのは宅配のピザとスナック菓子、ペットボトルの炭酸飲料といったもの。

 そのテーブルを三人の女性が取り囲み、談笑に耽っていた。

 『教授』は思う。この部屋の上辺だけの豪華さと中身の薄っぺらさこそ、この部屋の主の本質なのだ。

 そんな評価はつゆ知らず部屋の主が次の話題を振る。


「ああ、愉快愉快。あいつの間抜け面を見たかよ。辞書を作るときは、あの顔をそのまま張り付ければ誰だって理解できるぜ。これが間抜け面ってやつだってよ」


 ここでキメ顔。

 彼女は終始上機嫌だった。二人の客人に気を遣うことなくリラックスした様子でソファーに深々と身を委ねて、足を大きく開きピザを頬張っている。

 髪は短髪でボーイッシュ、整った顔立ちは異性より同性に好まれる印象だ。その出で立ちは中世の傭兵を思わせる風で、なめし革で作られた鋲打ち鎧を身に着け、肩から銀色の毛皮を纏っている。手足にも獣の皮で作った重厚なグローブとブーツ、丈の短いスカートから太ももだけが露わになっていた。

 皮手袋のままピザを食べるのはどうかと思うが、それも魔法的な何かで問題ないのだろう。

 彼女のことはコードネームである『天狼星(シリウス)』と呼ぶことにしよう。


「でもでも、流石は先輩ですわ。堂々としていらして。あの『騎士王』先輩が反論もできずに沈黙してしまっていました。かっこよかったですよ。ほんとにほんとに」


 客人の一人は、ふわっとしたミディアムヘア。ごく普通のブレザーの制服を着こんでいる。少女たちならそれが都内にある中高一貫の名門私立校のものだと判別できるだろう。その姿はどこにでもいそうな普通の女子中学生だが、それがこの空間では逆に異様さを放っていた。名前を金輪祭雛子(こんりんさい ひなこ)という。コードネームで呼び合うのが常である魔法少女の中にあって、堂々と本名を名乗っていることもまた異様さを際立たせていた。


「金輪祭ちゃんも誰につけば美味しい思いができるかは理解しているようだね」

「とんでもないです。私はただ自分が正しいと思ったことをしただけです。ですから、ただただ先輩が正しい判断をしただけのことですわ」

「無欲もいいが、かえって痛くもない腹を探られてしまうことになると覚えておくといいぜ、金輪祭ちゃん」

「やだやだ、先輩怖いです。じゃあ、何かお礼を貰っちゃおうかな」


 『教授』はこの下らないやりとりに全く興味がなかった。手元の電子端末をいじくりながら曖昧な相槌を打つばかりだ。それでもこの二人、騎士王の派閥(あお)に続く第二派閥と第三派閥の領袖なのだ。一方、教授の派閥(きいろ)といえば判事の派閥(しろ)を除けば最弱の第9位である。『教授』も『騎士王』に真っ向から敵対するつもりはないのだが騎士王の目指す目標は、教授の目的とは当面、相反するものであった。『騎士王』を個人的に敵視する『天狼星(シリウス)』を除けば、おそらく他の十賢人も同様だろう。

 騎士王のリーダーシップが失われた今、魔法少女たちがこれから何を目的として行動するかが目下の課題である。

 『教授』も自分の目的ためには、面倒な『駆け引き』に時間を割かねばならないのだ。


「そういえば噂で聞きましたけれど『赤』と『黒』のお二人もすでに先輩の軍門に下っているとか。《赤》と《黒》といえば数少ない一期生、いわゆるオリジナル・メンバーのお二人。そしてそして、個人の戦闘能力では魔法少女の中で一、二を争う双璧と聞いています」


 一転して、いきなり核心に踏み込むものだと『教授』は感心した。

 『天狼星(シリウス)』というと「軍門に下る」というワードが気に入ったようで、ふふんと鼻を鳴らした後に


「ふふふ。流石は金輪祭さん。情報が早いね。確かにあの二人は既に私のために働いてくれると約束してくれている。どんな強力な駒もそれを使いこなせるプレイヤーがいなければ腐った鯛というものだよ。」


(それを言うなら『腐った鯛』やなくて,『宝の持ち腐れ』やろ)


 『教授』はあえてツッコまなかった。


「そういえば、『教授』先輩もオリジナル・メンバーですよね」


 金輪祭は『教授』の方を振り返る。


 この部屋の二人目の客人。それが『教授』だ。少女と呼ぶにはいささか成長しすぎているようだ。

 その服装というと黄色いブラウスに黒いタイトスカート。露わになっている太もも。その上から白衣を着こみ、いかにも知的なイメージを醸し出している。それだけでは私服か魔法少女のコスチュームかの判別は難しいが金属製のイヤーカフスとチョーカー、手の甲に宝石の埋め込まれた手袋などは魔力を放つ魔法少女特有のものだった。


「厳密には、うちはオリジナル・メンバーでは、ないんやけどな。うちは1.5期生というところや」


 『教授』が魔法少女になったのは19歳の時。それがもう10年も昔の話になる。彼女が頭一つ飛びぬけて最年長の魔法少女であることは広く知れ渡っていた。彼女が1.5期生という特別な立場にあることも、もっともらしく聞こえた。


「もう、オリジナル・メンバーで残ってるのは白青赤黒の4人だけや」

「賢人会議も変わらなければならない時期ってことだろう。はっきりいって『青』の時代は終わったんだ。赤と黒の二人も私に従うと言っている。あとは、君たち二人が協力してくれれば5票。つまり、賢人会議は私たちの思い通りってわけだ」


「もちろん私は先輩に逆らうつもりはありませんよぉ。これからも先輩を見習っていろいろ勉強していきたいと思っています」


 金輪祭は誠心誠意と言わんばかりに両目でしっかりと『天狼星(シリウス)』の顔を捕える。

 『教授』は小さく咳をして、あらたまって言葉を紡ぐ。


「灰谷ちゃん。こういったら怒られるかと思うけど、うちは正直いって災夢なんてどうでもええねん。みんなはあたり前のように魔法少女でいることを受け入れてるけど、うちに言わせたら、それこそ信じられへん。こないな非科学的な現象を疑いなしに受け入れるなんてな。うちが魔法少女になったとき、もう20歳前やったからかもしれへん。うちが科学者やからかもしれん。とにかくうちにとって一番大事なのは魔法少女が一体全体どういう理屈のもんかってことやねん。それさえ邪魔せぇへんなら、うちはどうでもええねん。そういうところに気を利かせてくれるリーダーがいて欲しいわけ。分かる?」

「『教授』の熱意は理解してるつもりだぜ。私は全力で『教授』の研究をサポートする。それがお互いにとってウィン・ウィンってもんだ。あと、私のことは本名灰谷ちゃんではなく『天狼星(シリウス)』と呼んで欲しいね」

「灰谷ちゃん。うちは特別な思いを込めて灰谷ちゃんを灰谷ちゃんって呼ぶねん。もちろん、いい意味でな。わかってくれるやんな」

「いい意味なら。まあ、いいかな」

(ホンマ、ちょろい奴やな)


 『天狼星(シリウス)』こと灰谷は魔法少女4期生。彼女が魔法少女になったときから『教授』は彼女のことをよく知っているのだ。灰谷ちゃんでいいじゃないか程度にしか思っていない。


「流石は『教授』先輩。高みを目指す姿勢は魔法少女界一の天才の肩書は伊達ではないということですね。さてさて一体どういう研究をなさってるんです?」

「ふーん、それより雛子ちゃんの変身した姿みたことないんやけど、なんでなんかなぁ」

「うふふ」

「うふふってオチはないんかい。たった1年で賢人会議のメンバーになった天才少女”金輪祭雛子ちゃんに天才言われても嫌味にしか聞こえんわぁ」

「そんなぁ。私はただ友人に恵まれてるだけです。ただ、若手の魔法少女みんなの代表としてこの場にいさせてもらってるだけですよ。今日も『天狼星』先輩と『教授』先輩という大先輩とお近づきになれて、なんていうかもう師匠と弟子みたいな感じの関係になれたらなって思ってるんですよぉ」


 この金輪祭という少女、とかく誰にも好かれる傾向がある。『教授』も彼女のことを警戒しながらも決して彼女が嫌いだというわけではなかった。それが天賦の才能なのだか、あるいは魔法の力なのだかは分からない。『教授』が指摘したように魔法少女になってわずか1年、9期生でありながらヒイラギ作戦で死亡した先代に代わって十賢人になったという傑物である。今回の会議が初めての出席ということで、他の十賢人も彼女には注目していた。ふたを開けてみれば、このとおり会議中も終始、美辞麗句をならべたて先輩たちを賞賛し続けていた。

 『教授』も彼女がおべっかだけでここまで出世した、なんてくだらない仮説は信じることができない。この手の輩は性根が腐っていると相場が決まっているのだ。そう『教授』自身がそうであるように。いつまで道化を続けるのかは見物だけれども。

 『教授』も『政治』や『陰謀』、『駆け引き』といったものが嫌いというわけではない。しかし、あくまで本分は研究にあると考えている。金輪祭が灰谷をうまく操ろうと考えているのならばそれも悪くない。研究以外の雑事はできる限り俗物に任せて,省エネを図るというのが『教授』の一貫した方針なのである。


「そうかそうか。金輪祭ちゃんはずっとそのキャラで行くつもりなん。自分で自分が嫌になったりせんの? まあ、ええわ。灰谷ちゃん。うちが何やっても口出ししない手出しもしない。それが条件や。それだけ守ってくれたら,あとは好きにしてええで」


 『教授』はそれだけ言うと手元の電子端末に目を落とす。


「私は条件なんかありません。全力で先輩をサポートさせてもらいます。」


 頭を下げる金輪祭。


「そうか。僕は素晴らしい仲間を持ったということだ」


 部屋の主は二人の思惑など知る由もなく、とにかく自分が騎士王に代わる新たなリーダーになることに満足していた。


「今回の賢人会議で私はある議題を提案しようと思っている」


 そういうと『天狼星』は大げさに二人を見回す。


「わあわあ、なんです、なんです? 議題っていったいなんですか?」


 一拍おいて金輪祭が大げさに驚く。

 『教授』も顔を上げて「それは早く聞きたいな」と棒読みで声を発した。


(面倒やけど、ここで時間をかけるともっと面倒やからな、灰谷ちゃんは)


「聞いて驚け。私は…王になる。魔法少女の王だ」

「おお、おお、おおおお」


 金輪祭はダジャレとも判断の付かない声を上げる。


「『天狼星(シリウス)』を魔法少女の王とする。その議題に賛成してもらうぜ」


(王か……灰谷ちゃんは相変わらず面白いことを考えるなぁ。まあ、名前だけの肩書なら好きに名乗ったらええ)


 『教授』は憎たらしいほどの満面の笑みの灰谷を見つめた。


(灰谷ちゃんは、はっきりいって阿呆や。虚勢だけで中身なんかない。だから神輿に担ぐには最適や。しかしなぁ、灰谷ちゃんは底知れぬ人望だけはある。金輪祭とはまた違う。母性本能をくすぐって放っておけない気分にさせる、そんな魅力がある。正直、王になるちゅう話を聞いて、うちも面白いと思ってしもうた。他の連中も裏で糸を引いてるつもりが、いつの間にか引っ掻き回されてるなんてことにならんようにな)


 『教授』は思わず口角を上げてしまっていた。


                  幕間劇「灰と黄金」終了

幕間劇については、トッピング程度にお楽しみいただければと思います

※2015/1/3 灰谷ちゃんのセリフを修正

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