26話 厄介な敵
霧野山五合目ペンションの二日目の昼。とある廊下にて、一人の男が歩いていた。
名前は免田大五。夜天閣第二戦闘補助部隊所属のEランク部員である。
彼女の夜術はメンタリズム。
質問を繰り返すごとにその質問に対する相手の心理的動揺が顕著になるという能力である。
あえて言おう、地味である。
戦闘には全く持って使えないし、所詮はメンタリズムであるので、尋問に強い相手や根っからいかれている人間には効果がない。
もうアラサーの域に踏み込んだというのに出世の軌道にも乗れず、あとから入ってくる後輩たちにランクを抜かれる毎日である。
しかし、そんな彼に予期せず舞い降りた出世のチャンス。
今回の交流会の報酬は特別Bランク資格。
慕われる自分、給料アップ、モテ期、そんな妄想が膨らむ。
零合目での試験内容は免田にとっては高難易度。
運よく強い人が戦っているところに割って入って一撃入れることに成功した。
ただ髪の毛をかすめた程度だが、それでも認められた。
深見があまりにもやりすぎてしまったので判定が甘かったのだ。
そして迎えた第二試験。
その試験内容は免田にとって最高であった。
メンタリストである自分にとって、対人の心理戦はお手の物だったからだ。
ここで活躍して次に進む。そう意気込んだ矢先だった。
「ん?」
廊下の向こう側から歩いてくる一組の男女が見えた。
スマホをいじる金髪のキラキラとした女とその後ろを歩くノッポの男。
知っている顔だ。夜天閣学生の二年の二人。名前は覚えていない。
免田は警戒した。
先日配布された浴衣の胸元に隠してあるカードを守る。
しかし、それと同時にカモだとも思った。
相手は学生、引っ掛けるのにこれほどまでに簡単な相手はない。
免田は会話を試みた。
「こんにちは。お二人ともどちら……へ?」
女の方に話しかけると、男が女をかばうように手を広げて前に出た。
「ラキナに話しかけるな。ゴミが。」
上から降り注ぐ敵意の視線に思わず黙り込む。
「いいよ別に。とうやん、あんまり威圧しないであげて。」
「ラキナがそう言うならいい。」
男は手をどかして一歩引いた。
「それで、なんか用?」
「いえ、なんとなく話しかけてみただけです。どちらへ行かれるんですか?」
「部屋。」
「そうですか、部屋といえば、この建物の内装はとてもきれいですよね、ゲームのステージではなく本当に住みたいくらいの。」
「うん。」
ラキナはスマホをいじることをやめない。
失礼だと思うと同時にやりづらいとも思った。
スマホに意識が分散しているせいで反応がわかりにくくなる。
だが、問題ない。免田はすぐにこっちのペースに引き込んでやると気合を入れた。
「そういえばゲームの話なんですが、あのカード、たまに音がなるんですよね。3時間ほどカードに触れなかったらですけど。」
女の眉がピクリと動き、男の右手も少しだけ反応を示した。
適当にでっち上げた嘘でも、信憑性にかける言葉であっても、あり得る事象なら人間は一瞬だけ信用する。
そして、今二人が意識した場所はズボンのポケット。
カードの位置はわかった。
あとは免田にそれを盗み見るだけの技術があるかどうか。
結論を言えば、ある。
メンタリストの器用さは伊達じゃない。
人のポケットからものを取るなど造作もないことだ。
「おっと、こんな時間だ。私もこのあと少し忙しいので失礼させていただきます。お互い頑張りましょうね
。」
そして、二人の横を通りすがりにカードを盗む。
「(すまない後輩たち、俺の出世のために踏み台となってくれ。)」
すると突然、免田は頭がクラっとしてよろめいた。
それと同時にカランと乾いた音が響く。
なんとか回復してあたりを見渡した。
そして、床に落ちているものを見て背筋が凍りついた。
「ふぅん、白の2ね。」
そこには免田のカードが落ちていた。
よろけた反動で落ちたのだ。
「あ、いや、違う!これは俺のじゃない!」
とっさに言い訳を並べたが、もはや言い逃れできるようなものではない。
「なんで、なんでいきなり……。」
そこで、免田はようやく思い出した。
目の前にいる女の夜術がどんなものだったかを。
「大丈夫?たまたま貧血になったようだけど。」
「あ、ああ……。」
免田は錯乱した。
もうここまで来たら脱落は免れない。
ならばせめてチームが勝てるように二人のカードの情報を告発される前に仲間に届ける。
そんな思いで、雄叫びを上げながら二人に襲いかかった。
「あぐっ……!」
免田は気づけば地面に転がされていた。
さっきまで後ろに控えていたノッポの男にだ。
体が思うように動かない。
「ふ、深見流柔術……!?」
「ラキナ、暴力行為してしまった。これは失格になるだろうか」
「安心しなよとうやん。ルールには目に見えるダメージとしか書いてない。このダメージは目には見えてないからセーフだよ。」
「ラキナがそう言うなら俺もそう思う。」
「じゃ、明刈さんのとこ行こ。告発して点数稼がなきゃ。」
「分かった。」
そう言い残して、動けなくなった免田を放置して二人はその場をあとにした。
ーーー
———品野視点
二日目の夜が回ってきた。
今のところ自分たちのチームで脱落したやつはいない。
さきほど、チーム内でメールでのやり取りをした。
自分の特技や能力、どのチームが強くて誰を警戒すべきかの情報共有だな。
メンバーの能力はまとめるとこんな感じ。
後山 行動力のある変態。
ハットリ 忍者。忍術が使える。
パシナカ ちょっと足が速い。深見流柔術をちょっとだけかじってる。
金堂 金属を引き寄せることができる。磁石の夜術。
蓮仏 仏教徒。祈った時間に比例して身体能力が向上する、仏の夜術。
俺が言うのも何だけどパッとしない集まりだよ。
でも、ハットリという人の忍術は使えるかもしれないし、金堂さんの夜術もカードを引き寄せられるかもしれない。
可能性は無限大だ。
勝利も夢ではない。
さて、ここで最大の問題なのだが、今とあるチームがポイントを上げている。
それが黄色チーム。
現在6ポイント。
この数時間で二回変動が起こったから2ポイントが一人、4ポイントが一人脱落したのだろう。
誰が告発したのかは不明。
だが、後山によると可能性が高い人物が一人いるらしい。
それが、宝塚ラキナ。
俺達の一個上の先輩で、あのギャルっぽい人だ。
あの人の夜術の説明は受けた。
それは『幸運の白詰草』。
事象が起こる確率を消費する夜気の量に応じて上昇させるというもの。
例えばソシャゲのガチャで激レアキャラが当たる確率を課金して上げるよって感じだ。
そしてこの能力は起こる確率が0でない限りすべての事象に適応される。
つまり、あの人の前では何らかの出来事でカードが露呈する確率が上がるってことだ。
怖い怖い。
何はともあれ、こっちはまず作戦を固めるのが最優先だろう。
行き当たりばったりでカードを見られたってんじゃ目も当てられない。
「うぅ、考え事してたらトイレ行きたくなってきた。」
俺は部屋を出て突き当たりにあるトイレに駆け込む。
そこでホット一息。
用を済ませて手を洗う。
鏡で自分の髪型を確認して出る。
……っとそこで、鏡に少し違和感のあるものが映った。
個室のドアの上のスペース。
そこに淡く光る板が置いてあった。
俺はその板に手を伸ばしてみる。
それは、カードだった。
白色の6番。
タイマーがスタートしており、残り時間は1時間ほどだった。
これは、誰かが忘れていったのか?
いや、違うな。きっと自分で持っていると盗まれると思って隠したのだろう。
そして12時間おきに指紋認証して再び隠す。
これなら自分が動ける自由度も上がるってわけだな。
名探偵品野の推理は完璧だ。
そんな冗談はさておき、どうする?
いや、どうするもこうするもない、ここで見張って持ち主が来るのを待とう。
あと1時間しかないのだ、もうすぐ来るだろう。
俺は少しの間個室に隠れ、トイレで張り込みをすることにした。
しばらくして、ある男が入ってきた。
面識も何もない男。
見た目はメガネクイクイ系のインテリ男子だ。
それでも体の方はしっかり鍛えられており現代の女子ウケする細マッチョというやつだろう。
その男はあたりをキョロキョロと警戒しながら個室に近づく。
そして俺の予想通り、ドアの上にあるカードを回収し、指紋認証をして再び元の場所に戻した。
よし、顔を見れた。
あと告発するだけだ。
やばい、心臓バクバク。
なんか知らないけど張り込みってすんごい緊張するよね?
俺はドンドンと音を鳴らす心臓を抑えながらゲームマスターのところへ直行した。
ーーー
明刈はいつも大広間にいる。
そこでだいたい優雅にお茶を飲んで、プレイヤーの告発を待っている。
「明刈先輩。」
「お、期待のルーキーくん。どうした?」
「告発します。」
それを聞いて明刈はまったりモードから真面目な顔になった。
ゲームマスターの顔だ。
そして俺に全プレイヤーの顔と名前が書かれた紙を渡した。
「分かった。さあ、この中の誰を告発するのかな。」
俺はその中からさっきトイレで見た男の写真を指さして言った。
「この人、神代真幸は、白の6です。」
「……」
明刈は焦らすように沈黙する。
そんなことされると確定だと分かっていても不安に感じちゃうからやめてほしい。
「告発、成功。」
「よし!」
やった!心理戦もクソもなかったけど運だけでポイントをもぎ取った!
しかも最高得点の6点!
これで黄色チームと倍近い点差をつけることができた。
「おめでとう。頑張ってるみたいだね。」
「ありがとうございます。これで役立たずは免れましたかね。」
「そうだろうね、味方からすると頼もしいと思うよ。」
明刈からお褒めの言葉を授かり、部屋に戻る。
そして、他のメンバーに告発が成功したことを報告する。
直ぐに返信が帰ってきて「やるな!」とか「負けらんないなぁ。」みたいな感じで一目置いてくれた感じだった。
俺の行動で仲間の士気が上がるんだったら嬉しい限りだ。
俺はメンバーとのやり取りの画面を見ながら、何度も口元が緩むのを感じた。
言い表せないほどの達成感と自分の運の良さを噛み締め、その日はもう休んだ。
そしてしばらく興奮して眠れなかったのはまた別の話。




