第17話 違和感
夜宵と透真が手を取り合い、言魂祭が終幕しようとしていた頃、4人の人影が首都を出ようとしていた。
本来なら、このような夜更けに取る行動ではない。
しかし彼らにとって首都は、もはや用済みの場所だった。
「はー、やっと帰れるわね。 ホント、潜入とか柄じゃないってのに」
「文句を言わないで、タウンズ。 わたしだって、本当は嫌だったのだから」
「その割には、2人とも祭りを楽しんでいなかったか? 特に食事に関して」
「はは、違ぇねぇな。 ケプラーの言う通りだぜ」
「そ、そんなことないわよ、パウリ! ねぇ、フェルマー!?」
「まぁ……食べ物に罪はないわよね」
「ちょっと!?」
「落ち着け、タウンズ。 それに、間違いなく収穫は得た。 首都の構造だけではなく、学院の造りも把握出来た上に、『参言衆』の実力まで見られたからな」
「つってもケプラー、言魂は使わなかったぜ? 生身での戦闘なんか、言魂士としての強さのほんの1部だろうが」
「それは致し方ないだろう、パウリ。 まさか観客席から、言魂を見せろとは言えんのだから」
「そりゃそうだ」
夜の草原を進みながら、今日の出来事を振り返るロレンツ配下及びレフラク配下たち。
既に変装は解いており、ケプラーとパウリは武道着、タウンズとフェルマーはドレス姿。
透真と玖乃にネズミと称された彼らだが、最後まで情報収集に徹していた。
控えめな行動であり、だからこそ透真たちも泳がせていたが、それもここまで。
「とにかく、ひとまず魔界に帰りましょう。 レフラク様に報告する必要があるわ」
「そうね、フェルマー。 あんたたちも、同じでしょ?」
「あぁ、ロレンツ様にもお伝えする必要がある。 とは言え、あの方たちの作戦とは直接関係ないことかもしれんが」
「まぁ良いじゃねぇか、ケプラー。 情報を共有しておいて、損はねぇだろ? だが、問題は俺らだな。 手に入れた情報をどう活かすか……それ次第だぜ」
「トーマと『核』、それに行方不明のクオンね……。 はっきり言って手に余るけど、やるしかないでしょ」
「勿論よ、タウンズ。 わたしたちは、その為にやって来たのだから。 命を懸ける覚悟なんて、とっくに出来ているわ」
真剣な面持ちで宣言したフェルマーに応えるかのように、ケプラーたちも表情を引き締めた。
その後は誰も何も言わずに、草原を踏み締める音と風が吹き抜ける音だけが聞こえていたが、同時に足を止める。
そして最後に、ケプラーが締め括った。
「命を懸けるのは良い。 だが、無駄死にはするな。 それが、配下としての俺たちの責務だ」
ケプラーの強い言葉に、3人はしっかりと頷いた。
それを確認したケプラーは頷き返し、率先して魔界へと帰還する。
パウリたちもあとに続き、あとには無人の草原が広がっていた。
言魂学院の学院長は、多忙だ。
平時から山のように仕事があり、言魂祭の最中であってもそれは変わらない。
だからと言って弦蔵が泣き言を言うことはなく、日々尽力している。
おどけた態度を取ることも多いが、そんな彼を傍で支え続けて来た歌奏は、素直に尊敬していた。
そして何より、弦蔵がいなければ、ヒノモトの守りは圧倒的に薄くなる。
今夜も、それが証明されるのだった。
「……! 歌奏、来たぞ」
「その言い方……普通の魔物ではありませんね?」
学院長室で書類と格闘していた弦蔵が、ピタリと手を止めて声を発した。
それを聞いた歌奏も作業を中断し、執務机の方に歩み寄る。
椅子の背もたれに体を預けた弦蔵は、少し難しそうな顔付きで黙った。
そんな彼を不思議に思いつつ、歌奏が大人しく返答を待っていると、弦蔵が重々しい口を開く。
「見えたのは、四方から首都に迫る4人の強力な魔族と、平和祈願の際に社に襲撃して来る、大量の魔族だ」
「魔族が大量に!? 学院長、流石に平和祈願を中止にするべきでは……」
「儂もそう考えたが、その場合は魔族たちが首都に攻め込んで来る可能性がある。 それはそれで、危険が大きい。 ならばいっそ、敢えて社で『肆言姫』と『参言衆』が迎え撃つ方が良いかもしれん。 幸い、数は多くても、1人1人の実力は彼らに遠く及ばないからな」
「なるほど……。 そうなると、敵の本命は首都に来る4人ですか? 無明さんか、学院長、あるいは両方を狙っている可能性があります」
「確かにあり得る。 だが……」
「どうかされましたか?」
言葉を途切れさせた弦蔵が、顎髭を撫でながら考え込む。
歌奏にはわからなかったが、【聡明叡智】の使い手である彼には、明確な違和感があった。
「本命と言うには、中途半端なのだ。 4人とも強力なのは間違いないが、『十魔天』ほどではない。 透真は言うまでもなく、夜宵やクオンでも充分に対処可能だろう」
「それは……確かに気になりますね」
「クオンを助けたことで、透真の存在は察知されているはず。 それにもかかわらず『十魔天』すら寄越さないと言うことは、やはり本命は社の方だと考えるのが自然。 しかし、そちらはそちらで、『肆言姫』たちを倒せるとは思えん戦力だ。 この矛盾が不気味でな……」
眉間に皺を寄せた弦蔵は、大きく息をついた。
【聡明叡智】の代償の1つとして、自らが戦闘に参加出来ない彼は、こうした知略こそが自分の役目だと思っている。
だが、現状は敵の狙いが読めず、そのことを歯痒く思っていた。
【聡明叡智】も万能ではない。
その通説が、改めて浮き彫りになったが――
「大丈夫ですよ」
「歌奏……?」
「透真もいますし、クオンさんもいますし、無明さんもいます。 首都の守りは万全ですよ。 何なら、わたしも出ます。 そして、社には『肆言姫』と『参言衆』が揃うのですから、相手が何を企んでいようと心配いりません」
「……お前が進んで戦場に出るとは、珍しいこともあったものだ」
「わたしは教員ですから。 それでも、緊急時くらいは矢面に立ちます。 ですから、安心して下さい」
言葉通り安心させるような、微笑を浮かべた歌奏。
弦蔵と彼女は親子ほどの歳の差があるが、このとき彼は救われていた。
苦笑した弦蔵は立ち直り、力強く命じる。
「歌奏、明日の朝に作戦会議を行う。 透真と夜宵、『肆言姫』を集めてくれ」
「わかりました。 『参言衆』は呼ばなくて良いんですか?」
「人が多過ぎるのも考えものだからな。 あとで天羽たちに言伝を頼めば、問題あるまい」
「了解しました。 では、そのように手筈を整えます」
「うむ、任せたぞ。 そうと決まれば、今日の仕事を片付けてしまうか」
「その前に、少し休憩しませんか? お茶でも淹れますよ」
「む、そうか? では、頼む」
「はい、少々お待ち下さい」
そう言って、備え付けの台所に向かった歌奏の背中を弦蔵は見つめてから、窓の外に目を転じた。
そこから見える月は美しかったが、徐々に雲が覆い隠そうとしている。
不吉な予感を抱いた弦蔵は軽く頭を振り、生徒たちと仲間を信じることにした。
こうして互いの準備と対策が交錯しつつ、決戦の日は着実に近付くのだった。




