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 気がついたら、ベッドで寝ていた。どこだろ、ここ。家に帰った覚えはないのに。大体、ここ自分の部屋じゃないよ。

 周囲をカーテンが囲ってる。保健室か何か? のろのろと周囲を見回していると、カーテンを開けて母が入ってきた。

「ああ、目が覚めたの?」

「あれ……お母さん? 何でここ……」

「あんた、救急車で運ばれたのよ。ここ、病院」

「病院?」

 何でも、母の話では私は東京駅の中をふらふら歩いていたらしく、ある場所でばったり倒れたらしい。

 誰かの通報で駅員と救急車が呼ばれ、運ばれてきたそうだ。所持品などから実家に連絡がいき、母が来たという事らしい。

「びっくりしたわよ」

「えーと、何かごめんなさい」

 何だろう、長い夢を見ていたような気がするけど、よく思い出せないや。 ぼーっとしていたら、母からこれからの事を説明された。

「一応、今日はこのまま検査入院になるから。退院は明日ね。手続きなんかはやっておくから。明日の退院は、和美ちゃんが付き添いをしてくれるって」

「そうなんだ……」

「じゃあお母さん、これで帰るからね」

「うん、ありがとう」

 どうも、熱中症か何かで倒れたと思われているっぽい。暑いもんねえ、毎日。

 ふとその時、ベッド脇の棚の上に目が行った。いちま様だ。彼女の姿を見て、一挙にあれこれ思い出して嫌な汗が噴き出る。

 そうだ! 私、変な場所に入り込んでいたんだ! 何で忘れてるのよ、もう。

 手を見ても、あれだけ張り付いていたスマホはない。棚にバッグが置いてあって、つい起き上がって中を探る。

 いつもの場所に、スマホが入っていた。このバッグの時は、いつも内ポケットの定位置に入れてるんだよね。

 でも、他の人はそんな事、知らない。だから、スマホはずっとここにあったって事だよね? じゃあ、あの手に貼り付いて取れなかったスマホって……

 ふと、着信履歴を見てみる。当然ながら、実兄ちゃんや和美ちゃんからの着信はない。

 その中に、非通知からの着信に出た形跡がある。

「これ……」

 間違いなく、最後の実兄ちゃんからの着信だ。多分だけど、この最後の非通知だけが、「本物」の実兄ちゃんからの電話だったんだと思う。

 そういえば、ひいばあちゃんからも着信あったっけ。あれは表示されてないんだなあ。思わずスマホに向けて、手を合わせて拝む。助けてくれて、ありがとうございます、ひいばあちゃん。

 ふといちま様を見ると、何だか呆れたような様子だ。

「ごめんなさい。また今度、駅ナカのスイーツ買ってきますから」

 今回ばかりは、迷惑かけた自覚があるからね。スイーツというワードに惹かれたのか、いちま様の様子が嬉しそうに変化している。

 良かった、これなら大丈夫だろう。怒ると怖いからね、いちま様は。


 検査結果も申し分なく、翌日は無事に退院する事が出来た。

「まったく、とんだお騒がせ娘だねえ」

 そう笑うのは、父方従姉妹の和美ちゃんだ。うん、面倒かけます。

「それにしても、いちま様も一緒に行ってたの?」

 和美ちゃんが、私の腕の中にいるいちま様を見つけて、不思議そうに言ってきた。彼女は私がいちま様を怖がってる事、知ってるからね。

「う……ん、一緒っていうか、助けてもらったっていうか……」

「何々? 詳しく!」

 ああ、ホラー好きの和美ちゃんに、火を付けちゃったよ。

 結局、何があったのかをあれこれ話したら、和美ちゃんは大興奮。

「何それ凄い! あー、私も体験したかったー」

「いやいやいや、アトラクションじゃないんだから! 本当に怖かったんだよ!」

「でも今無事にこうしてるじゃない。でも、私を騙るとは、許せんな」

「そこかい」

 あー、でも和美ちゃんとあれこれ話していたら、少しは気が軽くなってきた。もしかして、その為にわざと軽く話してる?

 ……ないな、いつもの和美ちゃんだもん。


 翌日、検査結果も問題なしという事で退院した。予定通り和美ちゃんが迎えに来てくれたんだけど、なんとそこには悟君までいる。

「あれ? 悟君。どうしてここに?」

「伯母さんに聞いたんだ。うちからの帰り道で、倒れたって」

「あー、あははは、どうも暑さで貧血起こしたみたいでさー」

 笑って誤魔化しておいた。さすがに、あんな妙な目に遭ったなんて、悟君に言えない。実兄ちゃんを騙った奴も出たしさ。

 でも、悟君は何だか思い詰めたような顔をしている。どうしたの?

 首を傾げる私に、悟君は意を決したように話した。

「あのさ、変な事を言うようだけど、うちの兄ちゃんの事で、ちょっと……」

 私は思わず、和美ちゃんと顔を見合わせる。

「あのさ、とりあえず、病院のロビーで立ち話も何だから、すぐそこのファミレスでも入らない?」

 和美ちゃんの機転で、三人で場所を移す事になった。

 夏休み中だっていうのに、ファミレスの中は空いている。まだお昼には大分間があるからかな。

 好きな席に座っていいと言われたので、奥のテーブルを選んで、三人で飲み物を注文する。

「さて、じゃあ聞きましょうか?」

 すっかり和美ちゃんのペースだ。でも悟君が文句言わないのでこれでいいや。二人は私の引っ越しの時に顔を合わせてるし、その時も気があってたみたいだしね。

 悟君は何か迷いつつも、話してくれた。

「あのさ、夕べ、実兄ちゃんの夢を見たんだ」

「え?」

「おかしな事を言うと思うだろうけど、実兄ちゃんが、夢の中で美羽ちゃんにごめんって謝っておいてって」

 思わず、和美ちゃんと顔を見合わせた。それって……

「どうして、悟君のお兄さんが、みいちゃんにごめんって言うの?」

「それが……怖い事に巻き込んだって言うんだ……それと、なんでかいちま様にお礼を言っておいてほしいって」

 再び、和美ちゃんと顔を見合わせる。

「なんで、悟君のお兄さんがいちま様にお礼を言うんだろう?」

「えー……私を助けてくれたから?」

 首を傾げつつ答えるけれど、和美ちゃんのお気に召さなかったらしい。

「それでお兄さんがお礼を言うのは、おかしくない? 悟君、お兄さん、他に何か言っていなかった?」

「実は……」

 そう言って、悟君は続けた。

「兄ちゃんがさ、美羽ちゃんに頼んでほしい事があるって」

「何?」

「いちま様を連れて、事故現場に行ってほしいっていうんだ。そうすれば、全部わかるからって」

 背筋がぞっとした。それって、その事故現場に何か「いる」って事では? じゃあ、先に悟君の夢で実兄ちゃんがお礼を言っていたのって……

「それ、事故現場にヤバいものがいて、悟君のお兄さんが囚われていて、それをいちま様が結果的に助けたってやつ?」

 あああああ、和美ちゃんが全部言語化しちゃったよおおお。言葉にすると、余計に怖くなるからやめてええええ。

 半泣きになっていると、悟君が切羽詰まった顔で言ってきた。

「俺も信じたくないけど! でも、さっき和美さんが言ったような事だったなら、あの場所を放っておくのも、ちょっと……正義漢気取るつもりはないけどさ、これ以上犠牲者、増えてほしくないんだ」

 悟君の真剣な目と、お願いくらい聞いてやりなよと言わんばかりの和美ちゃんの視線から、逃れる術なんてない。

 それに、なんとなくいちま様が行きたがってるんだよね……これは、逃れられん。

 結局、今日このまま三人で事故現場に向かう事になった。確か実兄ちゃん、自宅の側で亡くなってるんだよね。

 って事は、また東京駅行って京葉線乗らないといけないのか……

「大丈夫だって。今度は私も悟君もいるし、なによりいちま様が一緒なんだから」

「え? 今いちま様と一緒なの? どうして? うちに来た時、連れてなかったよね? 伯母さんが部屋に寄ったとか?」

 悟君、お願いだから深く突っ込まないで。和美ちゃんも、隣でにやつかないの。

 悟君からの追求を何とか躱し、三人で事故現場へ。見通しがいい通りなのに、何故かよく事故……それも死亡事故が起こると地元では有名なスポットだそうだ。

 あー、背筋が寒い。よく二人は平気でいられるよなあ。

「ここだよ」

「へえ、本当に何の変哲もない通りだね。あ、線路」

 よく見たら、確かに京葉線の線路がすぐ近くに見える。

「そういえば、霊って電気に寄りつきやすいとか、電気の通るラインを通るって話、知ってる?」

 いらないから! そんな謎情報いらないから!!

 震え上がる私を見て、和美ちゃんがにやりと笑う。また人の事を怖がらせて楽しんで!

 ふと、腕の中のいちま様に目が行く。なんと言うか、上から見てもわかる程の臨戦態勢だ。ヤバい、やっぱり何かいるよここ。

 震えながら通りに目をやると、一瞬目の前で火花が散ったように感じた。うわ、眩し!

 思わず目を閉じた私の耳に、いつもの小さなゲップが聞こえた。今日は帰りに、東京駅でおいしそうなスイーツを買って帰ろう。そして、約束通りいちま様にお供えしておくんだ……

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― 新着の感想 ―
[一言] いちま様にとって一向に対策を学べない手間の掛かる可愛い不出来の子と言うのも有るけど、見出した最大の要因は必要以上にべた付いたり変に儲けてやろうとかスケベ根性を出さない楽な相手だから?
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