08 人生色々、お魚(トト)も色々、大人だって色々咲き乱れるよなぁ
やっと書き上げられました・・・。
おれの目の前に並ぶのは、陶磁器並みに艶やかに光る黒い木製の食器たち。
かなり大きいお椀二つには、ほかほかでピカピカの白いご飯とメッチャカラフルな野菜の味噌汁。
お椀よりは控えめサイズの小鉢には、ヒンヤリ美味しい青紫色の菜っ葉の煮浸し。
そして大きなお皿の上、赤紫の葉っぱを敷いてどーんと鎮座在してるのは、透き通った赤い切り身の焼き魚!
おれの手よりも大きくて分厚くて鉱石みたいなこの切り身、元はかなりのサイズで何でも食べる〈魔魚〉――日本で言う〈魚介〉に似てる水棲魔獣だそう。
エサによって姿も味も変わるからメッチャカラフルで、煮魚や鍋向きの〈青系〉とか干物に最適の〈緑系〉とか揚げると極上の〈黄色系〉とか――それこそ色々居るらしい。
野生だと『何食べてるか判らないから危険』でも、コレは迷宮内で魔導人形さんたちが養殖したヤツだから〈刺身〉で食べても絶対安全!
そしてこの〈赤色一号〉は『焼くと身の透明度と旨味が爆上がりする』そうな。
見た目も生態も、なんて幻想的!
カチカチに見えてプワプワの身は、箸で押すだけで勝手にホロホロと一口サイズに分かれてく。
噛むと、旨味たっぷりのジューシーな極上お出汁がジュワ~ッ! 芳ばしい焼き魚の風味がブワ~ッ!
クセが無くて後味もさっぱりしてて、味的には鯛の親戚かも?
ついでに、〈牛乳多めの苺ミルクみたいな色の皮〉は〈しっとり系のお煎餅〉で〈茶色く透き通った焦げ目部分〉は〈パリパリ系のお煎餅〉っぽい。
ご飯を一緒に放り込めば、口の中で自動的にお茶漬け完成~。
そのままでも充分だけど、ちょっとだけ醤油付けたら更に美味しさ倍増!
絶妙な塩分が『ヤメられない、止まらない』で、コレ絶対〈ご飯が進くん一家〉の一員だよ。
何なら、お茶もお酒も進むんじゃね?
幻想的な魚に乾杯~!
……なんちって。
「んむ~?」
そう言えば、この黒い木のお皿とお椀ってメッチャ保温性能高いんだろか。
魚もご飯も味噌汁もまだ温かいし、煮浸しも心なしかヒンヤリし続けてね?
異世界の木だからかな?
それとも、実は魔導具だったり?
それにこの魚、ブロックごとの骨は有るのに小骨全然見ないのもちょっと不思議。
あ――もしかして、下ごしらえの時に魔導人形さんたちが抜いてくれたのか?
まさか、小骨がこのサイズ――は、流石に本体デカ過ぎだよね?
いやでも異世界だし、『何でも食べる』って言ったもんなぁ……。
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「――で。スズは何がしてぇんだ?」
小骨探しに夢中になってたら、不意に渋い低音が耳に届いた。
慌てて顔を上げると、空中に浮かぶ〈濃い緑色の表紙の本〉を読んでたハズのリューさんの赤く光る瞳とバッチリ正面衝突。
「な、何って――……」
モゴモゴしちゃうおれをじっと見つつ、ロマンスグレーなモッサリおヒゲに刺さった煙管からキラキラする白い煙の輪っかがプカ~リプカリ。
「えっと――今は、ちょっと…………魚に、苦戦中?」
黒っぽい太い眉が片方だけグイッと上がり、赤く光ってた瞳が青みがかった灰色に戻った。
ほぼ同時、音も無く閉じられた本が溶けるように消え、居たたまれないおれの目線はどんどん下がって行く。
「何だ、スズ。魚が食い辛かったのか?」
「さっきから睨み付けてたが、口に合わなかったか? 肉の方が良かったか?」
正面と左から二種類の心配そうな低音が聞こえ、おれは慌てて頭を上げてプルプル振った。
「違う違う! 美味しいけどお腹いっぱいで食べれなくて勿体ないって思ってるだけデス!」
おぅ、リューさんがスッゴい〈ビックリ顔〉だよ。
「ぁあ? まだ半分も食ってねぇのに、もう満腹かよ?」
「味噌汁と煮浸しは、食べ切ったもん。ご飯とお魚は、半分――よりちょっと多く、残ってるけど……」
つか、よく煙管落とさなかったな?
リューさんも、さり気に反射神経メッチャ良いよね。
「いつもはもう少し食えてるだろ。逆上せた所為か? 冷たいモノ――アイスとかなら食えるか?」
「逆上せた所為っちゃそうだけど……ダイジョブだから、ちょっと落ち着いて!」
心配そうにおれのオデコに手を当てるレインさんはまだしも、その向こうで右往左往してる魔導人形さんはマジで落ち着こうか!
「アイスもシャーベットも要らないから〈仲間を呼ぶ〉はしなくていいデス! むしろ甘くないお茶――緑茶とか、有りますか?」
緑茶も麦茶も、確か魔導人形さんが出してくれてたハズだし。
――って、昨日飲んだ気がするな。夢か?
『承りました!』
両目を赤く点滅させて大きく二回頷いた魔導人形さんが、結構なスピードでキッチンへと走り去る。
後ろ姿がバブルさんにそっくりだけど、汎用型なのかな?
ん? 今のヒト、ネクタイしてたっけ?
まさか〈本人〉――?
「――スズ、もしかして『飯の前に甘い物飲んだ所為で食えねぇ』のか?」
不意打ちのリューさんの問いに、おれは思わず頷いちゃってた。
*********
「あっ、あのっ――迅速な水分補給、感謝してます! ソレとは別で、体質的なモノだから、ホントに悪く思わないでくださいっ!」
すぐにプルプル首を振ったけど、取り繕えてない気配がプンプン。
「あ――タツさんに『甘い物はすぐ満腹になる』とか言ってたが、こういう事か!?」
てっきり『幼児じゃ無いんだからちゃんと食え』とか言われるかと思ったのに、返って来たのは合点がいったようなレインさんの言葉だけ。
そろ~っと見たリューさんは、思案げな顔でアゴヒゲをモサモサ撫でてたよ。
特に不快感示してるとかでも無さそう……?
「ん~? 普段はもうちっと食えてるっつったか。どれぐらいだ、レイン?」
「あー……宿だと、肉とパンを大体半分ぐらいずつ寄越したら後は完食してたぞ。デザートは菓子類なら頑張って半分、果物なら一人分食えてたな」
「だって、全部アメリカンサイズ……完食、無理」
つか、リューさんいいなぁ。
自前でモフモフ出来るの、ウラヤマシ~っ!
「……もしかして、スズはショコラと同じ〈難儀なタイプ〉か?」
へ?
よく聞き取れなかったけど、今何て言ったの?
「分かった。厨房担当には通達しとくから、今は残して良いぞ」
「え――いいの? でもコレ、残したら捨てちゃったり――?」
あ、リューさんの眉間にメッチャシワ寄った。
「捨てるなんて、勿体ねぇだろが?」
「アイ、スミマセン!」
この雰囲気――『茶碗に〈お米粒さん〉残した時』のお祖父ちゃんに似てる!
「大丈夫だ、スズノ。この施設には腐らせず取っとける技術があるんだ。後でこのまま食えるぞ」
反射的にピッと伸びてたおれの背中を、レインさんが宥めるように撫でてくれた。
リューさんは少し気まずそうに咳払いしてから、おれのお盆をチラリと見る。
「スズ、〈混ぜご飯のお結び〉は好きか?」
「好き!――です!」
おれがコクコク頷くと、リューさんも軽く頷いて煙管を正面にくわえ直す。
次の瞬間、白く光った煙管の先からキラキラの煙がモワッと噴き出した。
煙はおれのお皿とお椀に流れ込み、赤く透き通った魚の身と薄ピンクの皮と茶色い焦げ目と白いご飯をすくって空中に浮かべて混ぜて行く。
あ、骨が空いたお椀に入ってった。
スゲー!
「ふわぁっ――コレ、ホントの魔法!? ホントに魔法あるんだ!?」
思わず身を乗り出したら、左側から伸びた大きな手が『落ち着け』って言うようにおれの頭でポンポン弾む。
「コレはただの魔力操作だ。魔法じゃ無ぇよ」
「コレで魔法じゃ無いの!? 便利がスゲー!」
魚多目でご飯と混ざると、リューさんが両手をヒョイって突き出した。
煙管から新しい煙が噴き出し、ゴツくて筋張ってて歴史を感じさせるその手を包む。
白く光る煙で薄くラッピングされた大きな手は、空中に浮かぶ混ぜご飯を掴み、おれの口に入れ易い直径の俵型に握ってお皿の上に並べ始める。
手慣れてるカンジが見てて楽しい~!
「うし、こんなモンか。このまま、皿ごと〈保存ケース〉に入れときゃ良いだろ」
「師匠の魔力操作の質と量、相変わらずムチャクチャだよなぁ……」
「ほわぁ、スッゴい上手な〈俵おむすび〉! 魚もゼイタクに入ってて美味しそ~!」
お皿に並ぶ俵おむすび見てたら、不意に、姉ちゃんが通ってた道場の〈最強お爺ちゃん〉を思い出した。
お稽古にビビるおれをよく縁側に連れ出して一緒に日向ぼっこしてくれた物静かなお爺ちゃんは、ウチのお祖父ちゃんたちより年上で小柄なのに、〈姉ちゃんの兄弟子たち〉より断然強くて傍に居てくれるだけでスッゴく安心出来た人。
その日向ぼっこのお供が、美味しい緑茶と小学生でも食べやすいサイズの〈俵型おむすび〉だったんだよ。
お茶もお米もお爺ちゃんの自家製で独特の味だったし、具が毎回違うのも楽しみで、おれはいつの間にか道場やお稽古が平気になってた。
特に〈自家製梅干しと焼き鮭と菜っ葉の混ぜご飯〉が一番好きだったなぁ。
あ。姉ちゃんのお稽古待ちの間、おれも害虫退治やら家庭菜園の手入れを手伝ってたからね。タダ飯食ってたワケじゃ無いよ。
ホントに子供のお手伝いだったから、お礼にはならなかったと思うけどさ。
リューさんの佇まいって、ドコとなくあのお爺ちゃんを思い出させるんだよ。
武術って、極めると思考や動き方が似て来たりするんだろか……?
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「あ――もしかしてコレ、先に言っとかねぇとナッキーが食っちまうかも知れねぇぞ。さっきオレに『手ぇ出すな』って言ってたし」
「は?」
「何だそりゃ?」
レインさんのいきなりの言葉に、ポカンと口開けるおれとリューさん。
そのレインさんは、斜め上を見上げて小首傾げてる。
「確か、『息子の後始末は父親の仕事』――だったか?」
「どゆコト?」
意味が解らなくて戸惑ってるおれの前に、コトリと緑茶のカップが置かれた。
丸くて大きい氷が幾つか入ってて、ヒンヤリ冷たい。
顔を向けると、いつの間にか来てた黒蝶ネクタイの魔導人形さんが俵おむすびのお皿を透明な四角い箱にしまってた。
何か複雑に魔法掛かってるコレが保存のケースっぽい。
もしかして、時間停止とか付いてるのかな?
「あの――このおむすび、後でおれが食べていいんだよね?」
取りあえず、同じ認識か確認大事。思い込み、ダメ絶対。
「ああ、最優先はスズだ」
「オレも手ぇ出すつもりは無ぇから、大丈夫だぜ」
『承りました』
ホッとしたおれは、ヒンヤリ気持ちいいカップを両手で持つ。
「あー、冷たくて美味しいー! 支配人さん、ありがと。おむすびもヨロシクね」
頷いて、軽やかに厨房に引き上げて行く背中が頼もし過ぎる!
でも、何で二つも〈ポット〉があるんだろ?
「ん、その匂いは竜茶だな。師匠、取ってくれ」
「お前も好きだねぇ。ほらよ」
リューさんはおれと同じで緑茶みたい。
コポコポと軽やかな水音がして、のんびりまったりな雰囲気に包まれる。
明る過ぎず自然に近い照明は、窓が無いコトもついつい忘れちゃうぐらい。
溶けた氷がカップにぶつかる『カロン』て音が妙に耳に響いて、おれは肩の力が抜けてるのにようやく気付いた。
ふと、ずーっと昔に入った〈小ぢんまりした食堂〉に似てるなーって思う。
まだ小さかった姉ちゃんとおれが、渋滞の高速避けて道に迷った挙げ句の長時間ドライブで疲れてかなりゴキゲン斜めになってた時。偶然見付けた父親が、大慌てで入った〈ドライブイン〉って店。
美味しくて店員さんも優しかったんだけど、『あの時のルートはもう絶対使わないから許してね』って父親に謝られたから、場所が判らないおれは二度と行けないんだ。
料理全部美味しそうだったから、他のも食べてみたかったのになー……。
「少しでもスズに関わりたいんだろうが……どう見ても、空回ってるだろよ」
「あー……まぁ、そうかもな」
苦笑したリューさんとレインさんが頷き合い、階段の方からバタバタ慌ただしい足音が聞こえて来る。
何だかガッカリ気分になったおれは、『母たち、ちゃんとご飯食べれてるかなぁ?』って思いながら、冷たい緑茶を飲み干した。
生まれてくれて有難う。出会ってくれて有難う。
いつも小さな幸いを見付けて心穏やかに生きて行けますように。




