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もう誰にも奪わせない  作者: 白羽鳥(扇つくも)
第三章 港町の新米作家編
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地獄とは

「公爵様が、地獄に……」


 復唱してみるが、やっぱり意味が分からない。え、何かの比喩なの? 私も吊り橋から転落した先が魔界だったから、ある意味地獄に落ちたとも言えなくもないけれど。


「そうです。あれだけ大口叩いておいて大切な婚約者一人護れない無能は、いっぺん痛い目見ないと分からないんですよ。チャールズは愛する者をむざむざ敵に奪われ危険に晒した……許せない」


 ギリッと歯を食い縛ったと同時に、手元のカップにヒビが入る。大切とか愛するとかいう勘違いはさておき、私のために怒ってくれてるのは分かる……でも食器も大切に扱って? あと姉弟だけあってシャロットも怪力よね?


「結局、地獄って何なの?」

「まあ感じ方は人それぞれですから、御主人様にとっては何て事ないのかもしれません。少なくとも()()を見た後のチャールズは衰弱が激しく、しばらく起き上がれなくなりました」


 ……これは、深入りするなという警告かしら? 気にはなるけど、とにかくチャールズ様に何かしらショックな事があって臥せってしまったと。


「それで今、公爵様はご無事なの?」

「ええ、一応生きてはいますよ。弱っているところをこれ幸いと各勢力が身柄を拘束しようとしたり、令嬢を送り込んだりしましたけどね。それで、避難するために幽閉の塔に引きこもりました」

「幽閉の塔って……公爵家の庭園に建てられた、あの?」

「三百年分の恨みつらみが染み付いた曰くつきの古ーい塔ですから、侵入して本懐を遂げようなんてほど令嬢たちの面の皮も厚くはなかったみたいです」


 ひえー、外から見た私ですら不気味で近寄りがたかったのに、あの中で引きこもってるのか……思ったよりも異常な事態に私は戦慄した。


「そんな囚人みたいな生活、いつまで続けるの? ジャックはきちんと食事させてる?」

「御主人様はお優しいですね。そこまで気にかけるのは、婚約者としての情がまだ残っているからですか?」

「残ってなかったら心配しちゃ悪いの? 公爵様とはそりゃあ……色々あったけれど、恩が全くない訳でもないのよ。彼なりに私を、私たちを守ろうとしてくれたのは確かだし、大変な目に遭ってると聞けば気にならない訳ない」


 私の視線は、シャロットが腰に差した銀の剣に注がれる。


「貴女にそれを預けた事自体、どれだけ只事じゃないのか分かるわよ」

「そうですね……これは本人にしか抜けない仕様になっていますので私が剣として振るう事はできませんが、盗まれて悪人に利用される事があってはなりません」


 テーブルの上にゴトリと置かれたそれを、手に取って眺める。銀に輝く誓いの剣を、こんなにも間近で見たのは初めてだった。仮にも婚約者だったのに……そんな思いで試しに鞘から抜こうとするが、シャロットの言う通りびくともしなかった。


「とりあえずしっかり布を巻いて……サングラスも、ガラン叔父様にまたスペアを貰わないとね」

「御主人様……その、いいのですか? 私がまだここにいても」

「え? だってそのために面接を受けたんでしょう? それとも、私たちに会う目的は果たしたから、もう帰りたい?」

「いいえ! 貴女が許す限り、一生そばにいてお護りいたします!!」


 一生は重いわよ、シャロットもいつまでも独り身じゃないでしょうに……身を乗り出して主張するのを押し留めながら、チャールズ様にここまで言い切られていたらと考えたけれど、どの道それは叶わないのだと思い直した。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 


 魔法の鍵の部屋に取り付けられた通信用魔道具『妖話』で連絡しておいたので、仕事が終わる時間にドアを開ければちょうど叔父様の馬車がアパート前に停められていた。テッドを抱き、シャロットを見送るために一緒に向かうと何故か得意げな叔父様から耳打ちされた。


「どーだ。こいつ、可愛いだろ?」


 可愛いと言うより美人 (しかもとびっきりの!)なんだけど、叔父様からすれば二十歳そこそこは小娘なんでしょうね。


「叔父様、公爵様には本当に双子のお姉さまがいたの?」

「ああ、俺も知らなかったよ。探し出したのはベアトリスなんだが、嫌いな相手でもあそこまで調べ上げられる執念は空恐ろしくなるね。

……まあ、シャロットに関しては信用していい。エルシィみてえにお前を誰かに売り渡すような真似はしねえよ」


 ぽん、と私の手に眼鏡ケースを持たせる叔父様。今日みたいに壊れたりした時のために、いくつかスペアを持っていろと言う。

 まだ謎が多いシャロットだけど、信じてもいいと思えたのは、私のためにチャールズ様に怒ったり、テッドを愛しげに見つめるその眼差しが、演技とは思えなかったからだ。彼女は本気で、私たちを家族として見てくれている。それは、血縁者だから……?


「御主人様、それでは本日はこれで失礼いたします」

「あ、うん……お疲れ様」


 ぼーっと考えていたところに声をかけられ、焦って取り繕う。シャロットはクスリと笑うと、ウトウトしているテッドの額にそっとキスした。し、至近距離で美しい光景が……


「おやすみなさい、テッド様。御主人様も」

「おやす……むっ」


 返事をしようとして、視界いっぱいにシャロットの長い睫毛が映り、唇に柔らかい感触……


(え? ……はあっ!!?)


 我に返ったのは、戻りが遅いのを心配して迎えに出てきたクララに呼びかけられた時だった。馬車はとっくに消えて、周りには誰もいなかった。



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