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もう誰にも奪わせない  作者: 白羽鳥(扇つくも)
第三章 港町の新米作家編
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朝市にて③

 歩みを止めた私の顔色の悪さを見て、シャロットは慌ててフォローしてきた。


「心配要りません。何もいきなり戦争になるとかではなく、ただの可能性というだけです! それに、いざとなれば魔法の部屋があるでしょう?」

「……うん、でも」


 情報が増えれば増えるほど、絶対安全な場所などないのだと思い知らされる。あの部屋だって期限付きの砦だし、運よく他国に出られたとしても、何かしらの問題はある。慣れない生活になるだろうし……何も知らないここの人たちを見捨てて、自分たちだけ逃げていいのだろうか?


「いやっ、放してください!」


 ぼんやりとした思考は、すぐそばで上がった悲鳴で霧散する。いつの間にか、町の端まで来てしまったようだ。日の当たりにくいこの辺一帯は、主に夕方から早朝にかけて運営される店が多い。つまり、まあ……そういう場所なのだ。


「いいじゃねえか、酒が欲しいんだろう? せっかくだから俺らと飲んでけよ姉ちゃん」


 こういう破落戸(ごろつき)が朝っぱらから酒の臭いをさせてうろついている。絡まれている女性の方は、コートを羽織っているが下は薄着のようで、膝下が剥き出しになっていた。出会った頃のクララも、ああして日銭を稼いでいたっけ。


「困ります……お客さんに頼まれたから、ちょっと抜けてきただけで」

「だったら、そいつより払えば文句ねえだろ? お前らはそれが商売なんだから、大人しくサービスしろや」


 どうやら店のお酒がなくなったので、この時間帯で手に入る屋台に買い求めに来た模様。それにしても、たちの悪い酔っ払いだ……胸が悪くなりながらも、目立つ行動ができない自分に腹が立つ。周りも見て見ぬふりをするあたり、よくある光景なのだろう。あまり近付かないようにしてきたけれど、この町も完全に真っ当とは言えないのだ。


 その時。


「いいから逆らうんじゃねえ、売女!!」

「きゃあっ!!」


 拳を振り上げる男と、怯えて縮こまる女性。その姿を目にした瞬間、何も考えられなくなり、私は二人の間に割り込んで彼女を庇っていた。


「何だぁ、乳臭ぇガキの出る幕じゃねえよ」


 ガキどころか、既に母親なんですけどね。物理的には乳臭いかもしれないけど……乳幼児がいるもので。反射的に助けに入ってしまった事にちょっと後悔したが、後ろで震えている彼女を差し出すつもりもなく、精一杯睨み返す。


「か弱い女性を力づくで言いなりにするなんて、大人として恥ずかしくないんですか?」

「んだとコラァ!?」


 一瞬だけ後ろを見遣り、逃げるように合図を送ると、女性は素早く礼を言って店に駆け込んでいった。お目当てに逃げられた酔っ払いは怒りの矛先を私に向け、その手を振り下ろす。瞼の裏に癇癪を起こす父が思い浮かび、私は来るであろう衝撃に備えた。


 ガシッ!!


「え……?」


 が、恐る恐る目を開けると、シャロットが男の腕を掴んで止めていた。破落戸は今初めて彼女を認識したようで、大きく見開かれた目元をほんのり染めていたけれど、次の瞬間、ギリギリと腕を捻り上げられる。


「いでででで!!」

「薄汚い手でこの人に触るな」


 低い声で言い放つと、脛をブーツで思いっきり蹴飛ばした。ゴギャッとか、あり得ない音が……


「ぎゃああああ!!」

「て、てめぇ!!」


 地面に蹲って悶絶する破落戸に、仲間らしき男が短剣を取り出し加勢してくる。刃物を振り回された事で、近くにいた人たちは皆散り散りになって逃げてしまった。シャロットは私を下がらせ、長物を振り抜いて短剣を受け止めると、その勢いのまま吹っ飛ばした。


(シャロット、護衛って聞いてたけど、ここまで強いなんて……えっ!?)


 長物を巻いていた布が、短剣で切れて破けたのだろう。中が少し見えていた。鷹を模った、見事な装飾が施された銀色の鞘……遠目ではあるけれど、七年前に同じ物を見た事がある。だけど、何故彼女が……?

 シャロットは懐から小瓶を取り出すと、男たちの鼻に近付けてシュッと噴き付けた。香水か何かかしら、あれ?


 ともあれ怪我はないかと駆け寄ろうとすると、足元でパキッと音が鳴った。何か踏んだ? と足を退けると、レンズの割れた眼鏡が……


「ぎゃっ!! ごめんなさい、シャロットのサングラスが……」


 恐らく大立ち回りをした時に落ちたのだろう。謝りながらも拾って差し出すと、伏せられていた顔がゆっくりと上がる。その、髪の隙間から見えたのは。


(嘘……)


 朝日を浴びて、煌めく黄金――スティリアム王家の証だった。


「シャロット、貴女……その瞳って」

「もう少し、秘密にしておくつもりでしたが……仕方ありません」


 震える手からサングラスを受け取ると、神妙に首を垂れるシャロット。誰をも魅了する美しい立ち振る舞いに、私の目は釘付けになっていた。


(シャロットは、王家の血を引いていた……? でも彼女は、平民よね? 待って、王族が平民になるのって)


 マックウォルト先生の事が思い出される。彼は先代ウォルト公爵の息子であるため、王家の血を引きながら平民となった。子供もいると聞いているが、次世代に黄金眼球は引き継がれていないはず。


 なら、彼女は……


「貴女、何者なの?」


 問いかけた声が掠れてしまった事に動揺する。本当は聞く前から、薄々気付いていたのかもしれない。だってその容貌には、確かに面影があったから。


「申し遅れました。私はウォルト公爵――チャールズ=ウォルトの、姉です」



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