【4】 彼女の話とそれから
「昔、ある約束をしてね」
紅茶のカップを片手に魔女は語り出した。
「今よりもうんと昔に、世界が無くなりかけたことがあったんだ。でも、私はこの世界が好きでね。なんとかそれを防ぎたかった」
こんな話は聞いたことがない。
ただ、魔女のーー彼女の話の腰を折ってはいけないという不思議な気持ちが僕の中で芽生えていたので、ただ黙って話を聞くことにした。
「少し格好つけた言い方をしてしまったね。本当のところは大事な人がいくらか居たんでね、その人たちに生きて欲しかったんだ」
自重気味に笑う彼女は話を続ける。
「世界中を巡ってね。そのうち、この世界の神さまみたいな存在に出会ったよ。ソイツ曰く、『この世界には見切りを付けたから、終わらせる』という話だった」
ソイツと言った時の彼女は、僕と接している中で初めて怒っている雰囲気を纏っていた。
「許せないよね。私の大切なものが、そんな簡単に終わらせられようとしていたんだ。幸い、私は正真正銘の魔女なのでね。一年くらいソイツと戦ったり、人間の可能性について語ったりしていたよ」
「幸運だったのは、ソイツが暇を持て余していた事と、私に興味を持ったことだった。そのうち、ソイツはある提案をしてきた」
「簡単に言うと、世界を無くすまでの猶予を与えるって話だった。ただ、問題はその条件さ」
いい条件ではなかったと、僕でさえ分かる彼女の声色。
「私に世界中の憎悪を向けさせる。その上で、私が世界を見限った時が猶予の終わりだと、ね」
「それってーー」
思わず声を上げてしまう。
それは彼女はフッと笑って続ける。
「嫌なヤツだろう?ただ、私にはその話に飛び付くしか選択肢がなかった。しかしまあ、私は少し楽観的でもあったんだ。私の大切な人達ならば、分かってくれるだろとね」
「でもね、旅から戻る道中の人々からの扱いの酷さたるや。ああ、これは思った以上に辛い道を選んでしまったなと思わされてしまった」
「そう、一瞬だけ人間に対して負の感情を抱いてしまったんだ。それだけでね、私のいた国は消えちゃったよ。キミも知っているだろう。一夜で人間が姿を消した彼の国の事さ」
彼の国は魔女に並んでタブー視されている存在。誰も本当の名前を知らないから彼の国と言われている。
「彼の国……魔女の生まれた国」
「私に関する噂は殆ど出鱈目だけれど、それだけは正解さ。私は自分の弱さのせいで大切なものを全て失わせてしまった」
「不思議とね、私の国がダメになった事は分かったんだ。ヤツの嫌がらせなんだろうね。それでも一縷の望みを待って国に戻ったら、やっぱり誰もいないんだ。いた痕跡すらない。存在ごと綺麗さっぱり無くなっていた」
「とても悲しくてね、ずっと泣いていたんだけれど、すぐそばで誰かが笑っている事に気がついた。ところが、周りを見渡しても誰もいなんだ。なんの事はなかった、私自身が笑っていたよ」
努めて明るく話す彼女だけど、当時の絶望は感じ取れる。
「てっきり私は狂ったんだと思ったけどね、そのうち冷静になった。皆を弔ってやらなければという気持ちが私を正気に戻したんだ」
「まず初めに、特に親しくしていた者の家に行ったんだ。当然誰もいない。彼は人間にしてはとても優れた魔法使いだったんだけれど、どうにもならなかったんだと、改めて落胆したよ。でもね」
「……でも?」
この話の中で、初めて彼女の顔が柔らかくなった。
知らず知らずのうちに、話に聞き入っていた僕は思わず続きを催促してしまう。
「一つの小さな箱が残されていたんだ。それは幾重にも魔術的な防護がされていたよ。そして、それが彼の魔力によるものだと分かって。ーーあの時の気持ちは、言葉にできないなぁ」
そう言う彼女は、少なくとも僕にはとても嬉しそうな表情に見えた。
「その箱の防護はこれでもかと厳重にされていたんだ。よほど必死に残してくれたらしい。解除には手間取ったけれど、数日かけて箱を開けると中には手紙が入っていたんだ」
「ここで、少し怖くなった。手紙の内容が私にとって良い内容とは限らないからだ。それからまた数日悩んで、最初の一行だけ読もう、それで止めようと決めた」
「まさに意を決して手紙の一行目だけをそっと読むと、『最後まで読めよ、このバカ魔女』と丁寧な文字で書かれていてね、思わず最後まで読んでしまったよ」
「そこには、どこで知ったのか、『私の置かれている状況を把握している事、私の身近な者には影響がなかった事、勝手な事をした私を怒っている事』なんかが書かれていた」
「そして最後に、『投げ出せと言って聞くような女じゃないのは分かっている。いつか説教しに行ってやるから待ってろ。待ちくたびれたら、その時はやっぱり投げ出せ』ってね」
彼女はクックと楽しそうに笑った。
会ってからずっと微笑んでいる印象はあるけど、本当の笑顔を見たのは初めてだと分かった。
「まあ、それから何やかんやあってね。今はこの場所で静かに暮らしているのだよ」
「……うん」
ここまで話を聞いておいて今さらだけど、僕は彼女の語った話をすっかり信じていた。
ただ少しだけ違和感を感じてしまう部分もある。




