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森の奥の白い家の魔女  作者: プーマン
あり得た未来
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【0】蛇足



 彼が現れなかった世界。

 彼が神に屈した世界。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 「私のせいだ……私の……」


 ローズの脳裏に、目に、心に、先ほど目にした少年の凄惨な姿が焼きついていた。


 虚ろな瞳。焼け爛れた皮膚。それでもなお、かろうじて原型を留めた身体。


 生きたまま苦痛を与えるため、あえて簡単には殺さずにいたのだろう。


 ――私が関わったばかりに。


 そう思わずにはいられなかった。


 けれど、時を戻す術はない。

 シロイという少年の死は、覆しようのない事実だった。


 両親を亡くし、親族に疎まれ、そしてあまりにも惨たらしい最期を迎えた少年。


 その悲劇を招いたのは、ほかでもない自分なのだと。


 「……もう、いい」


 長きにわたって苛まれ続けたローズの心は、ついに限界を迎えた。


 光を失った瞳で虚空を見つめ、彼女はソレに語りかける。


 「見ているのだろう? ……決めたよ、私は」



 ソレは見ている。


 常にローズを見つめ、彼女が希望を捨て、諦めるその瞬間を待ち続けていた。


 「人間は、もうダメだね」


  ローズは、静かに目を伏せた。


 「……貴様が正しかった」


 諦めと絶望の入り混じった顔。

 それでも妙な清々しさを感じさせる、そんな表情だった。



 『オワラセルノハ、オマエダ』 



 感情のない、無機質な声が響く。


 ――否。その声の奥底では、邪悪な意思が歓喜に震えていた。


 ようやく、ここまで来た。長きにわたり抗い続けた魔女が、ついに絶望へと屈したのだ。


 ソレは、彼女の心が完全に折れるこの瞬間を、何よりも待ち望んでいた。 


 「悪趣味なやつだね……」


 彼女は、ゆっくりと右手を持ち上げた。


 指先に、黒い光が灯る。それは世界の理に干渉し、あらゆるものを無へと還す力。そういう類のものが、彼女の手に宿る。


 ソレがローズに与えた力であり、彼女自身もその力を振るうと世界がどうなるか、よく分かっている。



 彼女は人間を救うために戦った、人間を信じようとした。


 何度裏切られても、何度傷つけられても、それでもなお、彼女は人間を見捨てなかった。


 だが、その結果が--。


 「……もう、疲れたよ」


 ぽつりと零れた言葉は、誰に届くこともなく消えていく。


 人間という種を、この世界から消し去る。


 争いも、憎しみも、裏切りも、二度と生まれない世界にする。


 「もう、終わりにしよう」


 虚空に潜む気配が、微かに揺らいだ。


 『ソレデイイ』


 その短い返答を受け、彼女か腕を振り下ろす……その瞬間だった。


 「ダメだよ」


 「--っ?!」


 その声に、ローズは振り下ろそうとしていた手を、ぴたりと止めた。


 忘れるはずがない。

 忘れられるはずがない。


 だって、それは――。


 「……シロイくん?」


 彼女の唇から、かすれた声が零れ落ちた。

 しかし、周りを見渡しても、そこに少年の姿はない。あるのは、ただ静寂だけ。



 「……分かっているよ」


 自分の望んだ幻聴だ。

 自分の中のかろうじて残っている理性の囁きだ。


 そんな事は分かっている。

 痛いほど分かっている。


 シロイ君は死んだ。もういない。


 自分のせいで。

 自分が救えなかったせいで。



 「それでも……」


 ローズは、再び顔を上げた。

 黒い光を宿した手を、再びゆっくりと持ち上げる。


 「それでも、私は……」


 彼女の指先が、わずかに動く。その頬には涙が伝っている。



 「……ごめん、なさい」


 誰に向けた言葉なのか、自分でも分からなかった。


 死んだ少年にか。救えなかった人々にか。

 それとも、かつて人間を信じていた自分自身にか。


 ローズは目を閉じ、手を振り下ろした。




 黒い光が、瞬く間に世界を覆い尽くした。

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