花の名前
彼女は目覚めはするがあまり意識はないようで軽く食事をさせるとまた眠りを繰り返した。意識がはっきりした頃には私の知らぬ間に仕事をさせられていた。
「具合はいかがですか?」
長い廊下の履き掃除をしていた彼女にそう問いかければ、驚いたように少し瞬いた後軽く頭を下げて答える。
「随分と良くなりました。ご心配いただきありがとうございます」
感情の篭っていない無機質な声だった。下手をすれば彼女にとって私という人間は今初めて会ったという認識なのかも知れない。
「ならば良かったです」
そう答えたが、何故か少しだけ胸に違和感があった。
彼女は働き者だった。仕事も早く、何一つ不満も文句も言わず仕事をしていた。ただし、一度も笑顔を観た者はいなかった。
「これを」
街の近辺の見回りをしていた際に見つけた花を彼女に差し出した。彼女は花を見た後これは何だ?と問いかけるように私を観た。
「珍しいと思い摘んで来てしまった。この花は何と言うかご存知ですか?」
思ってもないことが口から出る。花の名前など全く興味はない。だが、このまま終わってはいけないという何かしらの使命感が私の口を動かした。彼女は暫し口をつぐんでいたがそっと音にする。
「勿忘草…と言います」
「わすれなぐさ?」
「はい。…それ、いただいてもいいですか?」
「あ、ああ。勿論」
元々彼女に渡すつもりで持ってきたというのにいざ欲しいと言われると動揺してしまった。彼女に花を手渡すと、暫しその花を凝視していたが彼女の感情のない瞳に悲しみが浮かんだ気がした。
見回り中ふと見つけた先日の勿忘草。そして思い出す彼女の瞳に立ち止まった。
「団長?どうしたんです?」
おちゃらけてはいるが実力はある騎士団の団員ルークが立ち止まった私に気付き問いかけてくる。だが、問いの答えは自身で判断しルークはああと口を開く。
「花ですか?団長花なんて興味あったんですねー。以外と乙女チック~「口を縫い付けられたいか?」
言い方があまりにも苛立ったため真顔で言えば奴は真顔で「サーセン」と言ってきた。確実に舐めている。稽古でもつけてやろうかと思った時奴が気になることを言った。
「勿忘草って悲しいっすよねー」
「悲しい?」
彼女のあの瞳と悲しいという言葉が結びつき思わず反応する。ルークはええと頷いて続ける。
「勿忘草って恋人の男が彼女にプレゼントしようと思って彼女のとこに行こうとしたのに誤って川に落ちて死んだみたいな悲しい由来があるんですよ」
「男が死んだことが由来?勿忘草は男の名前にでも関係しているのか?」
「いえいえ。違います。男は川に落ちたとき最後の力を振り絞って花を彼女の足元に投げて『私を忘れないで』って言ったことでその花の名前が勿忘草になったらしいです」
「…何故そんなに詳しいんだ?」
「花の話題って女の子好きなんすよー。んでこういう豆知識披露すると物知り~ってメッチャ喜んでくれて~。この間も~」
ルークが何やら親交関係について語っているがこの時の私の耳には入らなかった。
彼女が勿忘草について知っていたのならあの悲しみの瞳は自分を重ねたのだろうか。それとも忘れられない誰かがいるのだろうか。そう考えた時もやもやと理由も分からず苛立った。




