朝の習慣:ロイの場合
こちらはあくまで『もしも』の話になります。
ご注意下さい。
まぶたの裏を、窓から入った光がやく。
そこから顔を背け、再び眠りの世界に入ろうとした彼を、愛しい声が引き留めた。
「ロイ?
そろそろ起きないと、遅れるわよ?」
「……もう、そんな時間ですか」
フィリアの声には素直に従い、のろのろとその紅の瞳を開く。
途端に視界に入るのは、朝日に照らされた大切な彼女の姿。
相変わらず、美しい顔を少し困ったようにさせているのは自分だと思うと、少しだけ優越感に浸ることができる。
「さ、起きて?
私も早くお城に行かないと……きゃっ
――どうしたの?」
突然抱き寄せられたフィリアは首を傾げた。
全く、相変わらず鈍感なことだ。
「いいえ、ただ貴女を閉じ込めてしまいたいと思ったのですよ」
他の誰もいない、二人だけの世界に。
「ふふっ、何言ってるの?
そんなことをしなくても、私はいつでもロイと一緒にいるじゃない」
「おや、今日も城に行ってしまうのでしょう?」
「でも、帰ってくるもの。
私が帰ってくるのは、貴方のところだけよ」
「――っ貴女には、敵いませんね」
さすが、永き時を生きる女神といったところだろうか。
彼女はいつも、ロイが心から望む言葉をくれるのだ。
「愛しています、フィリア。
私だけの女神」
「私もよ、ロイ」
蕩けそうな緑の瞳に思わず口づける。
それだけでは飽きたらず、それは額、頬と進み、最後に唇に触れた。
「……ん、」
柔らかなフィリアのそれを自らの舌で割り、彼女のなかを味わう。
絡めて、擦り合わせて、舐めて、貪る。
「――ふぁ、」
最後に軽く吸い付いてフィリアの唇を解放すると、彼女は焦点の合わない瞳でロイを見つめた。
それに言い表せない程の満足感が溢れる。
――彼女は、私のものだ。
「フィリア?
時間がないのでは?」
ロイの言葉に漸くそれに気がつき、フィリアは慌ててベッドから降りようとする。
そんな彼女を少し強引に抱き上げ、ロイは朝食をとるために広間へ向かった。
使用人が開いた扉をくぐり、広間に入ると待ちかねていたかのように祖父であるグレイが声をかけてくる。
「待っておったぞ。
全く、お主たちが来んと朝食がとれん」
「申し訳ありませんお祖父様。
少々愛の語らいというものをしていたもので」
「その言い訳は聞きあきたわ。
いい加減嬢を下ろしたらどうじゃ?
まったく毎朝毎朝…」
「仕方ありませんよ。
フィリアが可愛らしすぎるからいけないのです」
ねえ?とフィリアに顔を近づけて問いかければ、彼女は頬を赤らめて首をふった。
思わず再び食らいつきたくなるが、祖父の前だ。我慢しよう。
フィリアを席に下ろして、自分はその向かいに座る。
家族三人で食事をとるのがこの家の決まりだ。
「それじゃあ行ってくるわ」
「気を付けて。
早く帰ってきてくださいね?」
にっこり笑うフィリアを見送るのは何度やっても不安だ。
それが顔に出てしまったのだろう、フィリアが苦笑する。
「心配しなくても、ちゃんと帰ってくるわ」
「――不安なのですよ。
貴女はルークの……国王陛下の専任術師であり、この国を守護する女神ですから。
私のような人間のそばに、いつまでいてくれるのかと、ね」
「そんなことを言わないで?」
知らず知らずのうちに俯いてしまっていた顔を、頬に添えられたフィリアの手によって上げられる。
「私は貴方のものだから」
「本当ですか?」
彼女が嘘をつくはずがないというのに、聞き返してしまう。
けれどそんな自分に嫌な顔ひとつせずにもちろんよ、と答えてくれる彼女が、心の底から愛おしいのだ。
堪らずに再び口づける。
応えてくれる彼女に更に気をよくして、それはどんどん深くなっていった。
腕の中の存在が力を失い、立っていられなくなって漸くロイはフィリアを解放した。
息をあらげ、瞳を濡らして頬を染める彼女の魅力に逆らうことなく、彼女の開いた胸元、ギリギリ見えるか見えないかの位置に吸い付いた。
「ぁ、」
小さく声をあげるフィリアに今度は軽く一瞬口づけ、その体を解放する。
「ロイ、こんなところに…」
「虫除けですよ」
少しだけ不満そうなフィリアににっこり微笑むと、時間だと急かして紅い所有印を隠す間もなく城へと送り出し、ロイは上機嫌に微笑んだ。
あの王はまだフィリアのことを想っている。
彼があれを見たとき、どんな反応をするだろうか。
――フィリアは私のものですからね。
例えこの国の王が相手でも、渡す気はない。
――しかし、やはり少しだけ心配ですね。
フィリアは未だ、アルザス王を忘れられていない節がある。
そしてルークはその血縁だ。
ふむ、と頷いて、ロイは艶然と笑った。
それはもう、色気たっぷりに。
――取られてしまわないように、大事に大事に愛さなければ、ね。
自分以外を見ることがないように。
自分しか彼女の中に存在しないように。
今宵もロイは、フィリアに愛を囁く。