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エウロペはいつものように従者を従えて、花園へ行っていた。
「今日も花はきれいに咲き誇ってるわ。兎も草をおいしそうに食べてるし、小鳥もきれいな声でさえずってる。でも、私はこの子たちが悲しそうにしているところを見たことがないわ。なぜ?」
エウロペは従者の答えが好きだった。
「それはエウロペ様の愛らしさの前では些末な下らない感情など消えてしまうからですよ」
従者は、エウロペに嘘で答えた。実際には老い衰えた動物や枯れる変調を見せた花は刈り取られ、傷ついたものは全て王のもとにいる奴隷たちによって存在を消されることで美しさは保たれていた。
そして,フェニキアの王女とはいっても、エウロペの美しさを知る者はほとんどいなかった。王に溺愛されていたエウローペは隠された花であった。王は、亡き妻によく似たエウローペを誰の目にもとまることはないように育てた。だから、エウロペがほんとうに美しいのか知る者はいなかった。従者はもはや男とは言えぬ体にされ、市井の生活から離れ久しかった。そういった王の力で変えられたものだけが、エウロペのそばにいることが許されていた。
ゼウスがある日、花園で小動物と戯れているエウロペの姿を見初めた。ゼウスは好みの女を見つけると、一も二もなく手に入れていた。彼はそれが許される立場にあり、実行できる力も持ち得ていた。ゼウスはすぐに牡牛の姿に我が身を変え、エウロペへ近づいた。
「この生き物は何?とても美しいわ」
エウロペは驚いた。初めて見る自分より大きな生き物の出現ではあるが、その瞳は理知的なものであり、全身が神々しく白く輝いているものであったので、不思議と怖ろしいという気持ちは沸いてこなかった。
「牛でございます。王女様」
従者は何故ここに牛が紛れ込んだのだろうと不可思議に思った。
「まぁ。きれい。これが牛というのね」
エウロペは感嘆のため息を漏らした。そして、そのまま牛に手を伸ばした。
そっと牛に触れるとエウロペの予想に反してびくとも動かなかった。普通の動物であれば、兎であれ、猫であれ、エウロペの姿を見るなり逃げ出す生き物しか見たことがなかったので、エウロペは驚いた。
「自分より体の小さなものには動物は驚かないのね。私が子ウサギを追いかけるように少しの好奇心であなたは私のほうに来たのかしら」
エウロペは思っていることをそのまま口に出す娘であった。善悪の判断がつかずに育てられ、疑問に思ったことは答えを得ることがあり、願いがあれば口に出すことで即座に叶えられるのだから、心の中で思うということが少なかった。
エウロペはその手を牛の背中に這わせた。撫でる毛は細く、思ったよりも手触りの良いものだった。
「ねぇ。あなたに乗っていいかしら」
牡牛はそれに答えるかのように足を畳みしゃがみこんだ。
それを是ととったエウロペは従者の静止の声を振り払い、ひらりとスカートをたなびかせ牡牛の背に乗った。
すると、突然牡牛は立ち上がり、牡牛の出せる速度とは思えない速さで走りだし、そのまま空のかなたへ消えた。
エウロペは驚き牡牛にしがみ付くことに必死になった。




