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Taurus   作者: 尾田里佳子
3/3

sideエウロペ

あぁ。なんて退屈な毎日なのだろうか。

本当に私の周りは私のことを私が演じている何も知らない無垢であり、無知である娘と受け止めているのだろうか。

毎日、毎日、飽きることなく花園へ向かい、そこで半日を過ごし、家へ帰ればお父様に会うために美しく磨かれ、謁見するだけ。

えぇ、別にそれでもいいのだ。私は花園に行けば、毎日木々の観察をし、その生態系を解き明かそうと躍起になっている。それは別段意味をなさないことであるが、一年のサイクルの中で生と死を繰り返す植物たちを見るのは、気が滅入る一方で、少しの希望がみえる。この退屈に続く永久のときはそのうち終わりを迎え、またどこかで新たに始まるのではないかなんて、他人事のように考える。


「今日も花はきれいに咲き誇ってるわ。兎も草をおいしそうに食べてるし、小鳥もきれいな声でさえずってる。でも、私はこの子たちが悲しそうにしているところを見たことがないわ。なぜ?」

 エウロペは従者の答えが好きだった。

「それはエウロペ様の愛らしさの前では些末な下らない感情など消えてしまうからですよ」

 それこそが、ただ一つの真理のようだった。

 父の妄執によりこの花園は美しく咲き乱れているのだから。父の母を思う気持ちによって、私が実は兄弟の仲で大したことのないものであっても、一番愛らしく見え、それを愛でるために、私の生活には一切の綻びのないものへ仕立て上げられているのだから。従者たちは盲目なまでに私を慕い、讃える。


 突然、どこからともなく牛が現れた。

 綻びのないはずの花園なかで、違うことが起きるのは極稀だ。父の力の及ばぬところの隙をついてそうしたことは、ときたま起こる。

 しかし、何と醜い生き物であるのか。エウロペは一目見た瞬間嫌悪感で胸がいっぱいになった。だが、思いとは反対の言葉を紡ぐ。


「この生き物は何?とても美しいわ」

エウロペは驚いたふりをする。初めて見る自分より大きな生き物の出現ではあるが、その瞳は理知的なものであり、全身が神々しく白く輝いているものであったので、不思議と怖ろしいという気持ちは沸いてこなかった、とでも考えているかのように。

「牛でございます。王女様」

従者は何故ここに牛が紛れ込んだのだろうと異物の侵入にやはり不寛容な面持ちであった。

「まぁ。きれい。これが牛というのね」

 あぁ、醜い。私よりも大きな体を持ち、その上、目は血走っている。吐く息は臭く、屎尿の臭いがした。発達していない乳房と男性器が見え、この牛が牡牛であることが分かった。なんと醜い生き物であるか。

 この気持ちの悪いものが、今日からこの花園を彩る玩具になるのかと思うと、自然とため息が出た。父の及ばぬものが、少しの変化になりこの花園を変える。それを楽しむときもあれば、楽しめない時もある。結局は父がその存在に気づき排除し、元通りになるだけなのだから、楽しんだ方がいいのは分かっているのだが、どうもこの動物は好きになれない。


「自分より体の小さなものには動物は驚かないのね。私が子ウサギを追いかけるようなほんの少しの好奇心で、あなたは私のほうに来たのかしら」

 日々の鬱憤を晴らすために、私が弱い子ウサギを無邪気に追いかけるふりをしていたぶる残酷な遊びに興じるようにして、この牛は私を追いかけ無残に殺さないだろうか。できるだけ、長く相手を怯えさせ、必死に逃げるさまを楽しむ。自分の絶対的な相手への影響力を味わって、最後にはとどめを刺す。そして、私の屍体を見て父は悲嘆にくれる。それとも、私と同じ愚かな牛は、勢いそのまま、我が父である王を弑す。

 牛がある日、突然この花園を作った父を憎み、殺してしまうなんてことを夢想した。

 その力がこの牛にはあるように感じた。今まで見たことのない大きな体。圧倒的な力を持って、周囲を蹂躙する力だ。


「ねぇ。あなたに乗っていいかしら」

 牛を飼い馴らすのも一つの手かしら。

 自分に力がなければ、その力を持つ者を従わせればいい。

 牡牛とはいえ、この花園から脱出する暁には逃走の機具にもなるし、精根尽き果ててしまえば、食糧にしてしまってもいい。そう考えると牛は理想的な生き物に見えた。

 自分の出す殺気におびえたのだろうか。牛は足を折りたたみ、頭を下げた。

これは、牛の上に乗れという神の采配であるか。支配者たる父は王という名の神と同一でであるが、それよりも上の存在が、私に何かを囁いた。

 この牛に乗るのも一興か。大人しく頭を垂れるなら、従えてもいいし、暴れ牛に仕立て上げてもいい。そうして、この母そっくりの顔と体が傷つけば少、しは溜飲が下がるというものだ。


 王が嫌がる野蛮な動きをして牛に飛び乗った。すると、突然牡牛は立ち上がり、牡牛の出せる速度とは思えない速さで走りだした。

 願っていたことだが、いざ実行されると戸惑うものだ。

 しかし、ぼうっとしていればあわや振り落とされそうになった。必死に牛血が出そうなほど爪を立てて牛にしがみ付いた。

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