第22話:恐怖の残業(どかた)と完璧な安息角
「さあ、恐怖の残業の始まりです!」
私が空中に浮かぶCADの『実行』キーを、人差し指で力強く叩いた瞬間だった。
ピィィィィン!!
無機質な、しかしどこか荘厳な電子音が、熱波に歪むカルデラの底に鳴り響いた。
同時に、私の頭上——どんよりと濁った赤黒い空に、幾何学的な青い光のラインが網の目のように走り抜ける。
それは瞬く間に巨大な円陣を形成し、空間そのものを切り裂くような巨大な『ゲート』を口を開けた。
> 『マスター、地形修復コマンドの実行を確認』
> 『インベントリより、指定座標への静的オブジェクト(土砂)の連続出力を開始します』
サポートAIであるミネルヴァの報告と共に、空が鳴動した。
ゴゴゴゴゴゴゴゴッ……!!
世界の底が抜けたような重低音が響き渡る。
次の瞬間、上空の巨大なゲートから、滝のような勢いで『大地』が降り注いできた。
それは隕石魔法のようなロマンチックなものではない。
火の粉も、魔力のエフェクトも一切ない。
ただひたすらに、圧倒的な質量を持った『土と砂と粘土の混合物』である。
私が前もってインベントリ(サーバー容量)の限界まで圧縮し、貯め込んでいた地形修復用の土砂オブジェクト。
その量、推定三百万トン。
それが、一切の情緒もなく、物理法則の暴力となってカルデラへと雪崩れ込み始めたのだ。
『——な、なんだと!? 貴様、空から泥を降らせたというのか!?』
イフリートが、上空を見上げて驚愕の声を上げた。
彼はちょうど、私に向けて極大の火炎弾を放とうと、口元に膨大な熱エネルギーを収束させていた真っ最中だった。
『小賢しい真似を! そのような泥濘など、我の神炎の前には——』
ドゴォォォォォォォォン!!!
イフリートの咆哮を掻き消すように、第一波の土砂がカルデラの底に激突した。
巻き上がる土煙。舞い散る粉塵。
イフリートは咄嗟に、溜め込んでいた極大の火炎弾を上空の土砂の滝へ向けて解き放った。
数千度を超える業火が、降り注ぐ三百万トンの土砂に真っ向から衝突する。
凄まじい水蒸気爆発のような衝撃波がカルデラを吹き荒れ、私はヘルメットを押さえながら、吹き飛ばされないように両足を踏ん張った。
> 『マスター、対象オブジェクトの熱量により、投下中の土砂の一部が急激な温度変化を起こしています』
「計画通りです、ミネルヴァ! 対象の熱量を逆算して、土砂オブジェクトにパラメーター付与を実行! むき出しになっている鉄鉱脈と混ぜ合わせて、一気にスラグ化(ガラス化)させます!」
> 『了解。熱エネルギーの転用プロセスを実行します』
イフリートは「我の炎で蒸発させてくれる!」と息巻いて火炎を放射し続けているが、それこそが私の狙いだった。
土木工事において、脆い斜面を補強するための『土留め』や『擁壁』を作るのは、莫大なコストと資材がかかる。
しかし、ここには数千度の熱を惜しげもなく放出してくれる、巨大な熱源がいるのだ。
「フフフ……いい火力ですね! おかげで重機の燃料代と、コンクリートの資材費が浮きましたよ!」
私がCADのホログラムを操作すると、イフリートの炎を浴びた土砂が、みるみるうちに赤熱し、溶け、そして周囲の岩盤に張り付きながら急速に冷却・硬化していった。
鉄鉱脈の成分と粘土質が極端な熱反応を起こし、ガラスのように強固なスラグ(鉱石の残渣)へと変貌したのだ。
それはカルデラの脆かった斜面を、一切の隙間なくコーティングする、完璧な超硬度の『土留め』となった。
『馬鹿な……我の炎が、ただの泥を硬くしているだと……!?』
イフリートは、自分の攻撃がカルデラの崩壊を防ぐための『エコな施工手伝い(無料の溶接バーナー)』に利用されていることに気づき、愕然としている。
「さあ、基礎工事は完了しましたよ! ここからが本番です!」
上空のゲートからは、未だに毎秒数万トンのペースで土砂が投下され続けている。
しかし、その土砂は無秩序に積み上がっているわけではなかった。
> 『マスターが設定した【安息角】のパラメーターに基づき、土砂の流動を制御中。現在の斜面角度、設計図との誤差0.02%以内で推移しています』
ミネルヴァの報告通り、投下された土砂は、私が魔法CADで引いた青いガイドラインに沿って、滑るようにカルデラの斜面を形成していた。
安息角。
それは、土質力学において『土砂が自然に崩落せずに、安定を保つことができる最大の角度』のこと。
私はカルデラ全体の摩擦係数を強制上書きし、この斜面を『極めて滑りやすいが、決して崩れない、完璧なすり鉢状』に再設計していたのだ。
ズズズズズズッ……!!
足元の地形がうねりを上げ、美しくも恐ろしい斜面が完成していく。
その中心——すり鉢の最も低い底の部分にいるのは、他でもないイフリートである。
『むっ……!? 足場が……!?』
イフリートが巨体を揺らし、一歩を踏み出そうとした瞬間。
彼の足元の土砂が、サラサラと崩れ落ちた。
いや、崩れたのではない。
彼が踏み込んだ力が安息角の限界を超え、土砂を下方へと滑り落としたのだ。
『ぬぅぉぉぉっ!?』
ズルルルルッ、と不快な音を立てて、イフリートの巨体がすり鉢の底へと引きずり込まれる。
彼は慌てて斜面に爪を立てようとするが、私が造り上げた超硬度の土留めと、摩擦係数を極限まで調整した粘土質の土砂が、それを許さない。
登ろうとすればするほど、足元の土砂は彼をあざ笑うかのように底へ底へと流れていく。
それはまさに、自然界の残酷な罠。
巨大な『蟻地獄』の完成であった。
「どうですか、私の設計した完璧な安息角は! どんなに足掻いても、重力がある限りあなたは底へ落ち続けるんですよ!」
『おのれェェェッ! 貴様、神の炎を、泥の塊などで封じられると思うな!!』
すり鉢の底で半身を土砂に埋まらせながら、イフリートは激昂した。
彼は全身からマグマのような超高熱を放出し、周囲の土砂を焼き尽くして脱出しようと試みる。
ボォォォォォォッ!!
カルデラの底から太陽のような光と熱が噴き上がった。
「あーあ、ダメですよ。そんなに無計画に熱を出したら」
私は安全な斜面の上部(すり鉢の縁)から、その様子を冷ややかに見下ろした。
イフリートは致命的な勘違いをしている。
私がここに流し込んでいるのは、ただの泥や砂ではない。極限までパラメーターを弄った『粘土質』の土砂なのだ。
> 『ミネルヴァより報告。対象の中心部にて、急激な熱硬化現象を確認』
イフリートの足掻きは、自らの首を絞める結果にしかならなかった。
彼が放出した超高熱は、周囲に密着している大量の粘土を、まるで窯元で焼き上げられるテラコッタのように、一瞬にしてカチカチのセラミックへと変成させたのだ。
『なっ……!? 動かぬ!? 足が、地面と一体化して……!?』
悲痛な叫び声が響く。
イフリートの下半身は、彼自身の熱によって焼き固められた超硬度のセラミック装甲(ただし外側に向かってではなく、彼を拘束する方向)に完全に密閉されていた。
もはや一歩たりとも動くことはできない。
彼は自分自身の炎によって、自分専用の絶対に壊れない『棺桶(土留め)』を造り上げてしまったのだ。
『き、貴様ァァァッ! 貴様は一体、何者だ! 神の使いである我を、このような屈辱的な方法で——』
「私はただの、安全第一をモットーとする現場監督ですよ。……さて」
私はヘルメットのツバを直し、魔法CADのウィンドウを切り替えた。
カルデラの斜面は完全に安定し、異常熱源イフリートはすり鉢の底で身動きが取れなくなっている。
罠は完璧に機能した。
「火事の基本は『窒息消火』。そして、労働環境の改善は『物理的な問題解決』からです」
私は上空のゲートを見上げ、未だにインベントリに残っている数百万トンの土砂残量を確認した。
「残りの土砂、全量一括プッシュ(納品)します。このまま完全に埋め立てて、今日の作業は終わりにしましょう!」
私は一切の容赦なく、トドメの実行キーに手を伸ばした。
【進捗報告】「完結」マイルストーン優先の突貫工程について
読者の皆様、いつも現場の監視(ご読了)ありがとうございます。
本プロジェクトにおきましては、「完結」という最大のマイルストーンを厳守するため、一時的に細部の調整工程(推敲作業)を圧縮し、突貫での施工を進めております。品質管理の面で一部お見苦しい点が生じる可能性があり、深くお詫び申し上げます。
なお、本工事(完結)の完了後、改めて細部の改修作業(リライト・追記)を実施する予定です。
まずは無事に竣工(完結)まで走り切りますので、最後まで現場へのお付き合いをよろしくお願いいたします!




