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第1話:戦乙女は痛いのがお嫌い

特殊解体業の実家で育ったSDGs部門の元気なOLが、安全第一の精神と謎の擬音で、クソ仕様のVRゲームを更地にしていく物語です。

木曜日の午後六時。

定時ダッシュで帰宅した私は、スーツを脱ぎ捨てるのももどかしくソファへと倒れ込み、そのまま手慣れた動作でヘッドマウントディスプレイを被り、両手にセンサーグローブを装着した。


『――システム・ダイブ、正常に完了。お目覚めですか、ユーザーC』


鼓膜の奥で鋭い電子音が鳴り、ナビゲーションAI『ミネルヴァ』の冷たい声が聞こえてきた。

さっきまでの六畳間は一瞬で消え去り、視界は真っ白な仮想空間――デバッガー用のシステムルームへと切り替わる。


「お疲れ様ですミネルヴァ! 今日も元気に環境整備(デバッグ)しちゃいますよー!」


『仕様です。本日のデバッグ業務の割り当てが完了しました』


目の前に、淡いブルーの案内ウィンドウが浮かび上がる。


【本日のデバッグ要項:セクターC―1における地形負荷テスト、および環境整備】


私の本業は、大手ゼネコンのSDGs部門で働くOLだ。

実家が特殊解体業を営んでいるため、私も同じ道に進みたくてゼネコンに入ったものの、なぜか配属されたのは環境保護を推進するお堅い部署だった。

だが、この最新VRゲームのテスターアルバイトは、実家の『解体』と今の『環境シミュレーション』のノウハウを同時に活かせる、最高のお小遣い稼ぎなのだ。


「手付かずのマップを、ドバーン!と綺麗にして、スッキリ平らな更地にする! これぞ究極のエコでSDGsですよね!」


『補足します。本業務は地形負荷テストであり、ボランティア活動ではありません』


「細かいことは気にしない! よーし、今日も安全第一の作業着に着替えて……あれ?」


意気揚々とアバターの選択ウィンドウを開いたところで、私は動きを止めた。

いつも使っている『安全帯付きの作業服アバター』が一覧から消え去り、選択画面がグレーアウトしている。たった一つ、強制的に選ばれていた初期装備は、フリフリで真っ白なレースが幾重にも重なった、ひどく露出度の高いドレス姿だった。


「ちょっとミネルヴァ! いつもの作業着が選択肢から消えてるんですけど! というか、なんですかこのヒラヒラ! 現場にスカートは不安全の極みですよ!?」


『アナウンス。支給アバター仕様:【純白の戦乙女アイル】。本日のテスト要項に基づき、システム側でアサインを固定しています。なお、本アバターは『非破壊オブジェクト』に指定されており、泥水や土砂を被っても自動でクリーンアップされる防汚属性が付与されています』


「あ、なるほど。汚れないってことは、お洗濯の必要がない(メンテナンスフリー)仕様ですか。水や洗剤を使わないから確かにエコですね……。これ、現実の解体現場にも導入されれば最高のエコ作業着になるのになぁ。仕方ありません、今日はこれで我慢しましょう」


現実世界の技術不足を嘆きつつ、私は空間に浮かぶホログラムの仮想ゲームパッドを握り、対象エリアへの転送ボタンを押した。


一瞬の浮遊感のあと、視界が爆発的な光に包まれる。

次に目を開けた場所は、天まで届きそうなほど切り立った、剥き出しの山脈の頂上だった。ヒューヒューと耳を圧する冷たい風の音が鼓膜を震わせる。

そして、その山頂のど真ん中には、なぜかなみなみと水の張られた巨大な湖が広がっていた。


「うわぁ……。この山、下の方がめっちゃ『ミシミシ』言ってますよ。こんなてっぺんに湖なんか置いたら、水が岩の隙間にジュワーッて染み込んで、そのうちドバァーッ!って山ごと崩れちゃいます! 麓の町がズシャァ!ってなる完全な違法建築(不安全構造物)です!」


私は山頂から眼下を覗き込み、ぶんぶんと首を横に振った。


「ダメですダメです! 未来のプレイヤーさんが危ないですから、この山ごとババーン!と削って、安全な平地にしないと!」


『警告。デバッガーの職務逸脱を検知。あなたの任務は地形の負荷テストです。解体工事ではありません』


「結果的に安全になるんだから同じですよー! えーっと、いつもの削除(デリート)ボタンは……っと」


私が空間のパッドを操作しようとした、その時だった。


足元の岩盤が不気味な重低音を立てて揺れ、湖の水が沸騰したように泡立つ。

激しい水飛沫をあげて湖面から飛び出してきたのは、青い鱗を輝かせた、東洋の龍のような姿をした巨大な水棲の神獣だった。


『我が絶対無敵の水域へ踏み入る愚者よ……! その身を以て神の怒りを知るがいい!』


空気が震えるほどの威嚇の咆哮。

視界の端にはボスの体力ゲージが表示され、私の隣には自分の身長より大きな『大剣』が出現した。


「あ、お邪魔キャラですね。すみません、今ここ解体予定地なんで、直ちに退去してもらえますか? 工期の邪魔です」


『退去だと……? 我は数百年、この聖なる頂から下界を統べる水神ぞ! 貴様のような羽虫が踏み入って良い場所ではないわ!』


「数百年……ってことは、不法占拠ですか? 権利関係がややこしい物件ですね。でもここ、水圧で基礎がダメになってる不安全構造物なんで、どのみち強制代執行で立ち退きになりますよ」


『我の言葉を全く理解しておらんのか!? ええい、話の通じぬ小娘め!』


「話が通じないのはそっちですよ! もういいです、危ないからサクッと消しちゃいますね。ポチッとな!」


私は呆れながら、仮想パッドの『GM権限:対象デリート』ボタンを元気よく叩いた。

――しかし。


『エラー。対象はエリアボス【水棲神獣】です。現在のアカウント権限では削除(デリート)できません。支給された武器で討伐してください』


「ええええっ!? 消せない!? ウソでしょ、クソゲーですか!? 私、アクションゲームとか全然できないんですけど!」


『片腹痛いわ、虫ケラが!』


パニックに陥る私をよそに、ボスが巨大な尻尾をしならせて薙ぎ払ってきた。


「ひゃあっ! えいっ、やぁっ!」


慌てて大剣を掴み振り回すが、重い武器の慣性に現実の私の思考が追いつかず、完全に空を斬る。

次の瞬間、ボスの巨躯から放たれた一撃が私のアバターを正面から捉え、純白のドレスごと岩肌へと大きく弾き飛ばした。


背後にある硬い岩肌に激突する。

GM権限のおかげで、ダメージ自体はゼロなのだが――。


視界全体が真っ赤に点滅し、画面が地震のように激しく揺さぶられた。耳元で、不快なノイズが鳴り響く。


「い、痛くはないですけど、画面がグワングワンして気持ち悪いです! エフェクト強すぎ! 完全に労働基準法違反の嫌がらせですよこれ!」


あまりの画面の激しい明滅に、私は思わず手元の仮想コントローラーから手を離してしまった。ゲーム内の私は、重い大剣をあっさりと放り捨ててしまう。


『ハハハハ! 武器を捨てて命乞いか! 我が水刃の嵐(ウォーター・カッター)に切り刻まれ、塵と消えるがいい!』


ボスが口を大きく開き、超高圧に圧縮された水の刃を機関銃のように乱射してきた。

凄まじい水圧によって、周囲の岩盤が容易く切断されていくのを見て、私は目を丸くした。


「ちょっと! それコンクリートとかぶった切る業務用の高圧洗浄機じゃないですか! 資格もなしに人に向けちゃダメって習わなかったんですか!?」


『警告。ボスの攻撃が継続しています。速やかに回避行動をとってください』


「言われなくても! ひぃぃぃ! 逃げるボタンどれ!?」


私は半泣きで、仮想パッドのスティックをデタラメに倒し、表面のボタンをめちゃくちゃに連打した。

無差別入力(レバガチャ)発動である。


「なんでピョンピョン飛ぶの!? あ、今度はゴロゴロ転がってる! ストップ、ストップゥゥ!」


私の戦乙女は、ドレスの裾を振り乱しながら意味不明なジャンプと前転を繰り返し、ついには逃げ道の先を塞いでいた巨岩に頭から激突した。


『エラー。姿勢制御の喪失を検知。物理演算バグを適用――斜面へのスライドを開始します』


「え? スライド……キャアアアアア!?」


激突した反動で、私のアバターは崖のふちから滑り落ちた。

そこは、歩いて降りることなど不可能なほどの悪魔的な急斜面。私のアバターは姿勢制御を完全に失い、まるで雪玉のように凄まじい速度で斜面を転がり落ち始めた。


「世界が! 世界が縦回転してますミネルヴァー!」


『仕様です。重力に従った自然な挙動です』


「全然自然じゃないですぅぅぅ!」


遥か上空で虚しく空を切るウォーターカッターの音を置き去りにして、私は時速百キロ近い猛スピードで滑落していく。


やがて傾斜が緩やかになり、私は麓の平地へと豪快に滑り込んで、ようやくその動きを止めた。


「め、目が回る……」


ふらふらと立ち上がり、私はドレスの砂を払うふりをした。

これだけ激しく斜面を転がり落ちたにもかかわらず、非破壊オブジェクトのドレスは破れひとつなく、真っ白な状態を保っていた。


「すごい! 本当にツルツルです! 最高の安全装備ですね!」


私は立ち上がりながら、ドレスの裾をバサッと翻した。


「これだけ丈夫なら廃棄ロスも減って、持続可能な社会(サステナビリティ)に貢献できます! うちの会社の制服もこの素材で作るべきですよ!」


元気を取り戻した私は、実家の現場で叩き込まれた習慣のまま、ビシッと周囲へ指差し確認を行った。


「周囲よし! 足元よし! 安全確認ヨシ!」


ビシッと空を指差した、その指先。


――ピキィィィン!


高く澄んだ電子音が鳴り、私の指先から空間を走るように青白い光のグリッド線(ワイヤーフレーム)が一瞬だけホログラムのように展開し、すぐにフッと消え去った。


「え……? 今の、実家の3D-CADの画面にそっくりでしたけど……」


目を瞬かせたその時。

足元の岩肌に、赤黒く発光する不気味な『文字』が刻まれているのに気がついた。


『ここから先、クソ運営の罠あり――剣とか効率悪すぎ。地形使え。クソゲーが』


「あらあら? これは……親切な運営さんのチュートリアルメッセージでしょうか? 地形を使え……?」


私は小首を傾げ、宙に浮いている自分のシステムメニューを見直した。

そういえば先ほど、いつもの『削除(デリート)』ボタンがエラーで弾かれた時、その横でチカチカと点滅している見慣れないアイコンがあったような気がする。


「あれ? 今までグレーアウトしてたこの『設計(クラフト)モード』ってアイコン、なんで光ってるんでしょう? 剣で戦うゲームなのに、何か作れるんですか……?」


その時の私はまだ気づいていなかった。

この見慣れない機能と「地形を使え」という天の導きが、環境整備(ピタゴラスイッチ)を起動する、最強のスイッチだということに。

初回から物理演算バグで滑落。しかしアホの子テスターは、謎の血文字と「新しいアイコン」を見つけてしまいました。

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