第3取調室
拓海と聖海夜はノックして第3取調室に入った。
殺風景な18畳ほどの部屋に長机を2つ合わせ、パイプ椅子が奥に2つ、手前に1つ置かれていた。奥の隅には小さなデスクににパソコンが置かれている。
西宮司警視は手前のパイプ椅子に座っていた。2人を奥の席に誘導する。そして箱を取り出してテーブルの上に置いた。
「ご説明の前に、こちらに貴重品と金属類を置いていただけますか?」
2人は素直に従う。携帯と財布、アクセサリー類を置いた。
以前、遺族が納得いかず逆上し、警察官を金属類の腕時計で殴打する事件があった。そのためだろう。
「お父さんは全てお願いします。規則ですので。」
拓海はコートを脱いだ。いろいろとコートに武器を仕込んであるのは承知済みということなのだろう。
そして、腰にあった銃をコートの下に隠すように置く。それを見た、物珍しそうな顔をする聖海夜が手を伸ばしそうになる。
「危ないから、触るな。」
注意され、残念そうな顔をしながら椅子に座った。
西宮司警視が書類を2人の前に置き、話し始める。
追悼の言葉から始まる。そして事件性について詳細を伝える。犯人については目星はまだついておらず捜索中とのこと。遺体には不可解な点もあり、ウィルス性の可能性もあるため、それがわかるまでは引き渡すことはできない。警察での厳重な保管と処遇をさせて欲しいとのことだった。
書類は誓約書である。説明を聞いてサインをすることにより承諾したことになる。
2人は今後のことについて相談していた。そして能力は使用せず、警察に全て任せることになった。
能力について聖海夜は自分が火を操れることは知っている。幼少期の時に母に相談したが、"能力を知られると怖い人が来て連れて行かれる"と脅され、隠していた。たまに使用して遊んでいたことは内緒だ。
能力について詳しいことはまだ聞かされていない。
拓海には水を操れる能力と、能力で母に会わせることができるかもしれないとだけさっき聞いたばかりだ。
母にはもちろん会いたい。だが、他の遺族のことを考えると自分達だけ特別扱いはできない。全員が与えられる権利ならいいが、それができないことを考えると、2人が出した結論は警察に委ねることとなったのだ。
聖海夜は書類に署名をしようとしたが、ペンを持つ手が止まった。悲しい顔をしている。
突きつけられた現実に無意識に拒む。母の死は頭では理解していても、ただ伝えられただけだ。実感できないのは当然だろう。署名をすることで現実を受け入れてしまうと感じたのかもしれない。
2人は聖海夜の様子に気づいた。拓海はそっと肩に手をおき、体を寄せ合う。まだ16歳だ。辛い現実だろう。
「先輩。私が代筆しても構いませんか?」
「もちろんだ。」
拓海が代筆して署名をしようとするが、聖海夜は手を伸ばしてそれを制した。
「俺が書く。」
2人に見守られながら、力強く署名した。
「他に質問がなければ、これで説明は以上になります。」
「母さん、いつか帰ってくるよね?」
「もちろんだ。必ず帰ってくる。犯人はお父さんや俺達がみつけてみせる。安心しなさい。他に質問はあるかな?」
首を横に振った。
「玄関まで送ろう。」
3人は部屋を出て、玄関まで続く廊下を歩く。途中、西宮司警視に拓海は服の袖を引っ張られ小声で話しかけられる。
「拓海。今日はあの子と一緒におったれよ。今は平気な振りしとるが、これから実感してくるはずや。お前もな。決して無理はすんな。誰かに頼れ。」
「わかってます、大樹さん。あと方言がでてますよ。ところで、なぜここに?」
大樹は大阪で署長をしているが、署長会議があり出張で東京に来ていた。そしてここの署長と会っている時に緊急連絡が入る。美波の会社の事件だ。多くの人が犠牲となったこの事件は大きく報道された。ここの署長と共に警察署に来た大樹は、署内が人で溢れている光景を目の当たりにする。事件を報道で知った人達の対応に追われていたのだ。人手が足りないと思った大樹は応援を買って出たというわけだ。
ちなみに地元では方言を使っているが、別の地方に行った際、市民と接する時は使わないようにしている。以前、体格も威圧的で言葉が怖いという苦情が多数あり、上からの通達があったからである。
3人は署内から外に出た。そして待機していた広海と海星が車から出て駆けつける。
「大樹。うちの家族が世話になった。居てくれて助かったよ。ありがとう。」
広海は大樹に礼を言い、聖海夜を抱きしめた。
「えっ? 何?」
戸惑うのも無理はない。初めて会った人にいきなり抱擁されたのだから。
「ごめんな……聖海夜の母さんを守れなくて。」
聖海夜はその言葉を聞いて、母がいないことを実感した。そして、今まで溜め込んでいた感情が溢れ出す。
広海の腕の中で声を出して号泣する。
「泣きたい時は泣けばいい。気丈に振る舞うな。俺達は家族だ。1人じゃない。いつでも頼れ。」
拓海はそれを聞いて自分に言われているように聞こえた。
目に涙が溢れ出し、膝から崩れ落ちた―――