東宮寺家
警察署の入り口から少し離れたベンチに座り込んで、誰かが号泣している。顔を両手で覆い、赤い鼻を啜っていた。涙が止まらず、切ない声を出している。よほど辛いことがあったのだろう。
「お前はいつまで泣いているんだ! 海星!」
広海に喝を入れられたが、泣き止む様子はない。
「海星さん。泣き止んでよ。俺はもう大丈夫だから。」
聖海夜が隣に座り背中を摩って慰めている。
(お前が慰められてどうすんだよ!)
広海と拓海は息子達の前から少し離れて並んで立っている。2人の光景を見た広海は我が息子に呆れている。
数十分前は拓海や聖海夜も感情が溢れ泣いていた。広海達は大樹から2人に話した説明も含め、室内での2人の様子等をを伝える。そして、海星は美波には会えず誓約書に署名した2人の気持ちを考えると感情的になり、泣き喚いた。海星があまりにも豪快だった為、泣いていた2人は冷静になる。
海星が落ち着くのを待っていたが埒があかない。
「これからどうする?」
「聖海夜に話すこともあるから、とりあえず隠れ家に連れて帰ろうかと思ってる。」
「わかった。俺はあのバカ息子を連れて帰るわ。聞くことが山ほどあるしなー。」
「兄貴……。ほどほどにしてやれよ。」
蓮の能力について詳しく聞くのだろう。論からは大体のことは聞いているはずだ。蓮は能力を隠していた。これが公になってしまうと、立場上、責任を取るのは広海になる。親の仕事の事情を知らないはずがない海星には大変ご立腹というわけだ。
「拓海、聖海夜の横に座れよ。」
「ん?何するんだ?」
2人は息子達を真ん中に端に座った。
そして、広海は携帯のカメラで4人の写真を撮る。
「東宮司家の初顔合わせ記念だ。………あ。貴重な拓海の泣き顔撮っておけば良かった。大樹のやつ撮ってないかな。」
「やめろ!」
「俺、泣き顔じゃん! もっとカッコ良い時に撮ってよ!」
「うるさい! お前の顔はこんなもんだ。ん? ちょっと待てよ。よく見ると……海星じゃなくて拓海が泣いてるようにもみえるな。顔そっくりだし。」
「兄貴……! いい加減にしろ。」
「俺なんか大きい2人に挟まれて、小人みたいになってんじゃん!」
「それは同意する。俺もいつもそうだ。」
東宮司家は広海の記念撮影のおかげで、談笑なのか喧嘩なのかして話している。これが広海の計らいだったのかはわからないが、明るくて適当なところもある彼に、悲しんでいた気持ちは少しは和らいだことだろう。
「なんや、えらい楽しそうやな。」
大樹が署内から出てきた。海星が泣き出したあたりから署内に戻って行ったが、コートを着て鞄を持っているところ、署内が落ち着き応援から帰るところだろうか。4人が笑っている姿を見て、顔が綻んでいるように見える。
「俺らも帰るか。大樹はどこまで行くんだ? 送るぞー。」
「そうか? じゃ、駅前まで頼むわ。あと明日な……いや今日か。類に会いに行く予定やねんけど……お前ら4人も暇なら顔出しや。話したいことがあるし。」
広海と拓海の顔は真剣な顔つきに変わった。落ち着いた声で静かに話す。
「何か掴んだのか?」
「ここじゃ言えん。」
ここでは話せないということは、よほど重要な話しなのだろう。
「類のとこに行くならうちに泊まるか? 近いし、客室なんか山ほどあるぞ。」
「それもそうやな。ほな、お邪魔するわ。」
「よし! 海星はこっちで、聖海夜は拓海の車な。」
「え? 俺、バイクだよ?」
「バイクかー。夜も遅いしなー。俺が乗って帰るから、明日、拓海と一緒にうちまで取りに来い。」
蓮の件もあり、能力者が狙われている可能性もある。今のところ隠してはいるが知られていないとは限らない。能力を使いこなせていない聖海夜を、1人だけでバイクを運転させるのは危険だ。拓海の車に乗ってもらう方が安心できる。行き先が拓海の隠れ家と知り、拒むとしても逃げることはしないだろう。
こうして、各々帰路へつく。
拓海と聖海夜は車で隠れ家へと向かっていた。そして、重い口を拓海は開く。
「聖海夜……俺はお前を引取りたいと思っている。今更何言ってるんだと思うかもしれないが……。それと、話しておきたいことがあるんだ。東宮司家には少し事情があってな……。」
東宮司家は昔から代々警察官だ。
始まりは数百年前。能力の源である石碑を守る守り人だった。しかしある事件が起き、国から危険因子と見なされた。そして命を引き換えに能力を使い国を守ることを命じられる。もし、裏切行為があった場合、一族は滅ぼす、と。
のちに守り人は3つに分家し、そして石碑を中心に東と西に分かれた。
本家は石碑を守る天宮司家、分家には東を守る東宮司家と西を守る西宮司家。
そして現在、一族の能力者は対能力者との攻防はもちろん、調査、国からの任務がある。危険も多く、いつ命を落としてもおかしくない。
それを管理しているのが、広海と拓海が所属している『能力調査公安委員』通称CIPと呼ばれている。CIPの最高責任者は警視正である広海だ。秘密調査も兼ねている為、所属と名前は非公表となっている。
CIPの存在を知っているものは数少ないだろう。
拓海が署内で警察手帳を見せなかったのはこのためだ。警察のデータには該当者なしと表示される。
聖海夜の存在は東宮司家と類だけの秘密だった。能力者の報告義務がある。隠していたとなれば隠蔽罪になる可能性がある。蓮の能力の件もこれに該当する。戦略家の広海のことだ。何か対策は練っているかもしれないが……。
しかし、署内に偶然にも西宮司家である大樹がいた。親子だと知られ、聖海夜が能力者ということもわかったはずだ。
能力者には護身獣が常に側ににいる。能力によってカタチは様々だが動物の化身と言ってもいいだろう。その姿を視ることができるのは今のところ能力者のみだ。
聖海夜の肩には小さな炎の龍がいる。
護身獣がいるということは能力者だということに間違いないだろう。
この件については何も言わなかったが、大樹も一族である。どういう行動にでるかはまだわからない。味方になってくれれば大きな戦力となるが……。
大樹が話す重要な話も気になるところだ。
東宮司家の事情を説明し、拓海は自分の思いを語る。
「俺はお前ができたと知った時は心底嬉しかった。だけど、お前や母さんを巻き込みたくなかった。怖かったんだ。お前には決められたレールじゃなくて、好きなことをして生きて欲しいことを望んだ。そして能力がないことを祈った。だが、結局はお前や美波を危険な目に遭わせてしまった。今後、俺の間違った判断のせいで、辛い思いをさせるかもしれない。本当に申し訳ない。」
聖海夜は父の思いを知った。自分にはなぜ父親がいないのか?拓海が父ということを知った後も、何か事情があるのだろうとはなんとなくわかっていた。
こんなことになるのなら、母さんが生きてる時に3人で暮らしたかった。そんな気持ちにもなる。
自分達を守ろうとした気持ちもわかるが、父の不甲斐なさに怒りを感じた。
聖海夜は自分の運命を受け入れた。
「こんなことになるなら、初めから母さんと結婚しておけば良かったんだよ! 拓海のバカ!」
聖海夜は怒りを拓海にぶつける。拓海はただ謝ることしかできなかった。
「俺、拓海の子になるよ。」
「!! よく考えろ。危険な任務に行くことになるんだぞ!」
「俺のこと先輩にもうバレてるだろ? もう隠す必要ないじゃん。これ以上、俺のことでみんなを困らせたくない。それに、母さん達をあんな目に合わせた奴を俺は許せない! 捕まえてやる! 拓海も当分許さないからな!」
拓海は今まで言えなかったことを伝え安堵する。自身の我儘とも言える行為に許してはくれないだろうと腹を括っていた。それでも東宮司家に来てくれることが何より嬉しかった。
「何笑ってんだよ! 俺は怒ってるんだぞ!」
「すまない。」
「そういえば、俺が父親っていつ知ったんだ?」
聖海夜はジャケットのポケットから携帯を取り出し、写真を見せた。
そこには若かりし頃の拓海が赤ん坊にミルクを飲ませている写真だった。聖海夜が産まれ、体調不良で美波は倒れる。美波は1人で育てると言ったが、身寄りのいない美波は拓海に助けを求めたことがある。駆けつけた拓海は聖海夜にミルクをあげたことがあった。その時の写真だろう。
「俺がしつこく父さんのこと聞くから、母さんが拓海の写真を見せてくれたんだ。そして、拓海の好きな海に行けばもしかしたら会えるかもよって教えてくれたた。そしたら、写真と同じ人がいた。」
「初めて会ったときから、わかっていたのか。」
「あと、護身獣? 拓海には水の龍がいたし。」
聖海夜の言葉に拓海は気づく。護身獣を視ることができるのはある程度、能力を操れる者だけだ。
「……。炎はどこまで操れるんだ?」
「え? 火の玉飛ばしたり、炎の矢で的当てしたりとか?」
「そうか。能力でいろいろ遊んでたんだな。母さんには絶対に使わせるなと伝えていたんだが……。」
しまった!という顔をしている。拓海は美波に育児を任せていた。子供に使うなと言ったら、使いたくもなる。自分から火が出ることに興味が湧くのは仕方ないだろう。
「人にみせたり、教えたりしてないのならいい。」
「え? ダメなのか?」
拓海は急ブレーキする。夜中だから車はほぼいない。事故にはならなかったが、2人とも額をぶつけた。
「教えたのか? 誰に!」
「親友の伶青にだけ……。ヤバいのか?」
「その子が話さなければいいが……まずいな。」
「ごめんなさい。」
「まぁ、お前が知らなかったのは仕方ないが……」
聖海夜は頭を小突かれる。
「能力は使うなと伝えてあるはずだ! 次やったら容赦しないからな!」
「はい!」
拓海の剣幕に怯えた聖海夜だが、初めて父に怒られ嬉しくも思えた。
「はぁ……兄貴になんて言おう。これ以上問題を起こしたとなると……俺にも雷が落ちてくるな……。」
「広海さんの雷の虎って怖そうだよね。」
「……考えるのはよそう。今日は疲れた。早く寝たい。」
「俺も。」




