16 さようなら
「ああ! 使い鳥が!!!」
人々が空を見上げながら声をあげた。上空で羽ばたいていたルークが光に包まれ始めたのだ。
「ルーク!?」
そのままルークはゆっくりとミケーラの肩に舞い降りた。
『ミケーラ。レティシアの……いや、僕のためにありがとう』
彼の声はミケーラにしか聞こえていないのがわかった。
「そんな! 私は何もしていないよ! ただここにいただけ……」
『そんなことないよ。君があの暗闇の中で頷いてくれなかったら何も始まらなかった』
ミケーラのやったことと言えば幽霊ごっこくらいだ。後は王や大神官達がうまく手を回してくれた。
『君がうまく振る舞ってくれたからできたことだよ。何か一つでも間違えば、きっと聖女になったパミラには敵わなかったんだから』
幽霊ごっこもとてもうまかったよ、と少しからかい気味に褒めてくれた。
「ルーク……綺麗だね」
澄み切った水のように透明になり始めた彼をみて、ポツリと呟いた。
(あっ……)
ミケーラは自分の目から涙が溢れてきたことに驚いた。自分の死を悟った時すら、こんな悲しみは湧いてこなかったのに。彼女にとってルークは初めてできた家族みたいなものだった。よりそってくれていた。それが例えただレティシアの代わりだったとしても。
「消えちゃうの……?」
娼館という狭い世界で生きてきた彼女は、別れがこれほど悲しいものだとは知らなかった。いつだってなんだって簡単に受け入れてきたのに。受け入れられない自分に戸惑い、この世界が少し怖くなった。これからきっと、簡単に受け入れられないことが他にも出てくると気づいたからだ。
(大事な人がたくさん出来たんだ)
ミケーラはグッと力を込めて、決して涙が流れないようにする。涙を見れば、ルークが自分を心配することを知っているから。
『僕の存在と引き換えにレティシアの身体を復活させたからね』
何のことはないといった雰囲気で話すルークに後悔は感じなかった。
「彼女の側にいける?」
『いけるといいな』
ルークは決して言わなかったが、レティシアを心から愛していたのだ。だから自分の全てを捨てて彼女を陥れた者達に罰を与えようとした。
「これからどうしたらいい?」
『この身体で精一杯生きて。レティシアの分まで』
それは前にミケーラがルークに言った言葉だった。
「それでいいの?」
『いいんだよ』
そうしていつものように、ミケーラに頬ずりをした。
「さようなら」
『さようなら』
光の粒となったルークは消えていった。
その後、ミケーラは王太子レオンハルトと結婚し、この国の王妃となった。彼女が死の間際に望んだとおり、裕福な生活を送ることが出来た。だがそれを享受するだけにとどまらない。
ミケーラは自分はレティシアでもあると考え、彼女が培ってきた知識や教養をこの国の為に使った。きっとその方が彼女もルークも褒めてくれるような気がしたからだ。
ミケーラは死が少しも怖くはなかった。
(ああでも次死ぬ時は、余計な願いを考えないようにしなくちゃ)
かつて処刑場が設けられた広場には、使い鳥の美しい像が建てられていた。
ミケーラは、その日が来るまで後悔のないよう精一杯生きることをルークの像の前で誓ったのだった。