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魂鎮めの巫女は祓わない  作者: 初月みちる
第一章 怪力乱神
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部屋の中で

頭を殴られるような頭痛がして目が覚める。体を動かすのも辛い幽子は、体中びっしりと汗をかいてひどく気持ちが悪い。夢の残滓が残っている幽子はぼんやりとしていた。


(夢から逃げられたのね。あのままあそこにいたらどうなってたか。建物に弾かれたけどあれがなければ危なかったかもしれない)


幻想的な風景が一転して地獄の様相を呈したのはかなりインパクトがあった。あの庭が好きなだけあってかなりショックである。大国主命の血の涙も気になる。そしてあの言葉。


『憎き血筋を滅し、中つ国を取り戻してくれる!』


(大国主命は天照大神を恨んでいる?)


そりゃそうだ。自分の国を奪われたのだから。あれだけの怨念である。きっと抵抗した末に処刑されたのだ。その時に感じた無念は計り知れない。彼の心中察するに余りあるという他ないと強く感じる幽子だった。


(それにしても頭がおかしくなりそうなほどの感情の暴流だった)


考えていると徐々に体温が上がって掛け布団の存在が不快になり、邪魔なので横によけると、幽子が起きたことに気づいた紫の声がした。


「あっ! ゆうちゃん! 具合はどう?」


紫が幽子の手を握る。その手はひどく冷たい。また嫌な夢でも見たのか心配になる。顔色も芳しくない。彼女の顔は白を通り越して土気色になりかけている。


「んー……頭が痛い、かな」


体を起こすのも辛いかもしれない。紫は幽子が上体を起こすのを背中に手を当てて助けた後、ペットボトルを開けて少しずつ幽子に飲ませた。背中をさすることも忘れない。


「ゆっくりでいいよ。頭痛なら動く時も慎重にね」


「うん、ありがとう。もしかしてずっと一緒にいてくれたの?」


寝起き特有のとろんとした目をして幽子は細い声を出した。


「うん。そうだよ。でもびっくりしたよ。神職の人にゆうちゃんが抱えられてて、てっきりその人がゆうちゃんに何かされたのかと思って。でもその人がバスまでゆうちゃんを運んでくれたの」


紫の言う神職の人間は恐らく幽子を脅した張本人だろう。まさかバスまで運んでくれたなんて思いもしなかった。感謝しても良かったがあんなやり取りをしていた以上、素直にその人物が良い人間とは到底思えない。発言の内容が不穏だし、初対面にしてはあの変質者は幽子のことをいくばくか知っているように感じる口ぶりだった。


「私が気絶してる間にそんなことがあったのね。大丈夫、私はその人に何もされてないよ」


幽子は紫を安心させるように微笑む。何もされていないのは嘘だが、別に暴力を振われた訳でもない。気絶させられた理由には心当たりがないが、もう会うことのない人だ。気にしてもどうにもならない。随分物騒な脅され方をしたが、しばらく出雲に行かなければいいだけの話である。

幽子は紫から湯呑みを渡されたので、ありがたく頂戴することにした。中の茶はぬるく、猫舌な幽子は一気にそれを飲み干して紫に感謝の言葉を述べる。水分を取ってしばらくすると、少し頭痛が和らいだ気がして、紫に頭を下げる。


「ゆかりんありがとう。迷惑かけたね」


紫がいて助かった。心が荒ぶっていても紫と目を合わせれば凪いだ海のように静かになるのだ。何でと聞かれたら何となくとしか答えようがないが。恐らく理屈ではないのだと幽子は考えている。


「ううん。ゆうちゃんが無事ならそれでいいの。もうすぐ晩御飯の時間だけど、食欲はある?」


幽子はこめかみに手を当てる。少しでも頭痛をなくしたくてそのままさする。


「ない訳ではないけど、たくさんは食べられないかも」


「ちょっとでも食べて元気になって。ゆうちゃん最近顔色悪かったから本当に心配なの」


先程よりも強く幽子の手を握り、俯く。手を離すと幽子が消えてしまいそうな気がしたのだ。


「ありがとう。ゆかりんがいて助かったよ。たぶん、ゆかりんがいないと目が覚めてなかった」


紫は一瞬きょとんとした。不思議なことを言う幽子に首を傾げたが、次の瞬間ふわりと微笑んだ。


「大袈裟だよー。でも嬉しい」


幽子もつられて微笑む。今日は色々ありすぎた。変質者に声を掛けられるわ、意識を失うわ、酷い夢も見るわで散々な1日だった。

明日水木しげるロードに行ってからそのままバスで学校へと戻る。境港市は魚介がとても美味しいと聞く。明日のことを考えると期待で胸が一杯になる。

幽子は体を起こすのを手伝ってもらい、一緒に食堂へと向かった。





鳥取県境港市。山陰地方を代表する漁港があるが、日本の主要な港湾でもある。水木しげるの生まれた地としても有名だ。


「水木しげるロード以外にもたくさん見所あるね。慰霊碑とか慰霊塔もある。あ、大港神社は境港市にあったのね」


「本当だ。全部回るのは難しいかもしれないけど、ご飯食べてから考えよー」


昼ごはんは水木しげるロード付近のお店で食べることにした。新鮮な魚介が食べられると聞いたので、終始わくわくしている二人であった。

幽子と紫は海鮮丼を頬張る。イカは歯応えがコリコリしているし、マグロも身がしまっている。ツバスの身は綺麗な半透明で、サーモンも脂が乗って濃厚な味だ。トップのいくらも負けてない。控えめに言って、


『おいしーーーい!!』


のである。


「漁港の近くってこんなにお魚美味しいんだ! 獲れたて新鮮って感動!」


「海鮮丼でこれだよ。お寿司とかならもっと美味しいと思う!」


二人とも初めて食べる漁港のご飯に舌鼓を打っている。空腹ということもあったが、想定よりもかなり魚介が美味しかったので、競うように食べ終えてしまった。時折吹いてくる潮風も心地良い。


「ゆかりん、集合時間って何時だっけ」


「13時半だったと思う」


「え、それじゃあ水木しげるロードからほとんど離れられないのか。他にも見たかったのに残念だよー」


「まあまあ。また来ればいいじゃない。帰ればまた来れるよ」


「うっ、そう言われると反論できないっ」


昼食を食べ終え、水木しげるロードを散策する。思ったより小さな銅像が至る所にいて、観光客の注目を集めていた。同じキャラクターの銅像が複数あったが、それぞれ違うポーズを取っている。中々可愛らしいもので、ついつい全てのポーズを見たくなってしまう。

いくつ見つけられるか頑張って探してみようと幽子は意気込み、あちこち探したが残り一つはついに見つからずにいて肩を落とした。紫が帰り際に残りの一つを見つけたのでその時の嬉しさは言うまでもなく、彼女の手を取って飛び跳ねてしまった。

お土産屋さんも多数あり、丁寧に見ていると日が暮れそうだ。お菓子やグッズが所狭しと並べられていて、何を買おうか迷ってしまう。自由時間が少ないことにもどかしさを感じ、幽子は密かに学校関係者を呪った。


「あー、今日で帰りたくなーい」


「そうだねー、また学校通いの日常に戻る事を思うと……」


帰りのバスで気だるそうに会話する。紫はなんだか眠たそうだ。つきっきりで幽子の側にいたから当たり前だろう。幽子は申し訳ない気持ちで一杯になった。


「ゆかりん眠いなら寝なよ。昨日私にずっと張り付いてたんだしさ」


「うー。バレたか……じゃあお言葉に甘えて」


紫はあくびをして目を閉じた。色々話したいこともあるが、紫の体調の方が心配だ。

しばらくすると寝息が聞こえて来た。幽子はそっと紫の手を握る。幽子よりも冷えたその手を両手で包み直すと、僅かに紫の手が握り返すのを感じた。


(ありがとう、ゆかりん。おやすみなさい)


心の中で幽子は彼女に囁いたが、数十分もすると幽子も船を漕ぎ始め、仲良く頭を寄せ合って規則的な寝息を立てていた。

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