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魂鎮めの巫女は祓わない  作者: 初月みちる
第一章 怪力乱神
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不図の中で

お読み下さりありがとうございます。

修学旅行が終わって一週間経った。日差しが強くて合服だとすぐに汗をかいてしまう。空には大きな積乱雲が幾つも浮いていた。本格的に夏が始まったようだ。


(流石に暑いわ……もう夏服着ないとダメね)


ノートを扇代わりにして扇ぐ。教室の窓は全て開いているが風が吹かないので全く涼しくない。着ているセーラー服は合服なので、長袖が自身の体温を逃してはくれない。生徒の中には、長袖をまくっている人が少なくない。ここ数日は、夏にしては例年よりも冷えていたので夏服を出すかどうか逡巡していたのだが、幽子は今日中に夏服を出してしまおうかと考えていた。


(ゆかりん遅いな)


そして珍しく紫の姿を見かけない。もうこの時間には登校している筈なのに。あと15分で予鈴が鳴ってしまう。


(お休みかな。昨日風邪ひいてたし)


季節の変わり目で教室にも咳き込む人がいる。紫が心配になってきた。本を読んでも気がそぞろで内容が全く頭に入って来ない。


ボーッと窓からほとんど動きのない雲を見ていたら予鈴が鳴ってしまい、担任の先生が入ってくる。紫の休みが確定した。気分が下がる。


(ゆかりんいないと寂しいな……)


考えても仕方ないことを思いながら、落ち着かない態度の担任を見やった。


「えー、皆にお知らせがある」


担任が上擦った声を出した。教室がザワザワしていたのが一瞬でなくなる。皆担任の声色でいつもと違うことがあるんだろうと察したのだろう。


「半端な時期なんだが……転校生が来ることになった。何でも、親御さんの都合だそうだ」


もう7月である。確かに珍しいのかもしれなかった。だが人に興味を持てない幽子は担任の話を半分も聞いていない。


「さ、入りなさい」


担任が教室のドアに向かって声を掛ける。それを合図にドアが開く。その人物は教壇に上がり、教卓の所まで来てクラスメイト達の方を向く。その間に担任はチョークでその人物の名前を書いた。


「天野武瑠(たける)です。よろしくお願いします」


名乗ってから一礼したその転校生を幽子はちらりと見やったがその瞬間凍りつく。


出雲大社で幽子を脅し、さらに意識を奪ったその人が立っていた。






(いやいやいや、何で貴方がこんなとこにいるの!島根の人じゃないの?!)


今日はついていない。せっかくこれで何もかも忘れられた筈なのにこれでは毎日地獄ではないか。しかも、よりにもよって同じクラスなんて生きた心地がしない。殺されるのも監禁されるのも勘弁である。極稀に出現する、黒く光って素早く走り回る虫よりもたちが悪いと幽子は考えた。かの虫なら追い払うだけで済むが、転校生はそうはいかない。


(あの人はきっとそっくりさんなのよ。うん。見間違いだから。見たことない人だから)


自分に頑張って言い聞かせているが心拍数が全く下がらない。これから授業だというのに、頭がごちゃごちゃしてそれの収拾がなかなかつけられなくなっている。

とにかく深呼吸だ。紫がいなくていつも以上に不安である。


(お願いだから関わらずに済みますように)


ただ平凡な学校生活をしたいだけなのに。台風よりとんでもないものがクラスに飛来してきたと幽子は思った。




6限目終了のチャイムが鳴る。終礼まで少し時間があるので黒板を消して黒板消しをクリーナーに当ててチョークの粉を飛ばす。今日は幽子が日直なのだった。

終礼もつつがなく終わり、さあ帰ろうと鞄を手に取ったが、日直日誌を職員室まで持って行かねばならない。念のため日誌をチェックしていると抜けてる所があり結局また机に向かう必要があった。さらさらと授業内容の欄を書き終わり、日誌を閉じると急に影が差して驚いて見上げる。


「ちょっといい?」


(うわああああ)


よりによって転校生が声を掛けてきたが、大声をすんでのところで飲み込んだ。目立たないように休み時間の間は図書室に行ったり、職員室に行ったりしてなるべく教室にいなかった。もし転校生があの出雲大社で会った変質者なら、どうにかして自分に接触しようとしてくる筈だからだ。終礼が終わるとすぐに教室を出ようとしたのに、日直なのが災いしてなかなか出られなかった。今日は厄日だ。


「何か用?」


警戒してぶっきらぼうに答えた。何を言われるか分かったもんじゃないので努めて無表情を作る。案外無表情は人から怖がられるのだ。


「俺転校してきたばっかりだからさ、学校案内してもらえないかな?」


幽子は訝しげに眉を上げる。1時間目の授業が終わるや否や彼の周りに人だかりができていて、幾人からは案内させてくれないかと言われてたのは知っている。質問攻めにも笑顔で対応していたので男女共に人気を集めていた。なのでわざわざクラスで浮きまくっている幽子に声を掛ける理由が見当たらないのだ。


「あなた、既に案内されてるんじゃないの? 何人かに案内させてくれって言われてたし」


「地獄耳だな」


武瑠はニヤリと笑う。地獄耳も何も、彼の席は幽子から二列しか離れていない。聞こえてしまうだけだ。


「近くだから聞こえるのよ」


「そうかよ。実は時間が足りなくて全部見て回ってないんだよな」


そんなこと言われたら断れなくなった。幽子の心が警鐘を鳴らすが、遅かれ早かれこんな展開になることは容易に想像がついた。だったらこちらから探りを入れてやろうと幽子は思い立つ。


「じゃあ私は職員室に用があるからそれでもいいならついてきて」


武瑠にバレないようこっそりため息をついた。本当に今日はついてない。




「あっちが体育館で……」


(何で私がこんなことしなきゃいけないのよ)


職員室に日誌を返却した後、武瑠にどのあたりまで案内してもらったかを聞いてから彼が知らない場所をぐるぐると巡っていた。早く帰りたい。


「ありがとよ。助かった」


無駄に広い校舎を案内するのは骨が折れた。たぶん10分くらいかかったかもしれない。校舎がコの字型なので端から端まで行くときは大回りしなければならないのがその原因だった。


「じゃあ私は帰るから」


そう言って踵を返したが、彼にがっちりと腕を掴まれた。


「ちょっ、やめてよ変質者!」


驚いて振り払おうとした。本当に何なんだこの人は。また脅してくるつもりなのだろうか。


「まあ待てよ。お前は俺に話すことはなくても俺にはあるんだよな。あと俺は変質者じゃないぞ。周りに聞こえるからその言い方止めろ」


焦りと呆れをその声に滲ませる。既に何人かは驚いて武瑠達を見ていた。


(なるほど校舎案内はおまけだったというわけか)


なんのことはない。最初から武瑠は幽子と何かしらの話をしたいだけである。


「いやいや、初対面の人にいきなり殺すとか監禁するとか言われたら誰でもその人やばいって思うよ!」


腕を掴まれてから背筋がゾワゾワする。かすかに腕も震えていた。そのうち冷や汗まで出て来そうだ。


「何もしねえよ。今日はな」


今日だけかい、と毒づくのを我慢した自分を褒めたい幽子である。


「離してったら。また私の意識を斬るつもり?」


キッと武瑠を睨むが武瑠は眉を上げただけだった。


「俺に斬られたことは分かったんだな。木行だからお前にとっては俺は天敵だろうが。やむに止まれぬ事情があったから許せ」


「殺すとか言われたのに信用できないわ」


「本当に殺すわけないだろ。もっとも、お前次第ではあるがな」


「それってどういう意味なの?」


一番知りたかったことはそれだ。誰かにそんな恨まれるようなことはしていない。


「道すがら説明する。家まで送って行くから」


ぎょっとした幽子は早口で彼の言葉に待ったをかける。


「嫌よ。一人で帰れるから」


「俺は今日からお前の監視役だ。お前は俺から逃げられない」


夏だというのに全身に鳥肌がたった。本当に恨まれるようなことをした覚えは全くないのだ。


「冗談は休み休み言うことね」


それに答えず武瑠は自分の鞄を漁った。書類を一枚出して幽子に渡す。


「何これ」


訝しげにその紙を受け取った。何か不穏な文字が見えた気がしたが最後まで読むことにする。


『娘の霊力は稀に見る最高クラスとお見受けすると天野家より言及された。よって彼女の処遇は15歳を迎えた暁には天野家に引き渡すことを了承する。霊力の封印は最優先に行うことに同意する


九鬼斎三』


そこには幽子が15歳になれば天野家へ引き渡すことが書かれていた。サインはまごうことなき幽子の父親のものである。


「えっ。そんなの聞いてない。何よこれ……」


つまりこれはほぼ強制ということか。先に続く武瑠の言葉が幽子の予想を裏付けていた。


「俺の両親もお前の両親も了承済みだ。お前にはその時が来たら伝える予定だった。想定よりも早くなったがな。その書類は破ってもスペアがあるから意味ないぞ」


書類を破ろうと真ん中辺りに手をかけた幽子は、それを聞いて顔を青くする。そんな素振りは両親から全く見られなかったし、話にも出てこなかった。何よりも幽子自身が当事者なのに蚊帳の外だったのがおかしい。


「そんな……」


寝耳に水で呆然として呟く。混乱しておかしくなりそうだ。今まで何一つ異常なことはなく平穏に暮らしていたというのに。俯くとぽんっと肩に大きな手が置かれた。


「悪いがお前には拒否権がない。ほら、帰るぞ」


武瑠が手を引くと大人しくついてきた。幽子は下足室で靴を履き替えても上の空で夢ならひたすら醒めてくれと願っていた。




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