夕凪真
「う~ん」
夕凪真はベッドの上で上半身を起こし、大きく伸びをした。窓から差し込む光から判断するに、まだ早朝だろう。
「やっぱりベッドは、いいなあ」
そんな台詞が自然とこぼれた。なんといっても体が痛くならないのがいい。もっとも檻の中で毛布一枚でも、眠気を感じれば間を置かず眠れてしまって全く困らなかったのだが。
(ん~でもなぁ)
違和感を感じて、後ろ頭に手を当てる。以前の自分はこんなに寝付きのよい人間ではなかったような気がする。むしろ、夜更かしをして怒られていたような。
(怒るって誰が?)
無意識に髪の毛を弄りながら考える。母親か、父親。一緒に暮らしていた家族だろう。記憶喪失の自分にだって、間違いなく両親はいたはずだ。
(いたはずだよね……)
いたような気がする。口うるさくて、でもそれは彼女を心配しているからで。困った時には必ず助けてくれる。そんな存在が、あったような……。
「うぅぅぅっ」
真は、頭を掻きむしった。顔とか、名前とか細部を思い出そうとするが、まるで濃い霧に覆われたように判然としない。
違和感といえば、全てがそうだ。人も町も、木も花も。なにもかも、しっくりとこない。夢だと気付かずに、夢を見続けているような――そんな感覚を覚える。
(私だけが、よそ者みたい…)
よほど離れた外国から、自分は来たのだろうか?
(そんなに遠くなら、飛行機が新幹線にでも乗って――)
真は、自分の脳裏に浮かんだ単語にはっとなった。
(なに今の? ヒコウキ? シンカンセン?)
必死に言葉の意味を掴もうとするが、手ですくった水のように、どんどんこぼれ落ちて消えていく。
「あぁぁっ」
彼女は両手で頭を抑えた。脳味噌に直接手を突っ込んで、整理したい衝動にかられる。結局、知っていたはずの言葉は、完全に知らない言葉になってしまった。
「駄目。わかんない」
真はそれ以上そのことについて考えるのはやめて、ベッドから出て立ち上がった。そういう切り替えができることは、我ながら長所だと思っている。
何気なく自分の姿を見下ろしてみる。着替えなどないから、ずっと着ている“制服”だ。昨日、冒険者ギルドでみんなで推察した結果では、どこかの学校の制服だろうということだった。彼女自身も、その意見に賛成している。
学校という言葉の持つ雰囲気には、酷く安心感を覚える。さらに、同じ制服を着た学友の存在を、おぼろげに感じたからだ。
「どんな学校だったのかな……?」
左ポケットの刺繍に手を当てて、つぶやいてみる。答えはやはり、出てはこなかったが。
(でも、凄く落ち着く)
この制服が、違和感ばかりの世界で今のところ唯一、彼女にとってしっくりとくるものだった。
「そういえば、この部屋ベッドがふたつしかないよね」
改めて見ても真が今まで眠っていたベッドと、その向かい側にあるベッドしかない。昨夜は、あまりの眠気に相談もなくひとつを専有してしまったが、申し訳ないことをしてしまったと思う。
向いのベッドには、真の恩人である長身の男――サーガムが今もまだ眠っているようだった。
(あれ、エルタ君だったけ? あの子はどこだろ?)
執事のような格好をした少年の姿が見当たらない。
起こさないように気を付けながらサーガムの眠るベッドに近づいて、真は息を飲んだ。
「うわぁ」
サーガムの胸に抱かれるようにして、エルタも同じベッドで眠っていた。美形の若い男と、愛らしい少年が添い寝をしいる姿を見て、真の胸になにか熱い思いが生まれる。
(なんだろうこの気持ち? この姿を私だけで独占したい! でもみんなにも知ってもらいたい! 広めたい!)
記憶が戻れば、この感情の正体もわかるのだろうか。
(とりあえず、拝んどこう)
湧き上がる思いのやり場がわからず、真は両手合わせた。そうしてしまうほど神々しく感じる。
(やっぱりサーガムさんって、超イケメンだよね。それに気品っていうのかな? オーラが出てるっていうか。余とか、浮世離れしたこと言ってても全然変じゃないし)
遠い国の王子だと聞いたが、納得だ。
(それにエルタ君も――)
サーガムの胸に寝息をぶつけている少年に視線を移す。
(なんて可愛らしい生き物! このまま成長を止めて欲しい。育たないで欲しい。でも、育ったら絶対イケメンになる!)
真のよこしまな視線を感じて、というわけではないだろうがエルタが小さく呻いた。つぶらな瞳が開き、真を見つけて固まる。
「……」
少年の顔は、これ以上ないほど気まずさを訴えかけていた。
「おはよう……」
真は頭に手を置いて、できるだけにこやかに挨拶をした。頬が引くつく。
エルタはそれには応じずベッドから這い出ると、身なりを整えてから、
「このことは、サーガム様にはくれぐれも内密にお願いします!」
怒っているのと、恥ずかしいのと半々という顔の赤さで、真に要求してきた。
「う、うん、わかった。約束するね」
答えながら、真はエルタの様子がやはり愛おしく、顔がニヤけてしまうのだった。




