謎のお姫様
「初仕事で吸血鬼、それも真祖を倒すなんてさすがだねえ、あんた」
ギルドの受付に戻って来ると、ミラーダがサーガムを称賛しながら報酬を渡してきた。依頼達成の連絡は、村に設置されている魔法通信装置からすでにされていたようだ。
外は空が紅く染まりだした頃合い。ギルドの営業時間中にココハンザに帰って来られるかは、マコトの脚力が懸念だったが、それは杞憂だった。実に健脚で、ほとんど歩みを合わせてやる必要もなかった。動きやすそうな靴を履いているのも一因かも知れない。
「当然であるな。この程度、余にとっては造作もないことよ」
受け取った報酬の入った袋開けて、中を見る。ほとんどは銅貨。まばらに銀貨。そしてほんのわずかな金貨。そのどれも薄汚れている。マリア達の家族と、村人達が必死に掻き集めた物だろう。
袋を持ち上げて軽く上下させ、その重さを腕に覚えさせる。
「エルタ、しまっておいてくれ」
「はい、お預かりします」
サーガムが渡した報酬を、エルタが鞄の中に入れた。
「でも、あんたに頼んで正解だったよ。真祖吸血鬼なんて、並の冒険者じゃ太刀打ちなんてできないからね。それにあのまま放置されてたら、どれだけ被害が出たかわからないよ」
あの吸血鬼――名乗った名前はもう忘れてしまった――は、吸血鬼化してから日が浅かったため、マリア達意外には被害者はいなかったようだが、確かに依頼を受ける冒険者がいない状態が続いていれば、語っていた口ぶりからしてもこの地域に少なくない損害を生じさせただろう。
「国からも討伐報奨金が出るはずだし、 ギルドからも 特別報酬が出るはずだから、後で取りに来ておくれよ」
今回の依頼の報酬は、なんだか使うのが惜しい様な気がしていたので、それはありがたかった。
「んで、そっちが謎のお姫様かい?」
サーガムの背後にいるマコトに視線を向けて、ミラーダが訊いてくる。冗談を交えているのは、マコトの境遇を思っての配慮か、それとも彼女の素なのか。サーガムは後者だと判断した。
「えっ、あっ、はい、そんな感じです」
自分が話題に出るとは思っていなかったのか、マコトは一瞬驚いた顔見せてから、後頭部に手を置いて――どうも癖らしい――苦笑をした。
「うーん、この辺りじゃ見かけない顔立ちだよねえ。他所からの旅人とか?」
「それにしては、荷物をなにも持っていないのは不自然だな」
ミラーダの想像に、サーガムは口を挟んだ。それに年若い娘が、ひとりで長旅をしているとは考え辛い。
「もしかしたら、寝てる内に盗られちゃったかも知れないんですけどね。私、一回寝ちゃうと全然起きないみたいで、あはは……」
また苦笑いをする、ミラ。
「とりあえず、町の警備隊には連絡しておくよ。それから、ギルドに出入りしてる冒険者連中にも当たってみるからさ」
「それはありがたいな。頼む」
国家権力である警備隊と、大陸中にネットワークを持つ冒険者ギルド。そのふたつをもってしても身元を掴めないとすれば、その者はサーガム達のように魔界から来た住人か、宙から湧いて出た存在ぐらいだろう。
「あのー、この方の服装はかなり特徴的な気がするのですが、そこからなにかわからないでしょうか?」
エルタの発言に、サーガムを含む残りの3人は目を見合わせた。
『それだ!』
3人で声をハモらせて、エルタを指さす。
どうして今まで思い至らなかったのだろう。記憶喪失のマコトは仕方がないとしても、ミラーダなら思いついてもよさそうなものだ。魔族だからと、サーガムは自分のことは棚上げにした。エルタも生粋の魔族であったが。
改めてマコトの服装を眺めてみる。紺色のジャケットに胸元には赤いリボン。下はスカートだ。
「どこか制服かねえ?」
ミラの言葉に胸中で同意する。遠出をする格好ではないし、かといって普段着には見えない。
「その胸にあるのは、どこかの紋章ではありませんか?」
エルタの指摘通り、ジャケットの左胸にされている刺繍はなにかの紋章のように見えた。翼を大きく広げた鳥の意匠のようだ。
「そんな感じだね。後で調べてみるよ」
メモ用紙にデザインを写しながら、ミラーダが言った。どこかの王家、貴族、騎士団、ギルド。可能性があるとすれば、そんなところだろうか。
「それと、鑑定をしてもよろしいですか? なにか手がかりになるかも知れません」
またも優秀な従者が、的確な提案を出してくる。
「よいか、マコト?」
「はい、もちろん。それでなにかわかるなら大歓迎です」
鑑定の結果は――
マコト レベル1 職業学生 攻撃力9 防御力8 魔力0
スキル 快眠☆☆☆☆
高ランクのスキルをひとつ持っている以外は、完全に一般人だった。そのスキルも、有用なものなのかは怪しい。
「学生……魔法学院の生徒にしては、魔力がねえ。普通の学校には、こんな立派な制服なんてないし。いいとこのお嬢様学校かしら?」
ミラーダの考察を黙って聞く。人間界の学舎についてなど、サーガム達には意見しようがなかった。
残念ながらそれ以上のことはわからず、明日また出直すことにした。
ミラーダから教えられた質のいいらしい宿で部屋を取り、休むことにする。食事は途中の屋台で済ませてしまった。
「あの……すみません……私……眠くて……おや……すみ……な……い……」
部屋に入るなりマコトはベッドに倒れ込んで、そのまま眠ってしまった。歩き通しだった上、久しぶりだろうベッドで無理もないが、それにしても素早い寝付きである。さすがは快眠スキルか。
「ふむ、余も休むとするか」
サーガムも、もう一方のベッドに横になった。昨晩は夜通し起きていたため、マコトほどではないが速やかに入眠できそうだ。
しかし、まどろみかけたサーガムは、従者の言葉で引き戻された。
「サーガム様ぁ」
「どうした、エルタ?」
目を開けると、困惑した表情のエルタがいる。
「この部屋には、ベッドがふたつしかないのですが……」
「仕方あるまい。この部屋しか空いていないと言うのだから」
ギルドおすすめだけあって、人気の宿のようだ。
「わたくしは、どうすればよいのですか?」
「ほれ、入るがよい」
毛布を持ち上げて招き入れようとしたが、
「そ、そんな、恐れ多いことでございます!」
エルタは両手を前に出し、首を激しく振って否定する。
「なにを今更、よく一緒に眠っておったではないか」
「それは幼い頃でございます!」
サーガムにはそれほど昔のことには思えなかったが、エルタにとっては違うようだった。
「では、マコトのベッドに入ればよい。あの娘、どうせ朝までなにがあっても起きぬであろうしな」
「人間女と同衾するなど、わたくしは嫌でございます!」
なにが嫌なのかわからなかったが、そう言われてしまえば万策尽きたとしか思えなかった。眠りの国に船を漕ぎ出した頭では、それ以上考えが及ばない。
多少の無責任さを自覚しながらも、サーガムは深い眠り落ちていった。




