終章
俺が再びオクトを連れて城に戻った時にはすでに、テンコとナルの姿はなかった。
どうやらカズに呼び出された仕事が終ったので、帰ってしまったらしい。彼らの魔術は、まだ俺の知らない部分もあり、興味深かったので残念だ。
その後しばらく、ホンニ帝国に残る事になったのだが――。
「何か魔族について質問はありませんか?」
「ない」
カズに呼ばれた俺は、面倒そうな質問に対して一刀両断で否定を返した。
「おやおや。つれないですねぇ。オクトさんを取り戻したらすぐこれですか。色々気になる事もあるでしょう? どうして魔族は1人に対して異常な執着をするような呪いがかかっているかや、魔王なんてものがあるかなど」
やれやれと言った様子で話す魔王を俺は睨んだ。
確かに魔族はかなり歪な種族だ。どうしてというのも確かにある。しかしそれを知った所でどうなるだろう。
「別に知った所で何が変わるわけでもないだろ。何か俺にやって欲しい事があるなら、さっさといえ」
「でしたら魔王に――」
「それ以外で」
「我儘ですねぇ」
どっちがだ。
俺は魔王についてはすでに断っているはずだ。しかし、カズは俺にはまだ検討する余地があると考えているらしい。
「俺の子供は、オクトと後、ヘキサだけで十分だ」
魔族なんていう、途方もない問題児どもを子供にするなんてごめんだ。
「おや。子供でいいのですか? 子供は巣立つものですよ」
「……ならどうしろって言うんだ」
オクトは多分いつか俺から離れてしまう気がする。
その時繋がっているには、結局親でいるしかないと思った。家族なら、きっとまた会えるから。……とはいえ、書類上は親に戻る事も叶わない。
今のオクトとの繋がりは、俺にとってはとても儚く脆いものに感じた。
「まだあの子供には早いですが、もう少し大きくなったら結婚をしてしまえばいいのでは? おや。自分で言っておいてなんですが、結構いい案ですね。あの子は絶妙のバランスでどの王族からも手出しされない状況ですし、あの子自身権力とかにも興味がなさそうです。新しい魔王様には、変わりも――いえ、間違えました、可愛い妻がいる。夫婦そろった魔王というのは結構珍しいですけれど、子供にはやはり両親が揃ていた方が良いといいますし」
「何がいいだ。魔族の事情に俺のオクトを巻き込むな」
しかも変わりモノって、本心で言ってるだろ。
結構いいというのも、カズにとってという意味だ。全くもって、オクトにとっていいという意味ではない。だいたいさりげなく俺が魔王になっている話をするな。
「面白いと思うんですけどね。そうすれば、貴方が死んでも、きっとあの子の周りには魔族がいる。魔族というのは執着が強いですが、薄情ではないですよ。自分たちも似たようなモノなので、混ぜモノにも寛容です。それにオクトさんが神になれば、必然的にそれを守る民が必要となる。すでに時の民は途切れてしまいましたからね。魔族がそれを担ってもいい」
土地を持たない種族が、国を持つ……。
「止めた方が良いだろ」
明らかに集団生活に向いていない気がする。というか、オクトが苦労する図しか思いつかない。
「あっ。やっぱりそう思いました? 本当にうちの魔族は、国の経営に向いていないですよねぇ。でも、魔族が共に住むことができる場所があってもいいとは思うんですよ。私はごめんですが」
「だったら、嫌な提案をするな」
カズは本気なのかそうではないのか良く分からない。自分の嫌なものを勧めるとか、本当につかめない男だ。
「……別に子供でなくてもいいんだよ。とにかく、一緒にいられるなら」
俺の想いは、ただ愛おしい、ただ傍にいて欲しいという単純なものだからこそ、ただ愛や恋などという言葉では縛り切れない。
「まあ、気が向いたらいつでも申し出て下さい。私も誰彼かまわず魔王にならないかと言っているわけではありませんよ。一応魔王が勤まりそうな人物でかつ、必要とする人物にしか言わないようにしていますから」
「他に何かして欲しい事はないのか?」
「今はないですね。また、必要な時が来たら、貸しを返してもらう為に呼びますからご安心を」
「あ、そう」
何に呼ばれるのか怖いが、仕方がない。できる事なら、俺がここに滞在している間にすべての貸しを返してしまいたかった。
でも話が終わったならここに用はない。
俺は自分に割り当てられている部屋へ転移した。もうすぐオクトが帰って来る時間だ。
オクトはあれ以来、トキワの元へいそいそと通っている。あんな合法ロリ、構う必要はないのに、オクトは色々神について話を聞くという名目で会いに行く。独りは寂しいからと。
……俺だって寂しいのに。
オクトが約束の時間に帰ってこなかったら、再び時の神の神殿へ乗りこんで、トキワに嫌がらせをしてやろうと心に決めて溜飲を下げた。
そしてカズに言われた言葉をもう一度考える。
どうするのが一番いいのかと。結婚という方法を選択したら、俺の事情にオクトを巻き込むことになるのだろうか。
トールやクリスタルは俺が呼んでもいないのに、こちらへ自分からやって来た。だがオクトは俺が先に掴んでしまったのだ。だから余計にどうすればいいのか分からなかったりもする。
永遠に守ってあげたい。でもオクトはそれを必要としない。よく考えれば、オクトは風の精霊の血を継いでいるのだ。風の精霊は変化を好み一カ所に留まるのを良しとしない民だと聞く。ならば、変われない俺はオクトにとっては自分を縛る苦しいモノにしかなれないのだろうか。
ふと空間の歪みを感じて俺は下を向いてしまった顔を上げた。
どうやらオクトが帰ってきたらしい。時計を見れば時間ぴったりだ。
「ちっ。時間ぴったりか」
「……アスタ」
もう少し遅ければ、今の苛立ちもトキワにぶつけられたのに残念だ。でもオクトが帰って来てくれたという方が大切でもある。
「まあ次の機会でいいか。お帰り、オクト」
「あ、うん。ただいま。えっと、アユムは?」
「クロと城内探検をしに行ったよ」
「そう」
カズが俺と話があるからアユムを何とかしろとクロに頼んだのだ。どうやらクロはあれで面倒見がいいようで、アユムと遊んでいる。……でもアイツ王子だよな。そんなに暇でいいのか?
裏で動き回っているカミュエル王子と比べるとかなり不安になるが、カズがそのあたりは何とかするのだろう。俺が気にする事でもない。
俺が気にしなければいけないのは――。
「オクト」
「……アスタ、何してるの?」
「オクトを充電」
俺はオクトを抱きしめて、ここに居るのだと実感する。
本当はこうやって閉じ込めてしまいたい。そうすればきっともう不安に思う事もないし、ずっと俺は幸せだ。でもそんな事は無理だというのも分かっている。
オクトは俺の手の中の世界だけでは満足できないから。
「何でオクトはこんなに可愛いんだろう」
「そう見えるなら、たぶん病気だから、医者に見てもらえ」
「こんな幸せな病気なら別に治らなくてもいいかな」
魔王になれば、この思いは薄れるとカズは言うが、俺はこの思いが薄れる必要を感じない。だから俺は魔王になる必要はないのだ。
「アスタ」
「何だい?」
「もしかして……記憶戻ってる?」
ああ。そう言えば、そんな話もあったな。
すでに遠い過去のものにも感じながら、俺は肯定した。
「うん。そうだよ」
「えっと。記憶というのは――えっ?」
オクトが目を丸くして、俺の顔を見上げた。
「オクトが俺の娘だった事は覚えてるよ」
「い、いつから?」
「んー。オクトにオムライスを作ってもらった時だな。まあ、作った覚えがない追跡魔法陣を見た時から、引っ掛かってはいたんだけどね」
いつと言われると、そのタイミングだろうか。
でもきっと、ずっと引っかかってはいたのだと思う。ずっと俺は足りない何かを探していたから。足りないと思うという事は、何かが欠けている事に気が付いているという事だ。
「つ、追跡?」
「そう。それで俺が作ったらしい追跡魔法の先にオクトが居たんだよねー。幾度となく起こる奇跡の再会。もう、これは運命としか――」
「いやいやいや。追跡魔法陣を作ったのはアスタだから。運命じゃないから」
オクトが全否定するが、俺もそう思う。
俺は運命なんて曖昧なものは信じない。今オクトが隣にいるのは、俺自身の力で掴んだから。
「というか、記憶が戻ったなら戻ったと言ってくれればいいのに」
「だってオクトは俺の娘だったのに、俺の前から居なくなってしまっただろう?だとしたら、また同じ状況にも戻ったとしても、繰り返す可能性が高いじゃないか」
ただオクトを離したくなくて。
どうすればいいかずっと考えていた。友人のトールは先に死に、妻であったクリスタルも先に死んだ。だから俺よりもずっと長生きするだろうと娘をと思えば、娘は離れていく。
「俺はオクトと家族になれば、ずっと一緒に居られると思ったけど違ったから、別の方法を探していたんだ。それで、もしも結婚の方が効率がいい場合、オクトが娘だったという事を思い出したという情報はマイナスかなと。オクトも、もう大人だって言っていたし――」
「い、いや。まだ私は、子供。子供だからっ!」
慌てたようにオクトがいう。
うん。知っている。まだオクトは子供だ。早く大人になろうとする子供。
「もう子供じゃないって言ったよね?」
ただし俺から離れようとする悪い子にはお仕置きだと、少しだけ意地悪をする。
「あ、アスタ。私は子供ではないが、まだ大人でもない。だから――」
あまりに必死に言い訳する様に、俺は少し笑えた。俺が嫌というより、まだそう言う話には戸惑いがあるのだろう。
「うん。それでもいいよ」
「いや。よくないから」
「オクトがずっと一緒に居てくれるなら、どんな形だっていいから」
それが恋でも愛でも、何でもいい。取り戻せただけでも、俺は十分幸せなのだ。
いつかオクトは俺を殺すのだろうけれど、それもいい。
俺はオクトをもう一度抱きしめる。いつか死が俺とオクトを分かつまで、どうか共にいれますようにと。
「うん」
囁くようにオクトがそれを肯定した。




