第八十三話 のんびりした時間
小刻みに体を揺らされる。腕に触れる温もりが心地よい。
段々と揺すり方は強くなる。それでも俺は目を開かない。
「アンバー様。起きてください。今日は満月ですので戻る日ですよ」
「んん……。もう少しだけ」
「ルアナ様に怒られますよ?」
「ルアナ!?」
名前に反応し、ガバッと上半身が反射的に持ち上がる。屋敷での生活の影響で名前を聞いただけで体が反応してしまう。
ここは日本の自室。ベッドのわきにはエプロン姿のアミー。そして温かい股下には丸くなったウルシ。当たり前となった日常がそこにはあった。
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妹が出産したあの日から少しずつ俺の異世界での生活は変わり始めた。
最初は小さな変化だった。周囲の人たちが俺ではなく妹……いや生まれた子猫の方を構うようになり、屋敷のアイドルの座は奪われた。
子猫が大きくなってくると部屋、ベッドが占領されるようになり「叔父さんなのだから」と俺は隅っこに追いやられることに。それでも甥のためだしと我慢した。ただ羽毛布団だけは返してもらった。
一年が経つと子猫たちはすっかり大きくなった。俺はまだ小さい体なのに……。
大きくなった黒猫とアンセはしばらくすると一緒にどこかへ行ってしまった。オスは旅立つと知っていたけれど親と一緒に行く場合もあるのかな?
急にいなくなると何だか寂しい。親子で修行の旅と考えるとかっこよく思えたので、そう考えるように努めた。それでもふと気になってベッドを見つめる癖は消えない。
そして肝心のこげ茶色の猫だが……本人曰く本物のアザー様らしい。
そんなアホな!?
驚いたしツッコミもした。でも「お前だって普通じゃないだろう?」と言われてしまうと最終的には納得するしかなかった。普通の猫は人化? 猫化しないし、異世界と地球を行き来しないもんね。そう考えると転生だって普通。むしろアザー様の状態は、俺よりも受け入れやすいかも?
アザー様は死ぬ前から転生の準備を進めていたらしく、妊娠したルアナのお腹の中の子に自らの力の欠片を残したり、馴染みの守護獣たちに協力を要請していたりといろいろやっていたみたい。
しかし死後が想定外だったようだ。ある人たちの信仰心や重く暗い負の感情が縁のある物から送られ続けた結果、いつの間にか力が強くなりすぎ別の世界へと飛ばされてしまったのだとか。
そんな強大な力を得たアザー様。しかしなんでもできるというわけでもなかったため、元の世界に帰りたくても帰れず、気晴らしに時々他の世界で猫の体を借りて散歩などを楽しんでいたらしい。そこで地球の俺に出会い「猫のように自由に生きたい」という言葉を聞いて「利用できるのでは?」と考え付いたのだとか。
まんまと利用された俺は、気付かないうちに異世界で守護獣たちの力を強めるための活動をさせられていたようで、結果として少し遅れることになったが五家の守護獣の力によってアザー様の転生は予定通りに行われることになったらしい。
そういえばそれぞれの守護獣って役割を持った能力を持っていたっけね。エルティガが契約だとかさ。
せっかく強大な力を手に入れたのに、また猫なんかに転生してよかったのかとも訪ねたが、アザー様にとってはここでのんびりしてるのが一番幸せなんだって。エルミーナの別館が、寝床として殊の外お気に入りらしい。相性みたいなのがあるのかな?
猫は家に付くって言われるけど本当みたいだね。
さて、こうなってくると俺が守護獣(仮)で居続ける理由もなくなってしまったわけで、ルアナたちやカトル爺とも相談した結果、ここ別館の守護獣はアザー様が引き継ぐことになった。
今やティトよりも強力な力を秘めているアザー様だが、肉体に引きずられる形ですべてが解放されているわけではないので、エルミーナの守護獣はティトのままになるんだって。ふーんて感じ。
で、俺の立場はどうなったのかといえば……下町の家でのんびりと月に一回納品するだけの業者になったわけだ。結果的にあの日の望み通り、のんびりな生活になったというわけ。ちょっとばかり遠回りしたけどね。
一応スーが新しく起こす家の守護獣はどうかという打診もあったのだが断った。するといつの間にか新しい家を興すって話自体消えていったみたいだ。スーが「新しい家なら守護獣はアンバーじゃなきゃダメ」って言ってくれていたことが影響したのかな。あれは嬉しかったなあ。
そうそうアザー様からいちおう報酬はもらったよ。自由に人間に戻れる便利な首輪。伸縮機能もあって人間の時には腕輪になる代物。便利だよね!
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今月はスースとルナリアの婚約パーティーが行われる予定だ。それに合わせていくつか注文されているお菓子なんかを納入しなければならない。あちらの世界に行かなければ時間は経過しないので遅れるということは起きないが、やることはやってしまわないと落ち着かない。ルアナが怖いしさ。
アミーたちと異世界に渡ると、さっさと納品作業を終わらせる。ノストスに渡すまでというのは今も一緒。ここに変わりはない。
それが終わると猫の姿に戻ってのんびりとひなたぼっこ。ウルシを添えて。
リフォームを重ねた家兼倉庫はずいぶんと住みやすくなっており、ついにはお風呂も取り付けられている。あの日望んでいた日々がここにはある。
ただちょっと困っていることがあって、ルーが頻繁にここへやって来るようになったのだ。お供にアミーとカトル爺。そして護衛としてバーマンとセーラたちを伴って。
のんびりとした生活。本当の意味でそれが訪れるのはルーがお嫁さんとして家を出てからになるのかな。もう少し先になりそう。
「猫になればのんびりできると思ってたのにな」
風呂場でぽつりと呟く。
湯けむりと共に俺の声は異世界の空気に溶け込んでいった。
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