記憶
「あら、戻ってきたのね」
部屋にはしおりの母親が居た。
働いていた職場に入院してきたのは幸いだったか。
「あの子ね、貴方と結婚するなんて言っていたのよ?死んじゃったらそれすらも出来ないのにね。仕事を少し抜けてきたから戻らないと…」
仕事なんて早退すればいいだろうに。
そう思ったが黙っておく。
母親が病室を去るいいチャンスだからだ。
母親が部屋を出て行った。
「安良坂、頼む」
『上級回復魔法』
安良坂は両手をしおりにかざした。
部屋全体に眩しい光が満ち溢れ、光が部屋に満ち溢れる。
バタバタバタ…。
「どうしましたか?」
回復魔法の光が、部屋から漏れていたらしい。
異変を感じたのか、 慌てて看護師が駆け込んできた。
「ん…」
しおりの声が聞こえ、瞼が開かれる。
「しおり!気が付いたか?」
「あれ、ここどこ」
意識が戻ったようだ。
あらためて回復魔法って凄いな。
安良坂は、床にへたり込んでいて立てないらしい。
力尽きている様子だ。
「消費魔力凄すぎ…上原くん、手貸してくれる?」
どうやら普通の回復魔法じゃなかったらしい。
蘇生レベルの魔法だったのかもしれないな。
俺は安良坂を椅子に座らせた。
「慣れない事はするもんじゃないね」
「お陰で、しおりの意識が戻ったみたいだし良かったよ」
「そう言ってもらえると助かるよ」
「…えっと」
しおりは俺たちを怪訝な顔で見ていた。
「しおり、どうした?」
「貴方たち誰?」
「「え?」」
*
「一時的な記憶喪失らしいわ。母親のわたしは憶えているみたいだけど」
しおりのお母さんが教えてくれた。
医者がそう言うのならそうなのだろう。
しおりは不思議そうに俺たちを見ている。
一応、「俺たちは友達だ」と伝えておいた。
一時的ならそのうち記憶が戻るのだろうから。
「男の子の友達?」
しおりは首を傾げていた。
まあ普通はそうだよな。
女子は、女子の友達が居て普通だろうから。
しおりは、群れるのが苦手だったようだからいつも一人だった。
別に人嫌いという訳でもないようだが。
「そのうち思い出してくれれば良いよ」
俺は無理に口角をあげた。
少し、不自然かもしれないな。
「思い出せなくてごめんなさい。でも少し懐かしい感じはするかな」
「俺…また、お見舞いに来ていいか?」
「うん。また来て」
しおりは笑顔で答える。
彼女が俺を憶えていないのがこんなに辛いとは。
「上原くん大丈夫?」
「大丈夫じゃない。かなり堪える…死にそうだ」
「えっ?そんなに?」
「まあ、でもお前に感謝してるよ。意識が戻って助かったからな」
俺は学校には戻らず、そのまま家に帰った。
学校に帰る気がしなかったからだ。
家に帰ると、いつの間にかお昼になっていた。
今は、ゆかりも学校で居ないしな。
冷蔵庫の中に何か入ってたっけ?
冷凍食品のパスタが見つかった。
レンジでチンして食べればいいか。
俺は適当に昼飯を済ませた。
「学校行きたくないな」
しおりが居ない学校はつまらない。
学校帰りに毎日お見舞いに行く事にしよう。
友達だったら毎日来ても変じゃないよな?
俺は、学校帰りにお見舞いに来ていた。
「上原くんってわたしの事好きなの?」
ぶっ!
俺は飲んでいたペットボトルのお茶を吹き出した。
「え、えっと…」
これ正直に言っていいものなのだろうか。
実際には付き合っていたし、異世界では結婚もしたんだもんな。
「ふうん。そうなんだ。そういえば、この指輪って何だか知ってる?凄く大事な物のような気がするんだけど…」
銀色の指輪。
まだ言わないほうが良いだろうな。
「そういえば、上原くんと同じのをしてるよね?ペアリングとか?って事は恋人同士だったのかな?」
「友達の証だ」
俺は彼女から目をそむけた。
「うふふ。嘘をつくのが下手ね。まあいいけど」
近くて遠い。
手を伸ばせば近くに居るのに。
「さっき聞いたのだけど、一週間後に退院だって。早いわよね」
「記憶が戻ってないのに、大丈夫なのか?」
「もちろん、上原くんがフォローしてくれるでしょ?」
しおりが微笑んだ。
どうやら信頼してくれているらしい。
「お、おう。もちろんだとも」
俺は自分の胸を叩く。
任されて悪い気はしない。
嬉しくなって、口元が緩んでいるかもしれない。
「お願いしますね。上原くん」
彼女に右手を包まれる。
ほんわかと、胸が温かくなった。




