オーモーイーガー
「『桃太郎が出発すると、まず最初に犬と出会いました。犬が何処へ行くのか尋ねるので、桃太郎は鬼退治に行くところであることを説明しました。すると犬が「黍団子をくれたら鬼退治について行きます」と言ったので、黍団子を一つあげて仲間にしました。次に猿が現れたので、同じように黍団子を一つあげて仲間にしました。桃太郎が犬と猿を伴って進んでいると、最後に雉と出会い、そしてまた黍団子をあげることで雉を仲間にしました。』」
「異議あり!」
「漸く来たわね。三匹目のお供であるところの雉が仲間になるまで我慢できるなんて、貴方にしてはなかなかどうして効率的な判断だわ。じゃ、溜めに溜めた不満を吐き出しなさい」
「桃太郎なんできびダンゴ持ってんの!?」
「ああ、私としたことが、愉快脳の思考をあたかも理解出来ていたように振る舞う愚を、再び犯してしまったわ」
「さっき桃になったんじゃねえの!?」
「まずは落ち着きなさい。と、言うか、とりあえず黙りなさい」
「はい!」
「で、説明させて貰うのだけれど、私が語っている物はあくまで原作、つまりオリジナルよ。そのオリジナルについて貴方が抱いた不満を、今私達二人で改変、解消しているの。でも、だからと言って改変した後の内容を、改変する前のオリジナルに同時進行で反映させていたら、それは混乱を招くことになるわ。だから、私達が、と言うよりも貴方が決めた、黍団子を桃に置き換えるという改変は、今私が語っている物語には反映されていないわ。それらは、最後に全ての改変を踏まえたものを、私がまとめるから安心なさい。これで分かった、訳ないわよね」
「わからん!」
「だと思ったから、貴方向けの説明を用意しておいたわ。私としては、こんな抽象的で意味不明な言葉を使わざるを得ないのは、甚だ不本意ではあるのだけれども」
「え、なにさ」
「考えるな、感じろ」
「おおおっ!なんかスゲー!」
「これで分かったかしら」
「わかった!」
「ああ、理解してくれて幸いなのだけれど、『どうしてこれでわかるんだよ』的な釈然としないもやもやが、私の中で嵐の如く吹き荒れて仕方ないわ。もう貴方が桃太郎へ抱えている不満も、全てこの一言でねじ伏せてしまいたい気分ね」
「ならそれはオッケーだとしてもさ、動物がしゃべるのはないっしょ」
「ま、この場面での不満と言ったら、普通なら、まずそこへいくでしょうね。普通の人なら」
「犬とかサルとかキジがしゃべるとか。ありえねえ」
「で、どうしたいのかしら。犬猿雉に変わる新しいお供、と、言うより、人間のお供でも登場させるのかしら」
「いや?桃太郎のおともは犬とサルとキジだろ。それは変えちゃダメっしょ」
「貴方の感覚を理解しようだなんて到底思わないのだけれど、それでも貴方の中に存在する様々なことへの線引きがどうなっているのか、とても気になるところね」
「だから、しゃべらない犬としゃべらないサルとしゃべらないキジを仲間にする!」
「それはもう普通の畜生よ。それが餌を与えたら付いて来たのなら、もうそれは仲間になったと言うよりは、いっそ懐いたと言った方が相応しいわ」
「ならそれでいいじゃん。それでいこう!」
「呆れる程に軽いわね」
「あれ、でもキジってなつくんかな?」
「さあ、それはどうなのかしら。時間をかけて根気良く付き合っていけば懐く可能性も無きにしも非ず、と、言ったところかしらね。ま、とりあえず、犬や猿よりかは難しいのではないかと思うわ」
「そんじゃ、キジは食料として、ってことでいいや」
「貴方、容赦ない、と、言うか、もう訳が分からないわ。貴方の中の仲間の定義には、途中で調達した食材も含まれると言うことなのかしら」
「まあ桃だけじゃああんま力出なかっただろうし、ちょうどいいっしょ」
「エネルギー源としては不十分だと知った上で桃を持たせたなんて、桃太郎にとってはさぞかし罰ゲーム染みたものだったでしょうね」
「結果的に鬼には勝てるんだから、トチューでどうなっても、まあ大丈夫だって」
「貴方、私達の今までの会話全ての意義を、今のたった一言で灰燼に帰させたわよ」
「よし、じゃあ次いこう!」
「ああ、今すぐに安請け合いした過去の自分をぶん殴りたい気分だわ」
「アリカさん、続きだよ続き!」
「分かったから急かさないで頂戴。私に逃げ場がないことくらい嫌と言う程に分かっているわよ」
「んじゃよろしく!」
「『こうして犬、猿、雉という家来を手に入れた桃太郎は、ついに鬼ヶ島へとたどり着きました。桃太郎を見つけた一人の鬼が言いました。「小僧、此処へ何の用だ」桃太郎は答えました。「俺は桃太郎。人々に悪さを働く鬼共を退治しに来たぞ!」そう言うやいなや、桃太郎は刀を抜いて駆け出しました。』」
「異議あり!」
「はい、何かしら」
「桃太郎のセリフカッコ悪い!」
「桃太郎の台詞は、それこそ物語の展開のみならず、地域や出版社、語り手などによって、如何様にも姿を変えてきたわ。或る意味、物語の中でも最も流動的な部分とも言えるの。だから、この桃太郎の台詞が格好悪いというのは、偏に私の責任になってしまうのだけれども」
「セリフダセえ!」
「貴方、度胸だけは本物ね。嫌いじゃないわよ。殺意が湧くけれど」
「もっとカッコ良くいこうぜ」
「私のセンスは、たった今貴方が全否定したところなのだから、当然、貴方が考えてくれるのでしょうね」
「ホラ、何だっけ。あのー……ひとつ、なんたらかんたら。ふたつ、なんたらかんたら。ってゆーやつ」
「数え歌のことかしら」
「そう多分それ!たしかなんかそれっぽい決めゼリフあったじゃん。それにしようぜ!」
「さっきの私からの煽りを受けてパクりを提案するとは、貴方の度胸は天井知らずね」
「でもどんなんだったっけ?ハッキリと思い出せないんだけど」
「『一つ、人の世の生き血を啜り。二つ、不埒な悪行三昧。三つ、醜い浮き世の鬼を、退治てくれよう、桃太郎。』だったかしら」
「そうそうソレ!さすがアリカさん、よくおぼえてんな。んでたしか、それのタイトルが……いなかっぺ大将!」
「桃太郎侍よ。悪人を惨殺する前の台詞と、至って平和な大ちゃん数え唄とを被らせないでくれるかしら。と、言うか、ああ、折角私が今まで版権に気を配って、最低限具体的なタイトルは出さないようにしていたのに、貴方のお陰で見事に台無しよ」
「ハンケン?」
「何でもないわ。本当は気にして欲しいのだけれども、気にしないで頂戴」
「じゃ気にしねえ!」
「その素直さが、今は殺したい程に腹立たしいわ」
「っていうか桃太郎ヒキョーじゃね?突然おそいかかるとか」
「戦いに卑怯も糞もないわ。生き残った者にのみ、歴史を語る権利が与えられるのだから。それに、元々多数に無勢は承知の上での戦いなのだから、不意打ちの一つや二つ、勝つ為には仕方ない、と、言うか、必要だったのよ。むしろ一言会話を交わしている時点で、かなり妥協していると思うのだけれど」
「でも正義のヒーロー的に、なんかアウトな気がするんだけどなー」
「五人掛かりで一人の怪人をフルボッコにする戦隊ヒーローが世に蔓延り、かつ好意的に受け入れられているのだから、問題ないわよ」
「うーん、そうか。なら仕方ねえか」
「ええ、仕方ないわ」
「でも、せめてふい打ちした理由は言っとこうぜ」
「それはそれで、言い訳がましくて、逆に正義のヒーローっぽくなくなる気がするのだけれど、ま、貴方がそう言うのならそうしましょう」
「よし、じゃあ次にいこう!」
「『それと同時に、家来である三匹も鬼たちに襲いかかりました。犬は鬼のお尻に噛みつき、猿は背中を引っ掻き回し、雉は目をつつきました。桃太郎も刀を振り回し、瞬く間に鬼たちをやっつけてしまいました。』」
「異議あり!」
「何かしら。まさかとは思うのだけれど、いなくなったはずの雉が鬼の目をつついているのはおかしい、なんて言うのではないでしょうね」
「え、なんで?キジがいなくなったのはあくまでも俺たちが変えた後の桃太郎の話で、オリジナルにはまだ反映されてないってことだろ?」
「何故理解できているの。むしろ、どうやってあの説明で理解することができたのよ」
「それは、まあ、感じたんだよ」
「ああ、感じるって、凄いのね。匙を投げたつもりの行為が、予想以上、いえ、想定外の効果を出してしまったわ。驚きを通り越して唖然ね」
「ああ、感じるってスゲーよな」
「ええ、本当に。目から鱗が落ちる気分よ。今後、説明が長くなりそうで面倒になった時に使おうかしら」
「で、話をもどすんだけど」
「そうね。いいわよ」
「普通にケツに噛みつかれたり、背中をひっかかれたりしただけで弱る鬼って変じゃね?」
「それもそうね。実際には鬼ではなく人間だったのだと仮定したとしても、人数がいる分、ただ単にお尻に噛みつかれたり背中を引っ掻かれたりしたぐらいなら、ある程度は反抗できたでしょうに」
「でも、すぐに鬼たちをやっつけたって言ってるくらいなんだから、やっぱり必殺技かなんかを使ったんだよ」
「必ず殺す技を使った、というわけね。で、彼等の放った必殺技とは、一体全体どういったものなのかしら」
「絶・天狼抜刀牙とか覇道天唱とかじゃね?」
「えらく具体的なのが出てきたわね。でも、前者は、ま、百歩譲って良いとしても、後者は、猿は猿でも刀狩とか太閤検地で有名な方の猿じゃない。しかもBASARA的な意味で」
「でもそうすれば、鬼に一撃でとどめを刺したっていうのもわかるじゃん」
「同時に、貴方の大好きなリアリティにもとどめを刺してしまったのだけれども」
「あー、しまったな。キジが生きてれば科学忍法・火の鳥とかもできたのに」
「科学忍法・火の鳥は鳥類の必殺技ではないわよ。と、言うか、雉の場合、仮に生きていたとしても、必殺技をさせる必要なんてないのではないかしら」
「なんで?」
「雉は鬼の目をつついていたのよ。もうそれは、必殺技を使わずとも、十分過ぎる程にスプラッタだわ」
「た、たしかに」
「しかも、桃太郎に至ってはポン刀を振り回していたらしいわね。いくら悪さを重ねた鬼相手だったとしても、現代で同じことをしたら、間違いなく現行犯逮捕よ」
「あー」
「やっつける、みたいな甘っちょろいオブラートに包んではいるけれども、桃太郎達がやっていることは殺戮に他ならないわ」
「まあ、それは置いといたとしても、やっぱりキジにもなんかの役割をやらせたいんだよなー」
「貴方が食材にしたんでしょうが」
「でもせっかくいたんだし」
「過去形が物悲しいわね」
「どうすればいっか?」
「どうするもこうするも、食材になったからには、雉に出来ることなんて、桃太郎達に消化吸収されてエネルギーになるしかないわよ」
「じゃあしょうがねえからそれでいいや」
「本当に適当ね。そんな貴方が、何故桃太郎に難癖つけようと決意したのか全く理解できないわ」
「よし、続きいってみよう!」