閉店セール
寮での軟禁生活は2週間ほど続き、徐々に外出できる時間が伸びていった。
その間、僕は「ちょっと買い出しに…」と言って1時間ほど戻らなかったら、2度目の時には寮監が宮崎の両親に『退寮警告』の電話をする事態になって、両親から怒りの電話をもらうこととなった。
電話越しに雷を落とされた僕は以降、大人しく寮で過ごしていた。
感染対策を万全にすれば外出していいとなった頃には夏休みが終わり、また朝から晩まで学校で課題をこなす毎日になっていった。
井口器店には、月に一度行けるか行けないかという状態だったけど、僕が顔を出すとカヤさんはいつも歓迎してくれた。
僕のためにお煎餅や、クッキーを用意してくれていて、ただカヤさんとお喋りだけして帰る事もあった。
2年生に進級する春休み。
大学の先輩から、自由が丘にあるデザイン会社のアルバイトを持ちかけられた。
そのデザイン会社は、アルバイトを世田谷美術大学の生徒に代々依頼しており、卒業する先輩の後継として僕に声がかかった。
井口器店ではバイトというよりお手伝いという感じでお小遣い程度にしか貰っていなかった。
さすがにそろそろちゃんとしたバイトをしないとマズイなと考えていたところだったので、有難く引き受けた。
デザイン会社では、宮崎にも店舗があるような大きいアパレルのホームページデザインをしたり、新規オープンのイタリアンレストランオリジナルドレッシングのパッケージデザインをしたり、ポイントカードのデザインをしたりと色んなことができて面白かった。
打ち合わせで社員とアイデアを出し合って、僕のデザインが採用されることも少なくなかった。
気づくと2ヶ月ほど井口器店に行ってなかった。
東京で2度目のゴールデンウィークが過ぎ、あっという間に梅雨入りした頃、久しぶりに神保町へ足を運び井口器店に顔を出した。
「9月に閉店するから」
カヤさんが仕入伝票を整理しながら突然言った。
まるで「ちょっとコンビニ行ってくる」くらいの軽い言い方だった。
僕は一度では耳から入った言葉を処理出来ず、何度か聞き返したけど
「閉店するから」
という言葉に間違いはなかった。
「やっとねぇ不動産やさんと話がまとまったのよ。本当は70になったら辞めるはずだったんだけど、海外からの観光客が増えたと思ったらコロナでしょう。話がのびに延びてこんな時期になっちゃった。」
カヤさんの口調に重い荷物をやっと下ろせた安堵が染みていた。
「でね、ここを売っちゃったお金で日暮里にマンション買ったのよぉ。古いけど独りだからさ、広さは程々でいいし。とにかく便利な立地なのよ。
今なら大志くんが引越し手伝ってくれるだろうしねぇ。」
そう言いながらカヤさんはこちらを見てニヤリと笑った。
突然の閉店宣言にショックを受けてる僕を後目に、カヤさんは新しい生活が楽しみなのか、少女のように頬をうっすら紅潮させ、手際よく伝票をめくっていく。
「8月から閉店セールするからね。忙しくなるわよぉ。大志くんにも頑張ってもらうからね。」
カヤさんはこちらを見て軽くウインクした。
それからは本当に忙しかった。
カヤさんは閉店セールで全部売り切るから大量に器を仕入れると言い、僕を最後の仕入れに連れて行ってくれた。
2022年 8月
井口器店の閉店セールが始まった。
夏休みに入った僕はできる限りお店に顔を出したけれど、デザイン会社のバイトも疎かには出来ず、目が回る忙しさだ。
特に来客が多い週末はお店の方を優先して行った。
「あら、大志くんこないだはありがとうね。」
陳列棚を磨いていると声をかけられ、顔をあげるとしず江さんが来店早々僕に気づき、こちらに寄って言った。
この暑い中、麻の着物を着たしず江さんは不思議と涼しそうに見える。
「あぁ、いらっしゃいませ、しず江さん。
先日はありがとうございました。客にもならないのにすみません。
でも、すごく勉強になりました。」
2週間ほど前、日本橋でしず江さん主催の器店が展かれていて、案内状をカヤさん経由でもらった僕は、綾人を誘って行ってきたのだった。
夏らしく涼やかなガラス工芸の器がメインで、しず江さんや作家本人からデザイン性、ガラス工芸の歴史などの話が聞けてとても有意義な時間を過ごせた。
「いいのよぉ、あなた達みたいな若い子が足を運んでくれるだけで嬉しいし、他の人たちの敷居も低くなって、集客効果もあるんだもの。」
しず江さんは忙しなく陳列台の器を、次から次へと手に取り
「それにしても閉店するなんてびっくりだわ。閉店セールだなんて、カヤさんたらここぞとばかりに沢山仕入れたわねぇ。」
まるで宝探しするように、器を手に取っては戻すを繰り返している。
その後、冷茶を飲みながらひとしきり喋ったあと大皿と取り皿を2つずつ買っていった。
「カヤさん、売れ残ったら買い取ってあげるから連絡してねぇ。」
そう言いながら立ち去るしず江さんに
「売れ残りゃあしないわよ、残念でした。」
と、背中に向かって叫ぶカヤさんを見て、僕はやれやれと苦笑いした。
9月の半ばには宣言通りほとんどの品が売れ、地元商店の皆や多くのお客様から惜しまれながら、大盛況のうちにとうとう井口器店は閉店した。




