第33話 結界の向こう側
四つのレベルストーンが揃い、ついに準備は整いました。
総一たちは再び北西の山へ向かいます。
目の前に立ちはだかるのは、マリンの力でも破れなかった強力な結界。
その向こうには何が待っているのか。
総一たちは、魔王へつながる手掛かりを求めて動き出します。
今回もよろしくお願いします!
翌朝。
総一たちは再び、ビジュールの北西にある山へ向かっていた。
昨日と同じ場所に馬車を止め、そこから先は徒歩で進む。
先頭を歩く総一の後ろにはシンとサリー。さらにナバルとマリンが続いている。
目的地はすでに分かっていた。
山の奥。
強力な結界によって隠された、何者かの拠点。
そして今日は、その結界を破るためのものも揃っている。
「なあマリン。本当に四つで足りるのか?」
総一が歩きながら尋ねると、マリンは小さな袋を持ち上げた。
「昨日よりはずっと可能性が高い。でも絶対とは言えないわ」
「頼むぞ。あれだけ苦労して集めたんだから」
「あなたは一個も探してないでしょ」
「俺のも一個あるだろ」
「もらっただけじゃない」
「細かいな」
そんなやり取りをしているうちに、周囲の木々が少なくなってきた。
やがて総一が足を止める。
「ここだな」
目の前にあるのは、岩肌と深い森。
昨日と変わらない。
知らずに通れば、そのまま何もない山だと思って通り過ぎるだろう。
しかしマリンは、その奥をじっと見つめていた。
「やっぱりある」
彼女が一歩前へ出る。
「みんな、少し離れて」
「どれくらい?」
「できるだけ」
総一はマリンを見る。
「……嫌な言い方するな」
シンたちと一緒に後ろへ下がる。
マリンは袋から四つの透明な石を取り出した。
レベルストーン。
四つの石が彼女の手から離れ、ゆっくりと宙へ浮かび上がる。
一つ。
二つ。
三つ。
四つ。
マリンを囲むように石が並んだ。
彼女が目を閉じる。
空気が変わった。
「……すごい」
サリーが思わず声を漏らす。
風がないのに木々がざわめき始めた。
地面に落ちていた葉が浮き上がり、マリンの周囲を回り始める。
四つのレベルストーンの内部に光が灯った。
その光が急激に強くなる。
シンが息を呑んだ。
「昨日と全然違う……」
「そんなにか?」
総一が聞く。
シンが驚いて振り返った。
「分からないんですか?」
「全然」
「これだけの魔力なのに……」
「俺に魔力の話をするな」
マリンが目を開けた。
「いくわよ!」
右手を前へ突き出す。
四つのレベルストーンから光が伸び、マリンの手元へ集まった。
次の瞬間。
凄まじい魔力が放たれた。
轟音が山を揺らす。
何もなかった空間に巨大な波紋が広がった。
「うおっ!」
総一たちのところまで衝撃が届く。
透明だったはずの結界が姿を現した。
山を覆うほど巨大な光の壁。
マリンの魔法が、その一点へ食い込んでいる。
「まだ……!」
マリンがさらに魔力を送り込む。
四つのレベルストーンが激しく輝いた。
結界が震える。
そして。
ピシッ。
光の壁に一本の亀裂が走った。
そこから蜘蛛の巣のように亀裂が広がっていく。
「壊れる!」
シンが叫ぶ。
マリンが両手を前へ突き出した。
「消えなさい!」
光が爆発した。
山全体を揺らすような轟音とともに、巨大な結界が粉々に砕け散る。
無数の光の破片が空へ舞い上がった。
そして、それまで岩と森しかなかった景色が大きく揺らいだ。
「……なんだ、これ」
総一が目を細める。
景色が剥がれていく。
その向こうから現れたのは、総一たちが想像していたよりも遥かに大きな施設だった。
山肌に沿って石造りの建物が並んでいる。
高い見張り台。
厚い外壁。
さらに中央には、山の内部へ続く巨大な入口まである。
隠れ家という規模ではない。
砦だった。
マリンの頬が引きつる。
「……半年も私の家の近くに、こんなものがあったの?」
「怒ってる?」
「怒ってないように見える?」
「見えないな」
マリンの周囲に再び魔力が集まり始める。
「待ってくれ」
総一が止めた。
「何?」
「いきなり全部消すなよ」
「どうして?」
「中にいる奴から話を聞きたい。魔王につながる情報があるかもしれない」
マリンは砦と総一を交互に見た。
「聞き終わったら?」
「好きにしてくれて構わない」
「分かったわ」
「総一さん」
今度はシンが口を開いた。
「僕も、この拠点をそのままにしておくことはできません」
「お前もか」
「魔王軍の拠点なら、人間の街にとって脅威になります」
ナバルも剣へ手をかける。
「シンの言う通りだ。これだけの規模なら放ってはおけん」
「分かったよ。どうやら俺だけ目的が違うみたいだな」
そのとき。
砦の中から鐘の音が鳴り響いた。
直後、入口から次々と影が飛び出してくる。
人間ではない。
角を持つ者。
獣のような顔をした者。
武器を構えた魔族たちが、あっという間に広場を埋めていく。
その後ろからは魔物まで姿を現した。
「結界を破壊した侵入者だ!」
「殺せ!」
「やっぱりこうなるか」
総一が肩を回す。
「サリー、後ろに!」
シンが剣を抜いた。
魔族たちが一斉に走り出す。
最初に総一へ飛びかかった男が、大剣を振り下ろした。
総一は横へかわす。
そのまま拳を腹へ叩き込んだ。
男の身体が後方へ吹き飛ぶ。
さらに二人を巻き込み、砦の外壁へ激突した。
石壁が大きく崩れる。
「……ちょっと強かったか」
「総一さん!」
横から別の魔族が迫る。
だが、その前にシンが飛び込んだ。
剣が閃き、敵の武器を弾く。
返す動きで身体を打ち据え、さらに左手を前へ向けた。
「ファイア!」
炎が放たれ、後ろから来ていた魔族たちをまとめて吹き飛ばす。
別方向から魔物の群れが押し寄せる。
「多いな!」
ナバルが盾を構え、サリーの前へ立った。
巨大な狼型の魔物が飛びかかる。
ナバルが正面から受け止めた。
「今だ!」
シンの剣が魔物を薙ぐ。
さらに十数体。
その後ろからも続いてくる。
「もういいわ」
マリンが前へ出た。
「伏せて!」
「またか!」
総一が叫びながら身を低くする。
マリンの頭上に巨大な魔法陣が広がった。
赤い光が山肌を照らす。
次の瞬間。
炎が地面を駆け抜けた。
魔族や魔物の間を縫うように何本もの炎が走り、一気に敵を飲み込んでいく。
爆発。
砦の一角が吹き飛んだ。
石と土煙が空高く舞い上がる。
「おい!」
総一が顔を上げた。
「壊しすぎるなって言っただろ!」
「ちゃんと残ってるでしょ!」
「基準がおかしいんだよ!」
それでも敵は止まらない。
左右からさらに魔族が現れる。
総一は突っ込んだ。
一人を殴り飛ばす。
振り向きざまにもう一人の腕を掴み、そのまま投げる。
投げられた魔族が三人を巻き込み、見張り台の柱へ激突した。
柱が折れた。
見張り台が傾く。
「総一さんも壊してます!」
「これは事故だ!」
シンの声に答えながら、総一は次の敵を蹴り飛ばした。
その頃。
砦の奥では、一人の男が戦いを見つめていた。
虎を思わせる顔。
大きな身体。
ベルガ軍の大幹部、ジャネスト。
「……田端総一」
すでに報告は受けていた。
ブラックゴーレムを素手で破壊した男。
尾行にも気づく。
勇者シンと行動を共にしている正体不明の人間。
だが。
実際に見ると、報告以上に異常だった。
魔法を使っている様子はない。
武器すら持っていない。
それなのに、誰一人として止められない。
さらに勇者と、あのエルフ。
このまま兵を送り続けても被害が増えるだけだ。
「もういい」
ジャネストが静かに告げた。
近くにいた魔族が振り返る。
「ですが」
「下がらせろ」
「はっ」
命令が伝わっていく。
やがて、総一たちを囲んでいた魔族たちの動きが止まった。
「退け!」
声が飛ぶ。
魔族たちが一斉に後退していく。
総一は追わなかった。
「なんだ?」
急に静かになった広場を見回す。
シンも剣を構えたまま、砦の奥を見る。
「何か来ます」
土煙の向こう。
砦の入口から、何かがゆっくりと現れた。
総一が目を凝らす。
「……椅子?」
重厚な背もたれを持つ大きな椅子だった。
だが床には触れていない。
一メートルほど宙に浮かび、淡い魔力をまといながら音もなく進んでくる。
その椅子に、一人の魔族が腰を下ろしていた。
虎を思わせる顔。
大きな身体を椅子へ預け、片肘をついている。
浮かぶ椅子は総一たちの前まで来ると、ゆっくり止まった。
「ずいぶん派手にやってくれたものだ」
男の声は落ち着いていた。
総一が周囲を見る。
崩れた壁。
傾いた見張り台。
あちこちから上がる煙。
「俺だけじゃないぞ」
「誰も聞いていない」
「そうか」
男の鋭い目が総一へ向いた。
「田端総一だな」
総一の眉が上がる。
「……また俺だけ知られてるな」
「お前のことは報告を受けている」
「じゃあ話が早い。あんたは?」
「ジャネスト」
男は椅子に座ったまま答えた。
「ベルガ様より、この拠点を任されている」
「ベルガ?」
総一がシンを見る。
だがシンも表情を険しくしていた。
ジャネストが僅かに目を細める。
「何も知らずにここまで来たのか」
「知らないから聞いてるんだよ」
「ベルガ様は、魔王ダグラス様に仕える四天王の一人だ」
総一の表情が変わった。
「四天王……」
シンが低い声で続ける。
「魔王直属の最高幹部です」
「なるほどな」
ようやく一本の線がつながった。
レベルストーン。
ビジュールで透明な石を集めていた者たち。
山中に隠された巨大な拠点。
その主が、魔王直属の四天王。
総一がジャネストを見る。
「そのベルガって奴は?」
「ここにはいない」
「どこにいる?」
「答える必要はない」
「そうか」
総一は少し考えたあと、ジャネストへ視線を戻した。
「だったら、お前でいい」
ジャネストの目が細くなる。
「何?」
「聞きたいことがある」
だが、ジャネストは答えなかった。
浮かぶ椅子に腰掛けたまま、総一からシン、マリンへと順番に視線を移していく。
結界を破壊し、正面からこの拠点へ乗り込み、兵を蹴散らした。
それだけのことをしておきながら、目の前の男は「聞きたいことがある」と言う。
「その前に一つ聞こう」
「なんだ?」
「お前たちの目的はなんだ」
総一は少しだけ間を置いた。
「俺は人を探してる」
「人?」
「花咲薫。俺の相棒だ」
ジャネストの表情は変わらない。
「知らんな」
「だろうな」
「その女が、我々と何の関係がある?」
「魔王ダグラスに連れていかれた」
その言葉に、ジャネストの目が僅かに細くなった。
「魔王様が?」
「そうだ。だから魔王につながる情報を探してる。ここに来たのもそのためだ」
ジャネストは黙って総一を見つめた。
やがて、その視線がシンへ移る。
「勇者。お前も同じ目的か?」
「いいえ」
シンは剣を下ろさなかった。
「ここが魔王軍の拠点なら、僕は放置するつもりはありません。ビジュールの採掘場に魔物を送り込んだのも、あなたたちなのでしょう?」
ジャネストは答えない。
今度はマリンを見る。
「では、エルフ。お前は?」
「私?」
マリンは半壊した砦を見上げた。
「ここを潰しに来たの」
「……」
「半年も人の家の近くで好き勝手してくれたんだから、それくらい当然でしょ?」
「待て」
総一が横から口を挟む。
「俺が話を聞き終わってからにしろよ」
「分かってるわよ」
ジャネストは三人を順番に見た。
どうやら目的は一つではない。
田端総一は情報。
勇者は拠点の排除。
そしてエルフは、この場所そのものの破壊。
「……なるほど」
ジャネストが静かに呟いた。
「随分と面倒な連中が揃ったものだ」
「俺は話を聞きたいだけなんだけどな」
「その割には、随分と派手な入り方をしたものだ」
総一が周囲を見た。
崩れた壁。
折れた見張り台。
未だ煙を上げている砦の一角。
「……それは俺だけのせいじゃない」
「だから誰も聞いてないって」
マリンが呆れたように言った。
ジャネストはそんな二人のやり取りにも表情を変えなかった。
ただ、浮かぶ椅子に身体を預けたまま、総一を見つめている。
魔王へつながる情報を求める男。
魔王軍の拠点を潰そうとする勇者。
そして、強大な魔力を持つ正体不明のエルフ。
まずは、どれほどの相手なのか。
それを見極める必要がある。
ジャネストの周囲で、静かに魔力が揺れ始めた。
最後までお読みいただきありがとうございます!
ついに結界の向こうへ踏み込んだ総一たち。
そこで現れたのは、ベルガ軍の大幹部ジャネストでした。
そして総一は初めて、ベルガが魔王直属の「四天王」であることを知ります。
薫を取り戻したい総一にとって、ようやく掴んだ魔王へつながる糸。
しかし、ジャネストが素直に情報を渡してくれるはずもありません。
静かに魔力を高め始めたジャネスト。
次回、総一は欲しい情報を手に入れることができるのでしょうか。
引き続きよろしくお願いします!




