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『最強探偵、異世界で攫われた相棒を探す旅に出る』  作者: れいじ
第一章 攫われた相棒

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第1話 最後の依頼

新作『最強探偵、異世界で攫われた相棒を探す旅に出る』第1話です。


元探偵の主人公が、相棒とともに異世界へ飛ばされるところから始まる旅と無双の物語になります。


シリアスを軸にしつつ、ときどき笑える掛け合いも入れながら進んでいきますので、楽しんでいただけたら嬉しいです。


それでは、第1話をどうぞ。

 午後三時を少し回った頃だった。


 田端探偵事務所には、古びた壁掛け時計の秒針が規則正しく響いていた。窓の外では初夏の日差しが向かいのビルを白く照らし、通りには多くの人が行き交っている。


 もっとも、この事務所を訪ねてくる者は朝から一人もいない。


 ソファを占領していた田端総一は、大きな欠伸をした。


「暇だなぁ……。たまには可愛い依頼人でも来てくれないかな」


 向かいの机では、花咲薫が領収書の束を整理している。


「そうちゃん。依頼人を見た目で選ばない」


「選んでないよ。仕事のやる気に多少影響するだけで」


「もっと悪いでしょ、それ」


「男なんてそんなもんだって」


「全国の男性に謝った方がいいと思う」


 薫は呆れたように息を吐き、再び書類へ視線を落とした。


 こんなやり取りも、もう十年以上になる。


 総一が余計なことを言えば薫が止める。それでも翌日になれば、総一は懲りずに同じようなことを口にする。


 コンコン、と扉が叩かれた。


 総一がむくりと身体を起こす。


「噂をすれば」


「何の噂よ」


「可愛い依頼人」


「まだ分からないでしょ」


「俺の勘、結構当たるよ?」


「どうぞ」


 薫は総一を無視して声を掛けた。


 扉がゆっくり開き、一人の若い女性が入ってくる。


 二十代前半だろう。肩まで伸びた黒髪に薄い化粧。整った顔立ちをしているが、目の下にはうっすらと隈ができていた。


 総一が勢いよく立ち上がる。


「いらっしゃい! いやぁ、美人さんだね。初回相談無料、お茶もサービス。なんなら俺の連絡先も」


「そうちゃん」


「はい」


 薫の一睨みで、総一は大人しく椅子を引いた。


「こちらへどうぞ」


「あ、ありがとうございます」


 女性は少しだけ笑って椅子に腰を下ろした。


 その笑顔はすぐに消えた。


 膝の上で重ねた両手が強く握られている。それを見た総一も、さっきまで浮かべていた軽い笑みを引っ込めた。


「それで、今日は?」


「父を……探してほしいんです」


 書類を整理していた薫の手が止まる。


「行方不明ですか?」


「はい。一週間前から」


「警察には?」


「相談しました。でも、大人の失踪だから、今のところ事件性は低いって……」


「家出するような理由は?」


「ありません。絶対に」


 女性は迷わず答えた。


「父は毎朝七時に家を出て、夜八時くらいには帰ってきます。休日もほとんど家にいて……旅行するときだって、必ず私に連絡する人なんです」


 総一は背もたれから身体を起こした。


「失踪した日は?」


「いつも通り仕事に行きました。ただ……」


 女性がそこで言葉を止める。


「何か気になることが?」


「少し前から、様子がおかしかったんです。何度も後ろを振り返ったり、知らない番号から電話が来ると部屋を出て話したり。それに一度だけ……」


 膝の上の指に力が入る。


「『とんでもない秘密を知ってしまった』って」


「勤め先は?」


 総一の声から、いつもの軽さが消えていた。


 女性が会社名を告げると、薫はすぐにパソコンで調べ始めた。


「物流関係ね。かなり大きな会社みたい」


「お父さんの部署は?」


「経理です」


 その答えを聞いた総一の眉が、わずかに動いた。


「経理か……」


「何か分かるんですか?」


「まだ何とも。ただ、気になる材料は増えた」


 総一は指先で机を軽く叩きながら考える。


 会社の秘密を知った経理担当者。その直後から誰かを警戒するようになり、突然姿を消した。


 偶然で片づけるには、不自然な点が多すぎる。


「最後に一つ。お父さん、いなくなる前に何か探してなかった? 昔の書類とか、手帳とか」


 女性はしばらく考え込み、ふいに顔を上げた。


「古いノート……」


「ノート?」


「昔、仕事で使っていたものを探していました。何年も前のだから、どこに置いたか分からないって」


「そのノートは見つかった?」


「いえ」


 総一は薫を見る。


 言葉を交わさなくても、それで十分だった。


 総一は椅子から立ち上がる。


「その依頼、お受けします」


「本当ですか?」


「もちろん。美人の頼みは断れないからね」


 薫が横から睨む。


「その理由じゃないでしょ」


「半分くらいはね」


「残り半分は?」


 総一は少し考えるふりをしてから、肩をすくめた。


「困ってる人を放っておいたら、探偵なんてやってられないだろ」


 女性の表情がわずかに緩んだ。


「お願いします。父を……見つけてください」


「任せて」


 総一はいつもの調子で笑った。


 その約束が、この世界で受ける最後の依頼になるとは知らずに。


    ◇


 三週間後。


 総一と薫は、都内の古い倉庫街にいた。


 時刻は午前零時を回っている。潮の匂いを含んだ風が吹き抜ける中、二人は倉庫から少し離れた建物の陰に身を潜めていた。


「やっぱりここだったか」


 総一は双眼鏡を下ろした。


 倉庫には大型トラックが何台も出入りしている。


 表向きの記録では、今夜ここへ荷物が運び込まれる予定はない。それなのに、すでに四台目が倉庫へ入っていった。


「ナンバー、全部撮った」


 薫が小型カメラの画面を確認する。


「帳簿の数字とも一致してる。あの会社から流れた金が、複数のペーパーカンパニーを経由してここに集まってるみたいね」


「親父さんが見つけたのも、それだろうな」


 三週間かけて二人が辿り着いたのは、一企業の不正などという規模の話ではなかった。


 違法取引に資金洗浄。さらに金の流れを追えば、複数の企業だけでなく政治家の名前まで浮かび上がってきた。


 依頼人の父親は、それを偶然知ってしまったのだ。


「これだけあれば十分ね」


 薫がカメラをしまう。


「明日の朝には警察と報道に全部送る。それで決着だ」


 総一が立ち上がりかけたとき、倉庫街の街灯が一斉に消えた。


 暗闇に包まれた瞬間、総一は薫の肩を掴んだ。


「伏せろ!」


 乾いた銃声が響き、二人がいた場所のコンクリートが弾けた。


「走るぞ!」


 二人は建物の陰から飛び出し、細い路地へ駆け込む。


 ところが、総一は数メートル進んだところで急停止した。


 前方に三人。


 振り返れば、背後からも複数の足音が迫っている。


「証拠を渡せ」


 黒いスーツの男が銃を向けてきた。


「そうちゃん……」


「俺の後ろに」


 総一は薫を庇うように前へ出た。


「渡せば命は助ける」


「その台詞を言った奴で、本当に助けてくれた奴を俺は知らないんだよね」


 男の指が引き金へ掛かる。


 総一が地面を蹴った。


 一気に間合いを詰め、銃口を外側へ逸らす。そのまま腕を捻り上げ、肘を顎へ叩き込んだ。


 男が崩れ落ちる。


 横から二人目が殴りかかってきたが、総一は身体をずらして拳をかわし、無防備になった腹へ一撃を入れた。


 二人目も膝から落ちる。


「相変わらず無茶苦茶ね!」


「惚れ直した?」


「今それ言う!?」


 総一は笑いながら振り返り、そのまま動きを止めた。


 路地の出口、倉庫の陰、建物の二階。


 暗闇の中から、銃を構えた男たちが次々と姿を現していた。


「……これはちょっとサービス過剰だな」


「逃げ道は?」


「見事にゼロ」


「珍しく諦めが早いわね」


「俺だって銃弾より速く走れるわけじゃないから」


 二人は背中合わせになる。


「最後に聞く。証拠はどこだ」


 総一はポケットへ手を入れ、小さな送信機を取り出した。


「探してるのはこれ?」


 親指でスイッチを押す。


「残念でした。もう送信済み」


「何をした!」


「俺たちを殺しても、もう止められないってこと」


 男たちの間に動揺が走った。


 総一は背中越しに薫の気配を感じながら、苦笑する。


「悪いな。こんな依頼に付き合わせて」


「十年以上付き合ってるんだから、今さらでしょ」


「そりゃそうだ」


「それに、依頼は最後までやり抜くんでしょ?」


 総一の口元に笑みが戻った。


「もちろん」


 男の一人が手を上げる。


「やれ」


 総一は反射的に薫の前へ出た。


「そうちゃん!」


 銃声が重なり、夜の倉庫街を震わせた。


    ◇


 柔らかな風が頬を撫でていた。


 総一は重い瞼を開く。


 最初に見えたのは、どこまでも澄んだ青空だった。


 視線を動かすと、見たこともないほど巨大な木々が周囲を覆っている。


「……なんだ、ここ」


 身体を起こして胸元へ手をやる。


 痛みはない。


 あれだけの銃弾を浴びたはずなのに、傷一つ残っていなかった。


「薫!」


 数メートル先に倒れている姿を見つけ、総一はすぐに駆け寄った。


「薫、起きろ」


「……そうちゃん?」


 薫がゆっくり目を開ける。


「生きてる?」


「たぶん」


「私たち、撃たれたわよね?」


「そこは間違いない」


 二人は周囲を見回した。


 見知らぬ植物に、異様なほど太い木々。そして空には、淡い青色をした二つの月が浮かんでいる。


「ここ、日本じゃないよな」


「日本どころか……地球なの?」


「それも怪しいな」


 総一は立ち上がろうとして、地面に残された大きな窪みに気づいた。


 表情から軽さが消える。


「薫、そこから動くな」


「どうしたの?」


 総一はしゃがみ込み、土の状態を確かめる。


 人間の足跡ではない。


 視線を先へ移すと、太い枝が途中から折れ、近くの木には深い傷が何本も刻まれていた。


「俺たち以外にも何かいる」


「何かって?」


「そこまでは分からない。ただ……」


 総一は立ち上がり、傷の高さを見上げた。


「俺よりずっとデカそうだ」


 直後、森の奥から腹の底まで震わせるような咆哮が響いた。


 木々に止まっていた鳥たちが一斉に飛び立つ。


 薫が総一の隣へ寄った。


「聞こえた?」


「嫌になるくらい、はっきりとね」


 総一は森の奥から目を逸らさない。


「最後の依頼が終わったと思ったら……今度は世界そのものが変わっちまったか」


 木々が大きく揺れた。


 太い幹の向こうで、人間とは比べものにならない巨大な影がゆっくりと立ち上がる。


 総一はその姿を見上げ、口元をわずかに歪めた。


「……どうやら、暇にはならなそうだな」

第1話を読んでいただき、ありがとうございました。


今回は、総一と薫の関係性、そして異世界へ転移するまでを描きました。


次回はいよいよ異世界での本格的な行動開始です。見たこともない魔物や人々との出会い、そして二人に待ち受ける運命が少しずつ動き始めます。


これから長い旅が始まりますので、少しでも「続きが気になる!」と思っていただけましたら、ブックマークや評価、感想をいただけると、とても励みになります!

次回もよろしくお願いします。

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