9話:聖女、赤点の危機!?
「え゙っ、中間テスト……?」
いつも通り授業を受けていた私は、先生が最後に放った言葉に衝撃を受けた。
「ね、ねぇ、カレン。中間テストって……?」
「え? もう、聞いてなかったの?」
最近は魔王討伐や断罪回避のシミュレーションに夢中で、授業が上の空だったかもしれない。カレンによると、6月中旬に中間テストがあるという。
「ええ!? あと2週間しかないじゃん!?」
「そうだよ。もー! 今更何言ってるの!」
そうだ、ここは学校だった……。
乙女ゲームの世界とはいえ、忠実に「学園生活」の設定を守る世界に歯噛みしつつ、2週間後のテストに向けて科目を整理する。
(国語は……日本語だから大丈夫。数学も前世で履修済み、問題なし。実技もレベル的に余裕。問題は……)
前世で一切予習していない科目に思いを巡らす。
(帝国語と歴史、そしてマナーだ……)
これらは一からの学習になる。特にマナーは、私の性格的に一番の苦手科目だった。
「カレン……お願い! ノート見せて! 代わりに魔法の実技教えるから……!」
「えー? しょうがないなぁ」
「ありがとう! カレン様!」
「もう、調子いいんだから」
来年のクラス替えで1組になりたい私は、ここで躓くわけにはいかない。私は休み時間のたびに、カレンに借りたノートを必死に書き写した。
*
範囲は分かった。問題は勉強方法だ。
マナーと語学といえば、一人心当たりがある。私はその人に泣きついた。
「リリア様! テスト対策に付き合ってください!」
「? もちろんよ」
聖書を読み解いたあの日から、同じ日本の記憶を持つ仲間として、リリアージュ様には愛称での呼び捨ても敬語の省略も許されていた。しかし、教えを請う今はあえての「リリア様」である。
「やったー! ありがとう!」
強力な講師にひしとしがみつく私。
「あ! でもリリアも自分の勉強があったら全然大丈夫だからね!」
多忙な彼女の時間を奪うのは忍びない。そう断りを入れると、彼女はにこっと微笑んだ。
「私は大丈夫よ」
「俺たちは家庭教師に一通り教わっているからね。学園の授業は復習みたいなものなんだ」
横からライオス様が補足する。なんでも公爵家の子息たちは入学前に全範囲を履修済みで、学園には将来の人脈作りに来ている面が大きいのだという。さすがエリート、格が違う。
「みんなでヴィリちゃんに勉強を教えてあげるっていうのはどう?」
ライオス様の提案に、リリア様も頷く。
「そうね。私も来られない日があるし……」
「いいんでしょうか! 是非お願いします!」
超豪華な講師陣を得た私の、2週間の猛勉強が始まった。
*
「うん、基本的には悪くないね。問題はやっぱり、帝国語と歴史かな」
実力試しのミニテストを見て、ライオス様が呟く。
「帝国語はいいとして……なんで歴史がこんなに壊滅的なの?」
「うっ……」
言いたいことは分かる。ここは聖女が興した国で、私はその聖女。普通は興味があるはずだ。しかし転移者の私は、子供でも知っている「建国物語」すら知らなかった。
「初代聖女様の名前も知らないなんて……今まで何をしていたの?」
「えっと……」
(裏山の『試練の間』でレベル上げを……)
なんて言えるはずもなく、私は縮こまった。
「まあまあ、伸び代ってことだよ!」
萌え袖を揺らすハルト様がフォローしてくれる。
「よし、今日は歴史から行こうか」
「……よろしくお願いします!」
*
生徒会室は、本来、王族と公爵家の人間の休憩用に用意された特別室だ。学園の運営に関わることもあるが、普段はなんとなく集まって話すサロンのような場所である。そのため、毎日人がいるとは限らない。
今日はジーク様が講師を請け負ってくれる手はずだった。
(マナーを見てもらおうかな。あ、でもジーク様なら実技のコツも……)
期待に胸を膨らませて扉を開けると――。
「……シルベール様?」
中に座っていたのは、銀髪の、あの「名乗らぬ人」だった。
(シルベール様……何考えてるか分からないから緊張するんだよね)
あの日以来、彼は何度か「ジーク様」の代わりに生徒会室に現れていた。相変わらず周りは彼をジークとして扱い、本人も最低限の返答しかしない。何を考えているか読めない彼に、私は少し苦手意識を持っていた。
「えっと……すみません、お一人ですか?」
「今日は他の者は都合がつかないそうだ」
「そうですか……」
(今日は帰って自習かな)
失礼します、と言いかけた時だった。
「昨日の内容はハルトから引き継いでいる」
「……え? シルベール様が教えてくださるんですか?」
「今日は俺の番だっただろう」
なんと、彼が講義をしてくれるという。少し気まずいが、成績には代えられない。私はありがたく教えを請うことにした。
(……え、分かりやすい。シルベール様、教えるの上手すぎ……!)
普段無口なのが嘘のように、彼の説明は的確だった。要点を端的にまとめ、私が少しでも詰まると、すぐに噛み砕いて説明し直してくれる。
カタカナばかりで覚えづらかった聖女の人名は、「こっちの方が馴染みがあるだろう」と、漢字を併記したメモまで作ってくれた。
(漢字なんてただの記号に見えるはずなのに、そんなことまで知ってるの……?)
その博識さと意外な配慮に驚く。
「うん、ここまでできれば問題ないだろう」
振り返りテストで満点を取った私の回答用紙を眺め、彼からお墨付きをもらった。
「ありがとうございました! すごく分かりやすかったです!」
感動を込めて感謝を伝え、寮に戻る。
コツを掴んで勉強が楽しくなってきた私は、その夜、カレンと共に最後の一踏ん張りを続けた。
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