25話:聖女の初陣⑤ 傷だらけの英雄
「失礼します」
ノックをして中に入ると、そこには案の定、独りで包帯を巻き直しているヴォルク様がいた。腕の傷が開いたのか、白い布がじわじわと赤く染まっている。
ヴォルク様は私の顔を見ると、驚いたように立ち上がった。
「貴方がいなければ死者が出ていただろう。傭兵隊に治癒を施してくれたこと、感謝する」
胸に手を当て、軍人らしく頭を下げる。
道中、彼が処置した患者を何人も見た。魔力消費を抑えつつも、跡が残らないよう実に丁寧に手当てされていた。隊員を救うために力を尽くし、自分の傷は最低限の止血だけで後回しにしたのだろう。
そのせいで、屈指の実力者であるはずの彼自身の腕の傷は塞がらないまま放置されていた。
「私も隊員ですから、当たり前のことをしたまでです。それより……」
私は滲みゆく赤い血を指さした。
「治療をさせてください」
「いや。聖女の手を煩わす訳にはいかない。疲れただろう、貴族隊の控室で休め」
(もう! なんで自分のことは大切にしてくれないの!)
後輩には徹底的に「無傷で戻る方法」を叩き込んだヴォルク様の戦い方は、まるで自分から傷を負いにいっているようだった。
それに、あえて「聖女」として扱う態度にもどこか突き放されたような距離を感じて胸がざわつく。
私は許可を得ることを諦め、ツカツカとヴォルク様に詰め寄った。そして戸惑う彼を無視して、その腕に直接触れる。
「おい……」
咎めるような声を無視し、高純度の回復魔法を流し込んだ。なんでもないように言っていたが、案外傷が深い。
「よし。次は背中です。脱いでください」
「……はっ!?」
「私たちを庇った時、背中で受けましたよね。残りの魔力的に服の上からでは厳しいので、脱いでください」
魔力回復薬は使い切ってしまった。直接触れられないのであれば魔力効率は落ちる。
「いや……止血は済んでいるから大丈夫だ」
「分かりました。ではこのまま全力を尽くします。魔力切れで倒れたら、帰りの馬車に詰め込んでくださいね」
背中に回り、回復魔法をかけようとしたところで
「……分かった!ちょっと待て!」
――観念した彼がゆっくりと上半身を露わにした。
(これは……)
息を呑んだ。背中には、最低限の止血だけを施した新しい爪痕が横たわっていた。だが、それ以上に私の目を奪ったのは、その周囲に広がる無数の古傷だった。
切り傷、刺し傷、火傷の跡まで新旧さまざまな傷跡が背中を埋め尽くしている。
「……なんで、攻撃を避けなかったんですか。ヴォルク様なら避けられたはずです」
私は震える手で、跡が残らないよう丁寧に処置を進める。
「……俺が避けたら、後ろに当たる。」
「せめて防御壁を張って……」
「防御壁は、剣が届かない範囲に張った」
「なんで、そんな無茶な戦い方を……」
「回復魔法も使えるし、致命傷は避けている。それに俺は……」
(『死に損ないだから』、なんて言わせない)
続く言葉を予感して、私は無理やり言葉を被せた。
「私たちには怪我をしない戦い方を叩き込んだじゃないですか!」
「それは……怪我をしたら、悲しむ者がいるだろう」
まるで自分にはそんな人はいないと言うような口ぶりに、胸が締め付けられる。
「ヴォルク様が怪我をしても悲しむ人はいます!それに、こんな大怪我、痛いじゃないですか……!」
水魔法では治しきれなかったであろう古い傷跡は、彼の捨て身の戦い方を物語っていた。私は痛みの歴史をなぞりながら、魔力を流し込んでいく。
「いいんだ、慣れている」
「慣れてるからって、痛くないわけじゃないです……!」
見える傷も見えない傷も、どれほどの痛みを、彼は独りで飲み込んできたのだろう。目に見える傷は治せても、心の傷までは癒せない。
なんだか涙が出てきた。泣きたいのはヴォルク様のはずなのに、悔しさと悲しさで、堪えきれなかった涙が決壊して頬を伝うのを止められなかった。
*
(そうか……俺は、痛かったのか)
呪いをかけられた日の孤独、人々からの恐怖に満ちた視線、仲間の代わりに受けて来た傷。感じないように封じてきた痛みに今更気付かされる。
魔力回復薬が貰えず死にかけた時も、治療しても無駄だと切り捨てられた時も。本当は痛かった。そして悲しかった。
ぽたっ…と背中に落ちる熱い雫を感じ振り返る。
「!?」
ヴィリアリナが泣いていた。
「魔力切れか!? どこか痛むのか!?」
やはり無理をさせてしまったかと慌てて問う。
「……すみません、大丈夫です。泣くのは私じゃないですよね。ただ……悔しくて……!」
彼女は腕でゴシゴシと目元をこすって顔を上げた。
「私、どんな呪いも怪我も治します。ヴォルク様を絶対に死なせませんから……!」
真っ赤な目で真っ直ぐこちらを見て宣言する彼女に、ドクンと心臓が跳ねる。
(なんだ……?)
違和感を感じて胸を抑えると、「痛みますか!?」とヴィリアリナが慌てて手を伸ばしてきた。胸に傷は負っていない。彼女の手を優しく制して、少しだけ目を逸らした。
「いや……問題ない。」
「では、背中の続きをしますね」
「ああ……ありがとう」
彼女は再び背中に回り、光を流し込んでいく。その温もりは、感覚が戻った身体にじんわりと広がっていった。
*
古傷のほとんどが癒え、残るはあと一つになった時、私の手が止まった。
(あれ? これは……アザ?)
右の腰の低い位置に、模様のような不思議なアザがあった。
そこへ手を触れようとした瞬間、ヴォルク様がそっとそのアザを隠すように手を重ねた。
「それは……そのままでいい」
「……? 治さなくていいんですか?」
「ああ。このままがいいんだ……」
どこか遠い日を愛おしむような、穏やかな声。
不思議に思いつつも、私は、そのアザだけを大切に残して魔法を解いた。
なんのあざなんでしょうね??
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