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その日は珍しく、茜と小春の二人揃って一番大きな寝殿までやって来ていた。

昨晩食事を摂っていた時に九条円佳 ―茜がここに迷い込んだときにも案内をしてくれた巫女たちの取りまとめ役だが― に声を掛けられ、明日のお昼に部屋まで来てほしいと呼び出されたのだった。


「ちょっと頼みたいことがあってね」という感じで特段何か悪いことがある空気ではなかったので、言葉通り何か頼みごとがあるのだろうと単純に考えてこうしてやって来たのだが。


「小春さん、今日の頼みごとってなんでしょうね」

「わたくしは一応予想しているのですが」

「えっ、気になります」


でも言ってくれないということは、何か理由があるのだろうと茜はそれ以上聞かないことにした。

それにこの国で暮らしている期間は小春の方が長い― というか茜がまだ短すぎるのだ。茜が知らないことを小春はたくさん知っているのかもしれない。


そうして寝殿の少し奥の方まで入っていくと、中庭に面した一室の前で円佳が座って待っていてくれた。

縁側に腰掛けてお茶を啜っている姿はなんとも絵になる様だった。


「あら、二人とも来てくれたのね。それじゃあ中に入って」


そう言って手招くと部屋の中には二人分の座布団が用意されていて、そこに腰を下ろすと円佳も同じく向かい合って座る。

他に同室者がいないように見える一人の部屋は質素で、生活に必要最低限のものしか置かれていない。


「今日は二人に頼みがあってね。今度の巫女舞のことなのだけど、二人にお願いできないかしら」

「えっと……舞、ですか?」


今度の?それは一体どういう話だろう。

確かに神社などで巫女舞が奉納されるという文化は聞いたことがあるが、ここでも似たようなことをするのか。そうやって少し悩んでいると小春が補足を入れてくれる。


「茜さん、この国では毎年お米がとれる時期に巫女舞を奉納する儀式があるのです。女神様の庇護下にある国ですので、五穀豊穣への感謝の意を伝えるための行事なのですが、その巫女舞を行うのは毎年選ばれた二人組なのですよ」

「小春さんの説明の通りで、今年は茜さんと小春さんにお願いしようと思っているの。もちろん練習には経験者が付き合うし、余裕をもって時間も取るから、どうかしら」


そうなのか、と思いながら隣にいる小春の方を窺うと、特に問題のないと言いたげだったので、茜にもそれを断る理由はなかった。


それに、小春と一緒に何かに取り組むというのも嬉しいことに思える。

行事ということは恐らく人前で舞を奉納するのだろうが、この国の少女たちが相手であればそこまでひどく緊張することもないだろう。


「はい、それじゃあやってみます」

「わたくしも、茜さんと一緒でしたらぜひ」

「二人とも快諾してもらえて嬉しいです。じゃあ今年は二人にお願いしますね」


そういえば、この場所に来てからこうして大きな行事に関わるのは初めてだなあと思う。

日々の暮らしはそこまで大きい変化もなく、誰かと出かけたり小さな行事を開くことはあるけど、里全体を巻き込んでやるような大きな話というのはなかった。

なので少し面白そうだなと思ったのだが。


(あれ……わたし、イベントごとなのに気後れしてない……?)


そこが自分でも意外だった。

何か行事がある時は一人になれなくて、周りからの刺激も強くて苦手だった。

学校の運動会や文化祭なんかはその典型例だと思っている。


だけど、今はこうして人が集まる場所で何かすることに抵抗を感じない自分がいる。

それは女神の国という場所がとても静かで、そこに暮らす少女たちも穏やかな子ばかりだから、なのかもしれない。


でもそれとは違う理由もあるのかもしれないと思って、茜はひとまず自分自身の観察を続けることにする。

そして並行しながら舞の練習が始まることになった。


舞の振り付け自体はそこまで難しいわけではなく、ただ単純に時間が長いので全部覚えるのには少し時間が掛かりそうに思えた。

小春はそうでもなさそうで終始落ち着き払って取り組んでいるのですごいなと思ったり。


教えてくれるのは以前舞を担当したことがある他の巫女たちで、茜が上手くいかないときでも焦らずゆっくりと指導してくれる。

こういう所にもこの国で暮らす人の性格が現れているようにみえる。

そんな周りの環境の支えもあって、茜の舞はゆっくりとだが確実に上達していった。


そして、その中でも茜のモチベーションになったのは小春の存在だった。

優雅な身のこなしで静かな舞の動きも様になっていて、そんな小春と肩を並べて堂々と舞えるようになりたいと思った。

すぐには出来ないけど、練習して最後には追い付きたい。そう思うと練習にも熱が入った。


それは先生役を含めた練習の時間の時もそうだし、自由時間に一人で空き部屋を借りて復習している時も。

小春の傍にいるならそれくらいの自分にならないと。そんな風に思う。


だから、夕餉の前に一人で練習を続けていた時、小春が不意に様子を見に来た時は頑張っているのを見られているようで少し恥ずかしかったりもした。もちろん嬉しいとも思ったけど。


「茜さん、とてもよく練習されていますね。でも少し休憩するのもどうでしょうか?」


そう言ってお茶を差し出してくれた小春は花も羨むよな可憐な笑みを浮かべていて、茜は思わずそれに見惚れそうになる。


「小春さん……その、すごく嬉しそうですね」

「ええ。茜さんと一緒に舞を奉納できるのです。わたくしはそれがとても嬉しいのです」

「わたしと、ですか?」

「そうです。茜さんと一緒に何かをすることが、今のわたくしにはとても嬉しいことなのです」

「実は、わたしもです。小春さんと同じことに取り組むのが楽しくて、それで一緒にやるなら小春さんに追いつけるくらい上手くなりたくて、こうして練習してるんです」


お茶を受け取って啜りながら、小春との会話を楽しむ。

好意を抱いている相手との会話ってこんなに楽しいものなのか、と茜は思う。


「そのこともすごく嬉しいです。茜さんがわたくしのことを考えてくださっていることが」


そう告げて微笑む小春。

その笑顔を見ていられることが茜にとっても喜ばしいことだった。


ただ、頭の片隅で全く別の思考も生まれていた。

小春にも気付かれないようにこっそりと静かに。


頭の中に浮かんでいるのはもちろん彼女のこと。

小春のことを考える度に、同じくらいの強さで彼女の存在が脳裏をよぎる。


その度に考えてしまう。

もし、元いた世界に戻ることができたら。そうしたら彼女はどんな風に思ってくれるのか、彼女とどんな風に関わりたいと思うのか、彼女の横に立つ人間としてどんな風に生きていけばいいのか。


そういうことを考えてしまう。

この国に迷い込んでから相当の時間が過ぎ、元いた世界のことを忘れかけてしまっている自分がいる。

だけど、心の中は決して小春一色で染まり切っているわけではなかった。

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