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怯える小春を抱きしめてあやした夜から、茜と小春の距離は以前よりも縮まった。
二人で一緒に散歩へ出かけることも増えたし、部屋で二人きりで過ごす時間も増えた。
そして何よりスキンシップも増えた。
茜が小春に勧められた書物を読んでいたら、隣にやって来て肩に頭を載せたり。
縁側で座っていたら後ろから抱き着かれてそのまま過ごしたり。
茜としては嫌ではないし、好意を抱いている相手と近い距離でいられて正直嬉しい。
自分の過去を打ち明けたこともあってか、小春の茜への信頼も増したようで、二人ともにとって良いことだった。
さて、そんな日常だが時々非日常もやって来る。
それが主に蓮華が提案してくるイベントごとだった。
そして今日二人が誘われたのは風景の写生をするという蓮華企画立案のこぢんまりとしたイベントだ。
蓮華は他の巫女たちとの付き合いも広く、ほぼ全員を相手にしてはその時々で何か面白いことを考えて誘うのが趣味らしく、今回は茜と小春がその相手になったというわけだ。
茜としても今までにやったことのないジャンルだったので面白そうだと快諾し、小春も気になったようで一緒に付いていくと言った。
そんなわけで今日のお出かけからの写生企画は茜と小春、蓮華と雪音といういつもの面々で行われることになった。
蓮華が荷物置きの蔵から持ち出してきた画用紙や下敷き、炭に水入れなんかを大きな風呂敷に入れて背負い、集合場所に現れたのは陽がだいぶ昇ってすっかり辺り一帯が明るくなった頃だった。
「ふたりともー、今日はお絵描きだよー!」
「蓮華さん、荷物たくさんありますね。わたしも持ちましょうか?」
「わたくしもお手伝いします」
「いやいや大丈夫! あたしは力持ちだから任せてよー!」
大きな荷物を背負っている様子は夜逃げでもするように見えてくるが、本人はいたって真剣だ。
そしてその後ろから現れた雪音も、元気のありあまった妹を微笑ましく見守る姉のような表情。
「蓮華は言い出すと聞かないんですよ。全部任せちゃいましょう」
「あー、雪音! 今あたしのこと子ども扱いしたなー!」
「実際蓮華はまだ子供ですよ。まあ私たちも年齢的には子供ですけどね」
「ふーんだ。じゃあ雪音の分は自分で持ってもらうもんね」
そう言って右手で持っていたもう一個の小さめの風呂敷を雪音に押し付けると、いざ出発というように蓮華が勢いよく拳を上げてみせた。
「それじゃあみんなで行ってみよー!」
「はーい」
雪音だけが気の抜けた返事を返し、茜と小春は静かに見ているだけという噛み合わない感じだったが、ひとまず出発である。
今日の行き先は里から西の山沿いのようで、茜は何度か行ったことのある道だったが、みんなで歩いていると中々違う感覚で歩ける。
蓮華は珍しそうな植物を見つけてすぐに飛びつき、雪音はそれを後ろから見守りつつ一緒に楽しむ。
小春はそんな様子を横から見て楽しそうにくすくすと笑っていた。
茜はそんな様子に自分でも知らぬ間に馴染みながら、小春と一緒になって二人を眺めていた。
そうしてふと思う。たくさんの人と一緒にいるのに辛くないと。
人がたくさんいるということは、それが込み合う雑踏だろうが教室の中だろうが苦痛であり、四人という少人数のように思われる数であっても茜にとっては大きいと思えた。
それゆえにこの行軍も元々の茜にとっては辛い側面が出てくるはずだった。
だけど、今はそうじゃない。
そもそも複数人で出掛けることがお誘いの時点でわかっていたはずなのに、それを承諾したのは他ならぬ自分だ。
ここが女神の国で、穏やかで優しい性格の少女しかいないからそう思えた?
でも蓮華は穏やかというよりは元気のある子だ。もちろん穏やかな部分だって根本にはあるのかもしれないが、表に見せている姿は活発という印象が強い。
つまりこれは自分以外の複数人と一緒にいても大丈夫という一つの実例ではなかろうか、と茜は思う。
でも、これを元の世界に適用してみたところで、じゃあ学校のクラスメイトと教室で一緒にいられるかと問われるとそれは耐えられないと思う。
「はい! 今日はここでお絵描きをしたいと思いますー!」
―そんなことを考えて歩いていたらいつの間にか目的地に着いていたらしく、蓮華の高らかな宣言で目の前の視界に意識を向ければそこは滝壺だった。
「蓮華さん、わたくしとてもよい場所だと思います」
「わーい! 小春ちゃんに褒めてもらえたー!」
「蓮華、私も良いと思うわよ。どうかしら、茜さん」
「ええ、わたしも素敵なところだと思います」
皆に褒められて鼻高々な蓮華はふふんと胸を張って誇らしげだ。
小さな滝壺の周りは苔の付いた岩々で囲まれていて実に絵になる光景であり、写生するにはおあつらえ向き。
そこで蓮華が風呂敷を広げれば、各々に道具を配って適当な石に腰掛けて画用紙に向かい始める。
茜も例に漏れず炭を手に取り、慣れないながらも水彩画の要領で筆を動かし始める。
そういえばこうして絵を描くという形で風景と向かい合うのは初めてかもしれない。
普段は綺麗な景色を眺めたり、五感で感じたりするだけで満足しているけど、もしかしたらそこに絵を描くことも加えるとより面白いのかも。描きながらそんな風に思う。
広がる風景を、目の前の自然たちを捉えて、それを自分というフィルターを通して絵に落とし込む。
筆を使うのは下手だから上手くは描けないけどそれでもいい。
そうしている時間は一人で何かと向き合って、でも同じようにしている人たちが隣にいるというのも心地良かった。
そうしていると時間が過ぎるのはあっという間だった。
ふと手を止めて左を見れば蓮華と雪音はまだ集中して描いている。じゃあ邪魔をしないようにと今度は右を向いたのだが―
小春と目が合った。
よく見ると小春は身体ごと茜の方に向けていて、手は筆を動かす途中でぴたりと止まっている。
そこで二人とも固まる。
つまるところ小春は茜の横顔を描いていたことを認識するまでに時間が掛かっている茜と、それに気付かれたことに気まずくなって思考が止まった小春。
お互いの瞳を見つめ合ったまま時間が過ぎる。
何秒か、何十秒か過ぎたところで先に口を開いたのは茜だった。
「えっと……小春さん」
「は、はい」
「絵、見せてもらっていいですか」
彼女の了承を待たずに小春の手元を覗き込むと、そこに描かれていたのはやはり少女と思しき人物の横顔だった。
そして茜にはそれはとても丁寧に描かれているように思えた。
「小春さん」
「はい、ええと、その……勝手に描いてしまいすいません」
「謝らなくていいです。綺麗に描いてもらえて嬉しいです」
「えっ……?」
小春はぱっと目を開いて驚いた。
自分が勝手に茜を描いてしまったことのは事実で、綺麗だから描きたいと思ったその気持ちを我慢できなくて、それはよくなかっただろうと思っていたから。
「わたし、小春さんに描きたいって思ってもらえて嬉しいんです。小春さんがわたしのことをそれくらい好いてくれていて」
「茜さん……んっ」
その言葉と一緒に小春の髪を撫でる。
小春はその手を受け入れると、心地よさそうに目を閉じてみせた。
頭を撫でる茜も嬉しそうに微笑んでいて。
二人の睦み合いはその後もしばらく続くのだった。




