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1st Summer Vacation ~ネルランドの海より~ 1

1話が終わったけどロボットと悪役令嬢ばかりで原作ゲームの主人公を全然出せてねぇ~!って気付いたので掘り下げなきゃ(使命感)って思いで書いた

 夏だ!


 海だ!!


 汗まみれで機械いじりをする男たちだ!!!


感想(レビュー):最後、何やら夏には相応しくないものが出てきませんでしたか?》


 俺の頭の中で話しかけてきたのはドライコイン。俺の魂の故郷、地球で契約させられたよく分からんロボットのAIだ。


 ドライコインの野暮は無視し、夏休みを迎えた俺たちは、俺の取り巻き令嬢の一人、カタリナ・フォン・ネルランド辺境伯令嬢の故郷へと遊びに来ていた。


 お察しの通り、ネルランド領は海に面している。一方で俺の肉体、マリア・フォン・ゴルディナーの故郷は完全な内陸地だ。なのでゴルディナー領は、昔からネルランド領から海産物を大量に購入しているお得意様というわけだ。


 同時に、辺境伯の言葉が表す通り、ここ、ネルランド領は隣国との国境地帯でもある。自衛手段としても騎乗士(キャバリエ)の、しいては金属の使用頻度が高く、ネルランド領はゴルディナー領から金属を大量に購入しているという関係だった。


 騎乗士、というのはこの世界で使われているロボットの名前だ。


広告(アピール):詳しくは、1話の『主人公は悪役令嬢にあり』をご参照ください》


 誰に言ってんのお前。あと原作ゲームの1話ってそんなタイトルだったっけ?


返答(アンサー):当機都合の話ですので、お気になさらないでください》


 そして、俺は赤いビキニに身を包み、ビーチパラソルの下でビーチチェアに寝ころんでいた。


 あ、俺、悪役令嬢の身体を乗っ取ってるからビキニを着てても大丈夫だよ。40過ぎの加齢臭に悩むオッサンじゃなくて15歳のピチピチ美少女だから!


 ピッチピチの美少女だから!!


《感想:この世界ではビキニ環礁で核実験など行われていないのに、何故ビキニをビキニというのでしょうか》


 ……ゲームディレクターの俺にだって、分からないことくらい、ある。


確信(シュア):つまり何も考えていなかったということですね》


 そうとも言う。そうとしか言わない。


 サングラスを持ち上げて海を見れば、カタリナ嬢と、もう1人の取り巻き令嬢、リリーナ・フォン・クリスタリア侯爵令嬢が水をかけあって遊んでいる。


 さらにその遠くでは、この世界の元となったゲーム、『騎乗士の胸で抱きしめて』の主人公、アリス・アレスが水上バイクで海面を爆走していた。


 カタリナ嬢とリリーナ嬢は普通のセパレート水着だが、アリスの水着はワンピース型だった。


 紺色の。


 胸に白い布地を縫い付けて。


 白布にひらがなで『あれす』と名前を書いた。


 ちなみにこの国、リントヴルム王国の公用語はドイツ語を主軸としたヨーロッパ言語の混成だ。日本語は断じて使われていない。俺を除き、日本語を知るものもこの場にいないので、それを見た皆は、可愛い模様としか思っていなかった。


 予約特典で描かれたイラスト、それと同じ姿だった。原作ゲームでも夏になると水着イベントがあるのだが、その時は普通の水着だったりする。実は、ゲーム内で主人公がスク水を着ることはなかったのだ。


「……マリア。あれは、なんだ?」


 俺の隣から話しかけてきた金髪イケメン海パン野郎は、リギア・リントブルム第一王子。俺の婚約者だ。


 本当の名前を、デルタ・レムナントという。リギアが既に死んでいることを隠すため、身代わりとなった元傭兵見習い。


 ……はい、そうです。婚約者のままです。


 ―――結局、デルタ様からの婚約を断り切れませんでしたわね。


 そして脳内で話しかけてきたもう一人が、俺が乗っ取った肉体の本来の持ち主、マリア・フォン・ゴルディナーご本人様だ。原作ゲームではどんなルートをたどっても、必ずリギア、つまりデルタに婚約破棄される。されるはずだったのだが……。


 どうしてこうなった?


《返答:マスターのガバガバチャートと困った時のその場しのぎが原因かと》


 クソァ!


「なぁ、マリア」


 あ、やはり気になっちゃう? そうだよね、この王国はおろか、恐らく世界に一つしかないものだからね。


「あの海上を走っている妙な機械は。あれも騎乗士なのか?」


 あっぶねー!! 思わず「スク水ですわ」って答えるところだった! さっきまでスク水のこと考えてたからな……。言ってないからセーフ、セーフです。


《感想:あの水着を作った時点でアウトでは》


 ―――なんだか恐ろしいほどに似合ってるとは思いますが、15歳にアレを着せるのはアウトですわね。


 うるせえ俺が主審だ。


「水上バイク、とわたくしたちは呼んでいますわ。あれ自体は騎乗士ではないのですけれど、水上バイクに使っている技術を騎乗士に組み込むため、ああやってデータ集めをしておりますの」


 そう、俺たちは遊びに来たわけではない。


 ―――ついさっき自分で遊びに来ていたっておっしゃってませんでした?


 ……お、俺たちは遊びに来た()()ではない。


 視界に入れないようにしていた、騎乗士を整備している男たち。そして海上に駐留しているのは、ゴルディナー家の輸送艦、大食(ファレファイ)蜂鳥(コォリヴリ)だ。


 俺たちは、夏休みを利用して騎乗士の海中・海上動作検証に来ているのだ。


《感想:フルーツジュースを飲みながら言っても、全く説得力がありませんね》


 今、俺たちにできることは何もないからなぁ。水上バイクも、本来はアリスだけに任せる予定だったんで、1台分しか用意していない。


 取り巻き令嬢の2人には交代で使ってもいいとは伝えたが、アリスが猛スピードで海上を爆走している姿を見て、顔を青くして絶対に乗らないと言われてしまった。


 ……超高速戦闘に順応できるゲーム主人公のスペックがあるのを前提に作ったからな。一般人に使わせるのは酷か。


「……ところでリギア様、暑くありませんの? こちらのパラソルの影に入られては?」


 パラソルの影、俺が寝転ぶ隣のビーチチェアにリギアが腰掛けた。


「随分と来られるのが遅かったですわね。普通は男の方がはやく準備が終わると思うのですが」


「肩身が狭いんだよ。分かってくれ」


 ちなみにだが、第一王子一派、つまりリギアの普段の取り巻き子息たちはこちらには来ていない。


 ニオス・マリウスを除く貴族3人、つまり三馬鹿には俺が開発した騎乗士、薔薇獅子(ローズ・ローヴェ)の2号機を預けている。新型騎乗士、正確には薔薇獅子の量産試作型の開発を任せているからだ。


 機体は1機しかないので、正確には2号機をリギアの親衛隊に預け、そこに3人が通い詰めているという形になっている。


 余ったニオスだが、原作ゲーム中では、夏休みはマリウス教の総本山に呼ばれて里帰りをしているはず。なので俺たちの方にも、三馬鹿の方にも参加出来ない。


「あら、リギア様はわたくしたちと共に来るより、あの3人と騎乗士の開発をしたかったですか? 水着姿の婚約者がいる海に来るよりも? 5年も放っておいた婚約者をまた放り出して?」


 身体を起こし、見せつけるように腕を組んで胸を持ち上げてやれば、ちらちらと視線を感じる。


 ―――まぁ、男性の視線は分かりやすいですわよね。


《感想:ミス・マリアの肢体は豊満ですからね。15歳の平均基準を大幅に上回っています。ミス・アリスと比べると彼女が酷なくらいに》


 ああ、あの当時はスレンダーなヒロインが流行ってたからなぁ。一方、ライバルキャラはその逆が主流だった。マリアがボンキュッボンなのはそのためだ。


 15歳の少年は、そんなわけないだろ、と、どもりつつも反論し、顔を赤らめ、


「その、なんだ……。まぁ、……よく似合ってる」


 女性の水着姿を褒める童貞を、自分の婚約者で捨てることが出来た。


 そして、ニンマリ、と。リギアは、聞こえるはずもない心の声が聞こえた気がした。


「あらあらリギア様、そのように離れたところからではよく見えないでしょう。ほら、もっと近付いてくださいまし」


「い、いや待て。俺は目には自信があるんだ。だから全然大丈夫だ。それにこの暑さだし、あまりベタベタとくっつくものではないだろう」


「あら、それほどに目に御自信があられるのですか。……ところで、先ほどからすこし、水着のおさまりが悪いんですの」


 肩紐に軽く指をかける。リギアの視線が紐へと向かう。


「それほどに目がよろしいのでしたら、整える間に、少し、」


 指を少しずつ下へと下ろす。リギアの目は、テンションのかかった肩紐を見ている。


()()()しまうかもしれませんわね」


 そしてカップ間際まで指が到達し、指先が軟肉に入り込む。食い入るような視線。指先が少しずつカップをずらし、布地がその頂点を隠し切れない場所まで動こうとし、


 あ、という言葉で、俺の後ろを見た。


 つられて、俺も後ろを見た。


「あ」


 そこには眉を逆立て、両手を腰に当てたカタリナ嬢が仁王立ちをしており、


「マリア様、エッチなのはいけないと思います」


 更に後ろ、両手を合わせて申し訳なさそうに頭を下げるリリーナ嬢の姿もあった。


   ●


 俺は被害者なのではという表情のリギアと共に、カタリナから婚前交渉なにするものぞと説教を受けることになってしまった。


 その後ネルランド辺境伯と共に夕食を取り、今はパジャマパーティーへと移行している。


 4人で。なのでリギアは抜きで。


 というより同じ部屋に4人で寝泊まりするので、寝る準備をしてそのままおしゃべりに興じているだけだ。


 俺以外の3人は色違いの、お揃いのパジャマ姿。俺だけは自分で用意したネグリジェだ。


 ……これは別に、俺だけハブられているというわけではない。


 俺が決闘の準備をしている最中、他の3人は夏休みのお泊まり会の準備をしていたのだ。そこで4人分のお揃いのパジャマを買ってきた。……買ってきたのだが、俺にはサイズが小さくて入らなかったのだ。主に胸が。特に胸が。


 逆にアリスには少し大きかったらしく、袖口からは指先だけが覗く状態になっている。


 そして、アリスがその指先からピンと音が立つように右手を上げた。重力でずり落ち、手首までが露出する。


「はい、ゴルディナー様。あたし、聞きたいことが3つあります」


 アリスには、分からないことがあれば何でも聞いていいと言い含めてある。貴族の習慣に疎いので、変な勘違いを拗らせるのを防ぐためだ。それに、質問に答えることで、俺たちに受け入れられていると思わせるのも狙っている。


「あら、なんでしょう?」


「お昼に整備士の方たちがいたじゃないですか。あの人たちはどうしてるんです? お屋敷には来ていないみたいですけど」


「ああ、彼らは蜂鳥(コォリヴリ)、一緒に来た(ふね)に居住スペースがありますので、そちらで休まれますわ」


「それと、我が家の整備士と意見交換を希望されましたので。こちらとしても望外の申し出ですし、輸送艦(向こう)で交流会を開いています。人数も多いのと、機体を実際に確認しながらの方が話も弾むでしょう。となると、我が家に招くのは逆に不便ですね」


 と、俺の言葉にカタリナが補足を入れた。


「あ、そうだったんですね。水上バイクの感想をお伝えしたかったんですけど」


「それは明朝でもいいですわ。先にネルランドで培われた知識を得た方が妙案も浮かぶでしょうし。この話はこれで大丈夫かしら?」


「はい、ありがとうございます! 次は、そのー、質問とはちょっと違うんですけど、髪を下したゴルディナー様は、なんだか新鮮だなって」


 この情報を伝えるのは随分と久々な気もするが、マリアの普段の髪型は、それは立派な縦ロールを形作っている。


「そういえば初めて見せますわね。基本的に毎朝セットして、寝る前、お風呂に入った際に戻していますし」


「私たちも初めて見ますわ」


「この御姿が見られただけでも、お泊りいただいた甲斐がありました……!」


 そしてやいのやいのと髪について語り合う。やれあの髪型は似合うのではないか、やれ試してみてはどうだと。


 そこから話は普及する。三馬鹿に頭を丸めさせるべきだったのではないかと、すると三馬鹿の許嫁を敵に回すことになるぞと続き、


「婚約者と言えば、皆様には候補はおられますの?」


 という俺の質問で、一瞬だが空気が止まった。俺の知る限り、リリーナ嬢にも、カタリナ嬢にも婚約者はいない。アリスについては言わずもがなだ。


 3人が視線で戦い、自然と2対1となり、その視線に音を上げた一人目が最初に白状した。


「あたしは平民ですし、そんな話は何もないですよ」


 というアリスの返答に、


「平民だからというのは理由になりませんわよ?」


 と、リリーナと、


「故郷に結婚を約束した殿方などおられませんの?」


 カタリナが逃げを封じようとする。


「いえいえ全然。田舎ですし、若い男はみんな出稼ぎに出ちゃってるんで、誰も残ってないですよ」


「では、学園では? どなたか気になる方はおられませんの?」


 と、俺からの問いにアリスが考え込んだ。何だかんだで乙女ゲームの主人公だ。本来の攻略対象の5人か。あるいはそれ以外に、誰か気になる相手がいるかもしれない。


 マリア陣営に取り込んでいるとは言え、異性との接触がないわけではない。特に騎乗士(キャバリエ)の訓練では、男と接する機会も多い。


 さすがにリギアの名(ボスの婚約者)が出てくることはないだろう。決闘の後、学園全体を巻き込んだ王国最大の痴話喧嘩などと揶揄され、逆に二人の仲は深まったともっぱらの噂だ。この噂を積極的に流したのはリギアの取り巻きの4人ではあるが。


 そして、「あ」という言葉に、3人がアリスを注視する。それに少し怯みつつも、


「その、恋愛とは違うんですけど、ニオス様はちょっと気になることがありますね」


「ほう、ニオスさんですか」


「恋愛とは違うんですけどね」


「そうですわね。恋愛とは違うという訳ですわね」


「さあさあ、是非とも続けてください」


「それで、ニオスさんの何が気にい、……なっておりますの?」


 本当に違うんですけど、という言葉の後に、


「ニオスさんって、可愛すぎません?」


「「「それは分かります」わ」」


「身長も低い方ですしね。アレスさんとも大差ありませんし」


 ちなみにだが、アリスは女子の中でも特に身に背が低い。リリーナとカタリナは平均的で、俺ことマリアは女子の中でもかなりの高身長だ。さすがにリギア達には負けるが。


「他の四名は特に背が高い方々ばかりですし、五人が一緒にいると余計に際立ちますよね」


「お顔も整っておりますし、女子制服を着せても違和感がなさそうだなーって思ってます」


「はっ、しまったですわ! 決闘に勝った時、あの5人に女装をさせるべきでしたわ!」


 ボウズにするより禍根は残らないし、女装写真を取引材料にあいつらの婚約者とコネを作ることもできたかもしれない。


「そ、それですわ!」


「ボウズ頭にしている場合ではありません!」


 アリスの追撃はまだ続く。


「女装は置いときまして。変声期がまだなのか、声も高いですよね」


 ニオスの担当、女性声優だったからなぁ。


 なお、ニオス攻略ルートに入ると女装イベントがある。


 その時に1作目から汚物を出すのはどうなのか、という社内意見が出てきたので女顔になったのだ。


 そして攻略対象達の中で、ニオスだけ女性が声を当てているのはその流れが原因だった。


 アリスと身長が近いのも、女装はゲーム主人公の制服を着るための、つじつま合わせのせいである。


「それと」


「「「それと?」」」


 そして、15歳の令嬢たちにとっては巨大な爆弾が投下された。


「まだチ○毛も生えてないと思ってます」


「「「きゃ~~~!」」」


 おおおいドライコイン! 規制音! ピー音入ってない!


返答(アンサー):当機といえど現実の会話にまでは介入できません。一応ですが、()()()()の方は伏字を入れておきます》


「ところで、男性も陰毛を剃られておりますの?」


 と、これはリリーナ嬢。


 念のため補足しておくが、ここはヨーロッパだ。なので基本的に陰毛まで剃るのがマナーとされる。当然ながら俺もツルッツルだし、先ほど4人でお風呂に入った時、他の3人もツルッツルなのを確認している。


 いや、これは性的な意味ではなく、淑女の嗜みとしてアリスがきちんと処理をしているかの確認のためにですね、


 ―――下手に言い訳すると余計怪しく見えますわよ。


 はい。すいません。


「子供の頃、お父さんとお風呂に入った時は()()()()でしたね。と言ってもお父さんも平民なので、貴族の方までは分かりませんけど。皆さんはどうなんですか?」


「どう、と言われましても……」とリリーナ。


「父とお風呂に入ったことなどありませんし」とカタリナ。


「貴族の令嬢は殆どが、父親とお風呂に入ることはないでしょうしね」と最後に俺。


 当然だが誰も分からない。いや、設定の上では剃っているはずなのだが、それをこの場でいう訳にもいかない。


 するとアリスが、


「となると……、殿下に聞くしか?」


「リギア様に?」


「はい、殿下に」


「毛の話を?」


「毛の話を」


「……誰が?」


「それはもちろん、ゴルディナー様が」


「わたくしが?」


 考え込んでいると、


「マリア様、殿下の寝込みを襲って確認しようなどとはしないでくださいね」


 と、カタリナに釘を刺された。


 吐息を一つ。


「……何の話でしたっけ?」


「男性のチ○毛の」


「もっと! もっと戻ってくださいましアレスさん!」


「えっと、私たちに婚約者はいないのかという話です!」


「あ、そうでした。えーと、あたしは話したので、次はクリスタリア様かネルランド様ですね」


「「しまった薮蛇……!」」


「そうですわね。それで、お二人の方はどうなんですの?」


 残る2人がにらみ合い、リリーナの方が先に根負けした。


「私の方は何も」


 と言った後、リリーナは続けて、


「……ところでマリア様、これから弟君が増えるご予定はありませんか?」


「想定外のボールを投げてきましたわね!?」


「ほら、マリア様は王家に嫁入りなさいますでしょう? とすると、跡取りをどうするのかという問題もありますし」


「そちらは従弟(いとこ)を養子に取る、という方向で話が進んではいますが」


「では、その方をご紹介していただけませんか?」


「相手は決まっていないはずですが。……たしか、まだ8つですわよ?」


「むしろその方がっ! ……コホン、その程度の年齢差なら、私は全然問題ありませんわ」


 握りしめた拳は、咳払いでごまかされた。さらに笑顔だ。それはそれは見事な、心からの笑顔だった。


 ちなみにだが、この国での社交界デビューは12歳になってからだ。なので、従弟はまだ公の場に出たことがない。


「ま、待て。リリーナだけズルいぞ!」


「いいじゃない。ネルランド家は大きな取引があるのだから。我が家はネルランド領と隣接しているだけで、ゴルディナー家とは交流が少ないんですもの。……それに、カタリナはオジサマが出している条件があるから、難しいでしょ?」


「リ、リリーナ!」


「条件、ですか。ゴルディナー様は知っています?」


「いえ、わたくしも聞いたことがありませんわ。聞いてもよろしいのかしら」


「ええ、もちろん大丈夫ですわ。オジサマ……、辺境伯様が広めているお話ですし」


 そしてリリーナが話し出すと、いたたまれないのか、カタリナは顔を両手で隠してしまった。



「ネルランドのおてんば人魚(ユングフラウ)、ってご存知ですか?」



 揃って首を横に振れば、居住いを正したリリーナが、続きを口にする。


「ネルランド辺境伯の御令嬢は、物心ついた頃から海で遊んでおりましたの。それはもう、身体中が日に焼けるくらいに。10を数えるころには、大の大人よりも泳ぎが達者なくらいに」


 そう言われてカタリナの姿を見るが、目に見える肌はシミ一つない白色だ。


 俺の視線に気付いたのだろう。カタリナの口から、


「い、今はそんなこと全然ありませんよ。日焼け止めも欠かさず使っていますし」


 と言葉が返って来た。それを聞いたリリーナは、


「それもマリア様のおかげですわ」


「え、わたくしの?」


 マリアの記憶をたどっても、何かした覚えは全くないのだが。


「ええ。社交界よりもずいぶん前、取引の会合の際に、カタリナをゴルディナー家に連れていったらしいんですの」


 それを聞いて思い出した。相当に子供の頃の話だ。確かに昔、健康的に日に焼けた少女が家に来た覚えがある。


「そこで、お人形のように可愛いお姫様がいたと、帰って来たカタリナは、それはもう興奮した様子で私に話してくれましたわ。さらには、私もあんなふうになりたいとカタリナは言い出しまして」


 話題の中心であるカタリナを見れば、枕に顔を突っ伏していた。耳までもが赤く染まっている。


「そして12歳で社交界デビューするまでに、髪を伸ばし、佇まいを身につけ、肌もすっかり色白になりまして、深窓の令嬢っぽく見えるようになったんですの」


「『ぽく』って言うなぁ!」


 あ、顔を上げた。


「ごめんなさい、カタリナさん。そんな昔にも会っていたなんて。わたくし、今まで思い出せておりませんでしたわ」


「あ、いえ、どちらかと言うと、そのままずっと思い出さずにいて欲しかったといいますか……」


「あの、思い出話をしている途中で申し訳ないんですけど、」


 と、アリスが小さく手を上げながら聞いてきた。


「そのお話と、ネルランド様が婚約できないのと、どう繋がるんでしょうか?」


「ああ、そうですわね。肌は白く戻っても、泳ぎの上手さまでは戻りません。というか以前にも増して早くなっていきました。そして、美しく成長したカタリナの元にも縁談がいくつもやってきます。ですが、目に入れてもいたくないほど娘を溺愛していた辺境伯様は」


 その言葉を、当のカタリナが引き継いだ。


「私に海で勝ったら婚約を認める、と、父が言い出してしまって……」


「それで、どうなりましたの?」


「……カタリナは、圧倒的な大差で勝利を収めました。それはもう、再戦しても勝ちの目がないとはっきりわかるくらいに。誰もが挑むのを諦めるくらいに」



 あぁー。



「し、仕方がなかったのです! 同世代の男性と一緒に泳げる機会など初めてで、嬉しくてつい本気で泳いでしまって」


「3倍くらい差がついてましたわよ」


「そんなに」


「……水上バイクとネルランド様、どっちが速いですかね」


 アリスの呟きにカタリナはしばし考えこみ、


「……さすがに機械には負けます」


「カタリナ、貴女、本気で勝てるかどうか吟味しましたわよね。ともあれ、こう言われるようになったのです。ネルランドのおてんば人魚は、海で負けた相手にしか嫁がない、と」


「と、とにかく! この話はこれで終わり! 終わりです!」


 というカタリナの大声で中断させられた。


「アレスさん! 聞きたいことは3つあるっていってたわよね? さぁ、3つ目をどうぞ!」


「えーっと、いいんです?」


 と俺の顔色をうかがってきたので、頷いておいた。


「では3つ目なんですが、」


 そう言ったアリスは、俺の姿を上から下まで観察し、



「ゴルディナー様の寝間着、エッチ過ぎると思います」



 令嬢2人も、揃って強く頷いた。

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