敵は公爵令嬢にあり?・改 7
空へ飛び立てば、さっそく上からリギアが剣を振り下ろしてきた。
良い判断だ。普通にやっては薔薇獅子の装甲を切り裂くことは出来ないが、重力を味方にすればそれだけで威力が上がる。
まぁ、全然届かない位置で振り下ろそうとしたので、毎度の如くこちらも前に出て剣で受け止める羽目になったのだが。
2つの騎乗士で、歪なS字の形になって切り結ぶ。だが拮抗は一瞬だ。お互いにO字軌道で再接近し、今度は上下逆に剣を交える。
時には上下から、時には左右からと繰り返しながら、少しずつ高度を上昇させていく。
リギアは前進も後退も思いのままだが、それでも速度を載せた方が威力が上がる。
一方で、こちらは後退は不得手。正しくは、背部バーニアにより前進が得意と言うべきか。加えて、全身に配置したアポジキックモーターにより、細かい位置取りの調整が効くのが強みだ。
―――あぽじきっく……なんたらって何ですの? バーニアは分かりますが。船を前に進ませるのに使う、あのカップのような形状のものでしょう?
良い質問だ悪役令嬢! 乙ポイントを1点あげよう!
―――しまったぁー! 余計なこと訊くもんじゃありませんでしたわ!
えんがちょみたいな扱いだなオイ。
ともかく、アポジキックモーターというのは、空中での位置制御に使用される小型のバーニアだと思えばいい。
《訂正提案:当機のライブラリによれば、アポジという言葉は、宇宙空間上の物体軌道に関する専門用語ですので、用法としては不適切ではあります》
俺らの世界だとそういう意味なんだよ!
《感想:というか当機が折角手伝っている最中なのに、ふざけるのはおやめください》
ふざけてなくて真面目100%なんだが。なんだが。
―――あの、ところでもう一つ気になったのですが……、ひょっとして殿下、武器の扱いがお得意ではない……?
あー、さすがにこれだけ当て合えば気付くよなぁ……。
―――それはまぁ、先ほどからわたくしたちの方から当てに行ってますし。
そうなのだ。これが、ヴァイトが負けながらも俺に忠告していたこと。ヴァイトが負けを認めようとしなかった理由。
リギア・リントヴルムは、武器の扱いが恐ろしく下手なのである。得意ではないどころではない。ド下手なのだ。
剣を振るえば当たらない。明らかに届かない位置から振り下ろしたり、あるいは近過ぎる位置で使う。
盾を構えれば芯で受け止めたり受け流したりすることが出来ない。角に当てて跳ね上げてしまったり、受け損ねて手から落とす。
銃を撃てば数撃っても当たらない。狙った的の隣にある的に当たることすらある。
天は二物を与えないのだ。リギアは極めて高い身体能力を誇り、騎乗士を手足のように操り、さらには空を飛べる。それらの才能の代償に、高過ぎる身体能力が仇となり、自身の手足ではない武器となると、全く扱えなくなる。そういう欠陥を抱えている。
そして貴族の戦いにおいて、基本的には武器を落とした時点で負けとなる。素手で戦うのは貴族的ではないからだ。
このことを知っているのはごく一部で、三馬鹿以外だと第一王子の親衛隊くらいだ。
なので、三馬鹿はリギアにだけは戦わせたくなかった。戦えばボロが出てしまうのは分かり切っていたから。
《感想:ですがリギア・リントヴルムがそういう特徴を持っているのは、そういう設定を作ったマスターが原因ですよね》
それについては大変申し訳ございません。
なのでフォローのためにこっちから剣を合わせに行ってるんだよ! 毎回剣を取り落とさないか冷や冷やもんだ。
下手すると剣を振り下ろした表紙に地面を叩いて剣が跳ね返って自分の機体に突き刺さって「私の負けだ」とか言い出すぞ! コントか!?
さて、高さはこれくらいのものでいいだろう。
十分に地上、すなわち俺たちの機体外会話が競技場から聞こえなくても不自然ではなくなるほど離れた高度で、さらにある通信回線を起動した。
ノイズ音が一瞬だけ鳴り、
『こんな時に誰だ、おやっさんか!?』
通信回線から、リギアのいら立った声が聞こえてきた。
『わたくしですわ、殿下』
『な―――!』
その言葉を言うと同時、リギアの動きが明らかに悪くなった。動揺が機体に伝わり、飛行能力を維持できなくなっている。こうなることは予想していた。一気に近付き、首を掴んで墜落を阻止する。
『何故、この回線を知っている!?』
リギアが驚くのも無理はない。この回線は、リギアとリギアの親衛隊だけで用いられる専用秘匿回線だからだ。他の回線が周波数を合わせるだけで使えるのと違い、この回線は周波数に加えパスワードも一致していなければ接続できない。
地上からは十分に離れていて、距離だけを見れば他の連中に話を聞かれる危険はない。だが、もしリギアが地上の取り巻きと通信状態にあると不味い。
だが、この回線を使えばそのリスクも消すことが出来る。こいつはリギアとその親衛隊たちが、他の連中に聞かれては困る話をする時のために用意されたものだからだ。
地上で使えなかったのは、戦闘中の二人がそろって無言になったように見えるのを避けるためだ。外部スピーカーを入れたままでは秘密の会話もなにもないからな。
『それはもちろん、わたくしが殿下の秘密を知っているからですわ。この回線でなければお話しできないことを。殿下と二人きりでなければならないことをねえ、リギア・リントブルム第一王子。……いえ、』
そして、国内最大の不祥事。その極一部にして、存在自体を抹消された者の名を告げた。
『デルタ・レムナント。レムナント傭兵団の、元見習いさん?』
通信相手、リギア・リントブルムの本当の名を。
これだけは、絶対に学園の連中には知られてはいけない。当然、王子の取り巻きの4人についてもだ。
だから、あの4人とリギアを引き離す必要があった。単に離すだけではだめだ。他に聞いている人間がいないという状況も必要だった。
そのために、誰も聞こえない空へと飛んで、誰も聞こえない専用秘匿回線が使える騎乗士にリギアが乗っている状況が必要だったのだ。
これが、決闘が必要だった最後の理由。リギアと二人だけで話をしたいと、他の誰にも知られずに伝える手段。
『これ以上は、空で話す内容ではありませんわね。それでは殿下』
機体の浮力をオフにする。自動発生する浮力もカット。赤を上に、白を下に。重力に身を任せ、地上へと近付いていく。
『また後ほど、お会いに伺いますわ』
機械が、そして大地が砕ける音が競技場を満たし、
『―――勝者、マリア・フォン・ゴルディナー!!』
決闘の決着を告げる放送が、それらの音に負けじと大音量で流された。
●
観客席から白い紙吹雪が大量に飛び出てくる。あんな演出まで用意されていたとは……。ひょっとして、親父の仕込みだろうか。
《否定:あれは紙吹雪ではなく賭博の投票券です》
は?
《感想:当機が観客の様子を観測したところ、9割超が王子一派に賭けている模様》
クッソ! 賭けをやってると知っていたら俺も俺に賭けていたのに!!
―――ド醜聞ですわよーーー!?
言いたいことは分かるがな、薔薇獅子の開発で金を使い過ぎたんでちょっとでも回収しておきたいんだよ。
―――回収するにしても相手は選んでくださいまし! わたくしが稼いでいたら評判はドン底ですわよ!
ここで余計に悪評を立てると、三馬鹿から俺のせいで噂の撤回が出来なくなったとか言われかねない、か……。怪我の功名ということにしておこう。
―――それはともかく。
うん?
―――レムナント傭兵団。第一王子親衛隊の前身となる組織ですわよね。ではやはり、本物のリギア様は既に……。
あー、うん。まぁ、その、はい……。そういうことです。すいません。
―――やけに口ごもるんですわね。
いや、だってなぁ。さすがの俺も「お前は確実に婚約破棄されるけど、実はその婚約者も既に死んでいてそのことを隠すために別人が成りすましてまーす!」なんて笑っては言えないでしょ……。
俺にも人の心はあるんだし。
《感想:そもそも、その設定もマスターが作ったものですよね》
俺にも人の心はあるんだし!
いや待って、言い訳させて。俺が作った時の、初期プロットにはこの設定なかったの。でも作っていく中で王子に親衛隊がいた方が都合がいいって場面がいくつもあって、シナリオライターから「どうします? 本物のリギアは死なせちゃいます?」って提案があって他に妙案も浮かばなくて可決されちゃったの!
俺は悪くねえ! あいつらがやれって言ったんだ! 俺は悪くねえ! 俺は悪くねえ!!
《感想:み、見苦しい……!》
―――正直、誰のせいでもいいですわ。それで今の状態が変わるわけでも無いのですし。
《感想:意外です。ミス・マリアは思い人が故人であると聞いて、再び自閉状態に陥ると予想していました》
うん、俺もそう思ってた。だから今まで言い出せなかったわけだし。
―――5年もあれば、嫌な想像なんてし尽くすものですわ。それでも、熱病で記憶を失った程度なら良かったのにと思ってしまうのですが。……ともかく!
ああ、リギアに、いや、デルタ・レムナントに、婚約解消の話をしにいこう。
●
俺はリギアに会いに、医務室へ向かった。
……医務室。医務室、だよなこれ?
《感想:どう見てもヤリ部屋かと》
だよなー! そう思うよなー!
なんで医務室のベッドが天蓋付きのダブルベッドやねん!?
あとあのドア! ドアの向こうには、何故かシャワールームが備え付けられている。医務室なのに。なんで開けてもないのに分かるかって? 壁がガラス張りだからだよ!
俺は婚約解消をしに来たはずなのに、なんで婚約者の偽物とラブホにいるんだ?
「形容しがたい表情になってるけど、何かあったか?」
リギア、いや、デルタは軽率な口調で話す。これが、デルタの本来の話し方だ。普段無口なのは、王族の人間とは思えないような言葉遣いを隠すためのカモフラージュというわけだ。
「いえ……、殿下以外の方はおられぬのかと」
「ああ、それは大丈夫。この部屋には2人きりだ。……部屋が部屋なんで、逆に安心できないかもしれないけど」
「その、何なんですの、この部屋?」
「まぁ、うん。……ヤリ部屋だな」
これはやっぱり貞操の危機ーーー!?
「いや、何もしないから本当に。本来は、ここは王族専用の密会部屋なんだ。だけどほら、公爵家の、ゴルディナー様ならわかるだろ? 時世によっては急いで世継が必要って場合もあるから」
「密会用との兼用、というわけですか……」
「そういうこと。……部屋のことは置いといて」
箱を動かすジェスチャー。
「どうやって気付いた? それとも父上……国王陛下が自白した?」
実はわたくし、この世界の下になったゲームの製作者ですの。
って言えたらなぁ~~~。
《感想:間違いなく気が狂ったと思われるだけなので辞めるべきかと》
それな。
「……7,8年前でしょうか。殿下が熱病にかかるよりも前の話ですわ。正確な日にちは覚えておりませんが、わたくし、レムナント傭兵団を離れたところから見ていたことがありますの」
「ああ、確かに8年前、ゴルディナー領で演習をやった」
「貴族の社交界入りは12の誕生日ですので、殿下の御姿を見知っている者は当時、殆どおりませんでした。ですが、わたくしは既に殿下と婚約を結んでいましたので、お見通しをさせていただいておりましたわ。そのせいで多くのものは気付いておりませんでしたが、わたくしの婚約者に瓜二つの子供が、傭兵団の中で土に汚れながら働いているではありませんか。我が目を疑いましたわ」
マリアの記憶に残っていた話をする。実際には、デルタの姿を見た記憶は無いのだが、俺には原作ゲームの設定という強い味方が付いている。マリアが見ていなくても、作中でその時の回想シーンが存在したのだから、話に齟齬は無い。
「お名前は、その時の名簿から確認いたしました。我が家に残されていて幸いでしたわ」
俺の言葉の続きを、デルタが引き継いだ。
「そして、熱病を境に人が変わり、件のレムナント傭兵団はリギアの親衛隊に、ともなれば疑いもするか。だが」
あ? まだなんかあんのか?
「それだけでは疑いに過ぎない。確信するに至った道があるはずだ。誰だ、機密通信を教えたのは?」
……。
…………。
し、しまったぁーーー!
―――もしかして、考えておりませんでしたの!?
《感想:傭兵団に裏切者がいる可能性を考慮しているのでしょう。三馬鹿とは違い、彼は油断のならない相手ですね》
うおおおおおおお回れ俺の灰色の脳細胞!! なんかいい言い訳! なんかいい言い訳!!
「……誰かは明言できませんが、婚約者なのに全く話も出来ていないと愚痴を言えば、善意から教えてくれる者もいるでしょう」
「耳が痛い話だ。……そうなると絞り切れないな。思い当たる連中が多過ぎる」
「まぁ、今更蒸し返すのはおやめになった方がよろしいかと。色々と危険が伴いますので」
主に俺が! 犯人はいないから、代わりに俺の危険がマッハで危ないので!
「危険? ……何がかは分からないけど、付け焼き刃貴族の俺の考えより、ゴルディナー様の判断が信じられるか。その通りにするよ」
セェェェエーーーフ!!!
―――これまでで今が一番焦っていませんでした?
《感想:本気で焦っていましたね。過去最大の動悸を観測しました》
「そろそろ、本題に参りましょうか」
蒸し返されないうちにね!
「殿下は、いえ、デルタ様は、わたくしとの婚約を解消したいと思われておりますよね」
「……それも、気付いてたかぁ」
「わたくしは、それを受け入れますわ」
「理由を、聞かないのか?」
「ご自分が偽物だから、本物のリギア・リントブルムではないから。そうではありませんの?」
「……ああ、そうだ。その通りだ。そして、俺のことを知っているなら話が早い」
デルタがベッドから降りる。
「だから、マリア。いや、マリア・フォン・ゴルディナー様。改めて、聞いていただけますか」
膝を付き、俺の手を取った。
「一目惚れだった」
……あれ?
―――はい?
「8年前のあの日、一目見た時から。だから、俺ではなく、私を愛されるのが辛かった。そんな未来は苦しいと、耐えられないと思っていた」
―――なんか雲行きがおかしくありませんの?
えっなにこれ。俺こんな展開知らないんだけど。
「だから、改めて」
手の甲に、口付けを落とし、
「このデルタ・レムナントと婚約していただけますか」
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リギア・リントブルムの友好度が最大値に到達しました。これより、第一王子ルートへ派生します。
リギア・リントブルムの友好度判定が無効化されました。
デルタ・レムナントの友好度判定が有効化されました。
デルタ・レムナントの友好度にリギア・リントブルムの友好度が引き継がれました。
不具合報告:リギア・リントブルムの友好度判定が無効化されているため、第一王子ルートの展開に失敗しました。
第一王子ルート改修、仮題:元傭兵団ルートを成形します。
これより、元傭兵団ルートへ派生します。
騎乗士の胸で抱きしめて:第1話における全行程達成完了を確認。表題『敵は公爵令嬢にあり?』を改題。
――――――第1話『主人公は悪役令嬢にあり』 完
――――――次回をお楽しみに。
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余談だけど、何話か前の薔薇獅子が初登場したシーンで、リギアが一人だけマリアの立ち去る姿を見ていたのはケツをガン見していただけだし、パイロットスーツを見せつけていた時に視線を逸らしたのは無意識に胸に目がいきそうになるのに気付いて顔ごと逸らしただけだったりする。
男の子だからね!




