馬鹿が空から落ちてくる 5
『マリア様、リギア様、あたしは敵艦の無力化に回ります』
これ以上リギアを支援する必要性はないと思ったのか、アリスから通信が入ってきた。
『こちらは問題ない』
『では、頼みますわ。制圧したら予定通りに、訓練場に誘導してくださいまし』
貴族学園の騎乗士訓練場には、軍艦を何隻も余裕で置けるだけのスペースがある。何十機もの騎乗士が同時に訓練出来るようにというのと、遠方から学園に来る生徒やその親が、直接学園を訪れることが出来るようにとの配慮だ。なので、敵戦艦を無力化したら、訓練場に誘導するようにと事前に取り決めていた。
勝利の美酒が街の上ではなく訓練場の上で操艦不能になっていてくれればよかったのだが、そう何でも上手くはいかないものだな。
《報告:レーダーに反応。王城から1機、こちらに向かっています》
うん?
最大望遠のままにしていたレーダーを見ると、2割程度離れた位置から、確かに何かが俺たちの元へと近付いていた。この移動速度、地上を歩いているとは考えにくいな。でも、壱式獅子の習熟もしていないのに空を飛べる奴なんて……。
―――いえ、1人だけおりますわよ。
近付いてくる機体へと身体を向ければ、目に映ったのは、飛行する黒狐だ。
―――わたくしたちの、可愛い妹が。
『マリアお姉様!』
「フラウですの? よくわたくしだと分かりましたわね」
ああ、成程。たしかにフラウなら、旧式の騎乗士でも空を飛べる。専用機、薔薇燕・改ではないのは、今、フラウは王城で教育と言う名の疑似軟禁状態にあるので、大食蜂鳥の方に保管場所が移動しているからだろう。
『マリアお姉様が好きそうな槍をそこに付けてるじゃない』
と、黒狐が壱式獅子の腰を指差した。
『助けに来た……けど、ひょっとして無駄足? あ、でも戦艦が残ってるか』
「いえ、周辺の目視警戒をお願い致しますわ。敵の機体も戦艦も、レーダーに映らない仕様なようですの」
『え? うわ、ホントだ。あー、だからこんなところにまで戦艦に入り込まれたのか』
「戦闘自体はもう終わるでしょうが、ていうか今、終わりましたわね」
ちょうどリギアが、最後の敵騎操剣、その両手両足、さらに背中のスラスターユニットまでも砕いて、地面に蹴り落としたところだった。落下方向には、白と黒の狐が回収のために集まっている。
「それと、敵艦の誘導が残っております。飛べるのが監視に加わってくれるのはありがたいですわ」
『あれ、誘導? 制圧じゃなくて?』
「フフフ、その認識はもう時代遅れですわよ、フラウ。もはや戦艦は飛行型を狩る側ではなく、飛行型に狩られる獲物ですわ」
敵艦と壱式獅子・追撃の戦いに目を向けた。
敵艦は、周囲を飛ぶ騎乗士に対してビーム砲で迎撃を試みているが、全く相手になっていない。単純な話だ。ビームが遅過ぎること。そして、アリスの操る壱式獅子・追撃が、速過ぎること。
『うわ、何あれ……。あの飛んでるのって、グリプスに一緒に行った青いやつの同タイプよね? 性能、違い過ぎない?』
俺たちが見たのは、戦艦の周りを、文字通りの縦横無尽に飛び回るアリス機の姿だった。先ほどはビームが遅過ぎると表現したが、よくよく観察してみると、それ以前の問題であることが分かる。砲塔の追跡すら、追いついていないのだ。そしてアリスは悠々と、大きい砲から優先的に、お嬢様の我儘によるビーム射撃で破壊して回っている。
「性能差は殆どないはずですわ。あれは完全に、乗っている騎士の違いですわね。あんなのできるのはアリスだけですわよ」
『騎乗士は騎士の技量がもろに出るってのは知ってるけど、あそこまで違うのは見たことないわ。ああ、でも、あの子限定なのね。良かったわ……。誰も彼もがあんな飛び方するってんなら、アタシゃエースの名も返上するところだったわよ』
「フライハイト鉱石の、騎乗士に浮力を発生させるこれまでの飛び方とは別物ですものねぇ。あれは見えない釣り糸で引っ張られる感じですが、アリスの場合、スラスターユニットもに加えて従来の飛び方も使えるので、巨大な手で押して動かすような、ブンドドみたいな動きが出来ますもの」
『ぶ、ぶんどど?』
―――ぶんどどって何なのですの!?
ブーンドドドだよブーンドドド!
―――分かんねぇですわー!!!
『アタシも乗り換えたらあんな風に飛べるかな?』
「そもそも、王宮が許可すればですわねぇ……。貴女、一応は人質で、あの機体は最新鋭機ですのよ?」
『だよねー』
フラウと話している間に、アリスは敵艦の制圧を完了していた。壱式獅子・追撃が艦橋の正面に浮かび、お嬢様の我儘の穂先を向けている。
「先ほどはここで、横から艦橋を打ち抜かれましたのよね」
今回は周辺に、他の艦影は見当たらない。
「これで、自爆でもされない限りは大丈夫ですわね。わたくしたちの完全勝利ですわ!」
艦橋が自爆した。
『マリア様ぁーーー!!!』
『お姉様ァーーー!!!』
「わたくしのせいじゃありませんわよぉーーー!!!」
《感想:あ、フラグ立てたな、とは思いました》
俺のせいじゃねえっつってんだろ!!!
《報告:ところでマスター、悪い報告と、もっと悪い報告があります》
なーにー?
《報告:悪い報告は、当機が観測する限り、あの艦には生存者がいません。人員はパイロット、及び艦橋クルーだけだった模様。鹵獲しても情報源足りうる人員は乗っていません》
ほーん。で、もっと悪い報告は?
《報告:あの艦、このまま進むと王城に激突します》
もっと早く言え馬鹿!!!
「アリス! 推進器を破壊なさい! わたくしも加わりますわ!」
指示を出すと同時、俺は壱式獅子を最大速度で進ませ、同時に長距離ビーム砲の発射準備を進めた。
『……駄目です! 砲門と違って、頑丈過ぎて通りません!』
ですよねー!
《感想:推進器は軍艦にとって艦橋の次に弱点となる部分ですからね。頑丈に作るのは当然です》
少しは慌てろよお前!
「ええい、お通りなさいまし!」
叫ぶと同時、空中で銃砲を構え、極太ビームを敵艦後方に向けて叩き込んだ。しばらく照射を続けると、
『推進器、爆発します!』
アリスの報告通り、ケツから吹き飛んだ。ついでにこちらの銃砲も、過負荷に耐えられず爆発した。どこか遠くからリアの悲鳴が聞こえた気がしたが、きっとおそらくたぶん気のせいだろう。だがその甲斐あって、敵艦の移動速度が目に見えて遅くなる。しかし、
『おいマリア、このまま落ちると学園に墜落するんじゃないか!?』
「だったら全機で横から押しますのよぉーーー!!!」
艦側面にぶつかるように突っ込み、スラスターを全開にする。目指す先はもちろん、騎乗士訓練場だ。俺の横に不知恐怖が、続けて壱式獅子・追撃と黒狐が同じように取り付いて、残骸を横に押し出そうとする。
ゆっくりと、ゆっくりとだが、船が横に動いていく。だが、明らかに推力が足りない。ああクソッ! こんなことになるなら背中のユニットは付けたままにしておくんだった!
《報告:このペースですと、校舎の7割が巻き込まれます。スラスターユニットがあっても足りませんね。安全圏まで移動させるには、壱式獅子換算で、残り21機分の追加推力が必要です》
「く……!」
時期が悪かった。そう思わざるを得ない。これが2ヶ月も後であれば、下にいる親衛隊も騎士団も、なんなら学生たちも壱式獅子を飛ばせるやつが、数がもっと揃えられたはずだ。そうすれば、このクソったれな残骸も全部押し出せたはずなのだ。
気分はバスケットボールみたいな脱出ポッドを手にしたまま、地球に落ちる資源衛星の後ろ半分を押し出そうとする有名な白いロボットだ。だが、あのパイロットのように可能性を信じることが俺にはできない。
俺は、この世界の作者の一人だからだ。この世界の、限界を知っているからだ。
騎乗士に搭載されているマン・マシン・インターフェース、『騎乗士の胸に抱きしめて』に出てくるバルドル鉱石は、まさしくこの白いやつの使っている『人の意思で機体を動かせる金属』が元ネタなのだが、本家と違い、こちらには不思議な力を発揮するような設定を持っていない。なんか理由も不明に発光したり、変なオーロラを出して奇跡を起こしたりは出来ないのだ。
リギアは近接格闘戦の天才だ。凄腕の騎乗士乗りだ。だが、それまでだ。
アリスは高速射撃戦の天才だ。やはり、凄腕の騎士だ。だが、やはり、それまでだ。
マリアも、フラウも、この壱式獅子も、この事態を解決できる『奇跡』を起こす能力はない。都合のいい奇跡は転がっていない。
……いや、唯一の例外と言えるものが、一つだけ存在する。この世界における異物。『オカルトは存在しない』という世界観における、神を名乗るイレギュラー!
《否定:いや無理です。当機に期待しないでください本当に。当機は一切の戦闘能力を持たない、それどころか飛行機能さえ持たない、分析と開発に特化した機械仕掛けの神ですので》
クソァーーー!!!
―――……うん? あの、つかぬ事をお伺いいたしますけど、レーダーの倍率、最大にした後弄りました?
は? 何言ってんだ急に。
レーダーに目を落とせば、最大倍率のままだ。先ほどと変わらず、半径50キロ超をカバーしている。
え、いや、なんだこれ?
そのレーダーに、『何か』が凄まじい勢いでこちらへと近付いてきているのが表示されている。
《報告:未確認体、推定移動速度、秒速約6km。マッハ20です》
ドライコインの言葉を聞いた直後、赤熱した黒十字が、横並びになっている俺たち4機の中央に突き刺さった。
衝撃波が発生し、先に取り付いていた俺たちは揃って、その場から吹き飛ばされる。
その姿を、俺は知っている。俺は戦ったことがある。
「ク―――!」
クロスマン! 何故ここに!?
そのまま黒十字は、上側の側面から、凄まじい勢いで推進力の光を噴出させた。突如として、機体が前に進む。軍艦が、大きく横にずれていく。
「な……!」
《感想:信じられません。クロスマンの推力、壱式獅子の……38倍に相当》
壱式獅子と大差ない大きさなのに、どうやればそれだけの出力を発揮できるのか。いや、そもそも、どうしてクロスマンが突然現れて、このクソ産廃物を押し出すのを手助けしてくれているのか。分からない。原作設定者である俺にも分からないが、一つだけ確かなことがある。
俺は再び壱式獅子を取り付かせ、
「このまま押し出しますわよぉーーー!!!」
●
リントヴルム王国貴族学園、その騎乗士訓練場のほぼ中央に、その残骸はあった。
残骸の南西方向、およそ3割程に、残骸の横幅と同じサイズの擦過痕が残されている。
そして、残骸の中央には、黒い十字架が突き立っていた。まるで墓標だ。艦橋にいた者たち、自爆し、命を失った者たちの。
その十字架が、横一文字部分の下側面から推力の光を発し、残骸から突き刺さった部分を引っこ抜きながら、ひとりでに浮かび上がった。
十字架は、ふわりと一瞬だけ滞空し、直後、上へと凄まじい速度で上昇し、そのまま北西の方角へと飛び立ってしまう。
レーダーを見れば、その勢いは随分と緩やかだ。少なくとも、先ほど突撃してきたのと比べれば、雲泥の差である。
「追うのは……、無駄ですわね。先ほど、こちらに向かってきた勢いを出されては、どうやっても追いつけませんわ」
『一体、何が目的だったんでしょう』
「皆目見当もつきませんわ。十字架がモチーフのようですし、急に博愛精神に目覚めて、人助けでもしたくなったのかしら」
『十字架? どういうことです?』
「……ああ、いえ、勘違いでした。気のせいですわ」
危ない危ない。マリウス教の象徴は十字架ではない。一部が欠けた二重円だ。元ネタと混同するところだった。
改めて、クロスマンがこの場に現れた理由を考えてみる。
……もしかして、内ゲバか?
クロスマンがル・ペイジヴォントに関与していると仮定すれば、リントヴルムを滅ぼしたい一派と、逆に滅びてもらっては困る一派がいて、前者がヴュルテンベルクに関与し、それを知った後者が助けに入った、と言う可能性も……。
いや、ありえない。
俺は原作、『貫いて、マキャヴェリズム』の設定とは全く別の理由で、その可能性を否定した。
マッハ20。そんなものを、人間が耐えれるのか? そんな速度を、人の手で開発できるのか? それこそ、神の領分、ドライコイン以外の、戦闘用機械仕掛けの神なのではないか?
《否定:あり得ません。この世界に存在する機械仕掛けの神は、間違いなく当機のみです。それにその場合、クロスマンがレーダーに映ることの説明がつきません。レーダーに映っていた以上、クロスマンはマリウス・ジェネレーターを搭載していることは明らかです》
そうなんだよな。となると、他に考えられる理由は―――。
……うん、全然分からん。
いや、ひょっとして、クロスマンは、『ブラックボックス』なのではないか?
そもそも、マリウス・ジェネレーターが存在するのは、中世ヨーロッパに人型ロボットが存在してもおかしくないという世界設定のためだ。
マリウス教がジェネレーターを、それを搭載した人型ロボットを生み出し、各国に提供したことで、巨大な権力を獲得した。そんな設定があるだけなのだ。だから俺は、俺たちは、どうやってマリウス教がジェネレーターを開発したのか、どうやって人型ロボットを生み出したのか、そんな部分は何も設定していない。
……いや、だって、一発目の乙女ゲームだったし。そんな部分まで細かく設計したりしないよ。人型ロボットが存在する背景だけしか作ってない。
これが例えば、20年も続く大作になっていたら、色々と設定が後付けされたりして補完された可能性はあったかもだけど。でもこれ、20年以上も前のぽっと出の単発タイトルだし。
ともかく、クロスマンはそういう、俺たちが設定しなかった部分から生まれたのではないだろうか。だとすればお手上げだ。俺が知っていることは何もない。
グリプスとの戦争の時期が早まったことと、今回のル・ペイジヴォントの侵略。状況だけ見れば、クロスマンはそのどちらにも関与している可能性は高い。だが結局、分かるのはそこだけなのだ。
そういう意味では、クロスマンは、まさしくデウス・エクス・マキナだった。ドライコインたちを表す言葉ではなく、舞台用語の。この世界の、パッチワーク・フロンティアを進ませるための、都合のいい強制力。そう考えた方が、まだ納得できる。
薄気味悪さを覚えながら、俺は目の前の残骸をどうするかで、現実逃避を試みるのだった。
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パッチワーク・フロンティア:第7話における全行程達成完了を確認。
――――――第7話『馬鹿が空から落ちてくる』 完
――――――次回をお楽しみに。
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