無表情娘の恋路を応援大作戦 7
場所を移した。
第一王子親衛隊が王都市街で使用しているセーフハウス、その一つだ。椅子に机だけの最低限の家具。どちらも木で出来た安物……に見せかけた、内部に鉄板を仕込んである、特注品の防弾仕様であるらしい。そして床には無造作に毛布が転がっていて、
「やだもうお姫様にこんなところを見せちゃうなんてちょっと見ないでくださいな」
と、《プランク》の姉ちゃんが無造作に毛布を廊下に蹴り飛ばした。地味に健脚である。暴力的な意味で。
「早速ですが、わたくしたちが見た舞台、席は3割程度しか埋まっておりませんでしたわ。その場にいた客たちも、どうにも様子がおかしくて、身元を確認した方がいいかもしれません」
「様子がおかしいというと、具体的には?」
と、オッサンが聞き返す。というか俺の実年齢より若い兄ちゃんをオッサン扱いしていいかは微妙な気分なのだが……。
《感想:この場にいる親衛隊員は40代女性、30代男性、20代の男女が一人ずつの計四名なので、オッサン分類してくれた方が当機のログ的には都合がいいです》
じゃあオッサン表記で。
俺はオッサンの質問に答える。
「演劇に集中していない様子でしたわ。正確には、戦闘などの盛り上がりどころでは集中しておらず、あまり盛り上がるとは言えない、軍事的な話をしている場面では静かにしておりました。内容が内容なので、他国の者が見に来たのではないかと、そう疑っておりますわ」
オッサンは頷き、
「ジェット。そいつらを騎士団に確保させろ。三割程度なら全員捕まえられるだろ」
「うっす」
そう言われた兄ちゃんがセーフハウスを出て行った。
王国騎士団は王都の治安維持の役割を担っている。なので、今回の爆発事故(仮)でも現場に来ているはずだ。だけど指揮権的には第一王子親衛隊とは独立しているんで、ちゃんと言うことを聞いてくれるんだろうか。
「それで、他に気になったことはありませんか?」
「席の埋まり具合も妙でしたわね。かなり空いている割に、グレイ様たちが座る中央以外に、適度に散らばっていたので、わたくしはあなた方が買い占めでもしたのかと思いましたもの」
「そんな予算はウチにはありませんよ。そもそも、ウチの帳簿はアトライアの坊主だって確認するんで。そんなことをしたら監視している本人に俺たちがやっていることがバレちまいます」
「となると、別のだれかが買い占めたってことっスか?」
「ええ。なので確保させに行かせました。つっても、どこぞの金持ちが道楽で買い占めたって可能性の方が高そうですがね」
「仮にそうだとしたら、爆発事故に遭うわ容疑者として確保されるわで踏んだり蹴ったりですわね。あ、金持ちで思い出しましたわ」
「何かありましたか」
「わたくしたちよりも後に、貴族らしき男が二人、会場に入ってきたのです。オー・ド・ショースを履いていたので、十中八九、貴族でしょう」
「…………そりゃ怪し過ぎますね。おいレオニー、ジェットに連絡入れろ。オー・ド・ショースの二人組だ」
「りょーかい。あ、お姫様たち、お茶は適当に飲んでね。つっても出涸らしなんだけど」
「レオニー!」
「りょーかいりょーかい、っと」
「ったく、あいつは緊張感がなくて困る……。他、何かありますか? お二人の方はどうです?」
オッサンがアリスとリアにも問いかける。
「正直、分からないですね。演劇についても詳しくはないので、普段がどうなのかも知りませんし」
「アリスセンパイに同じっス」
「ふむ……。その客たちを確保する以外、今できることはなさそうですね」
「ところで、グレイ様たちはどうなりましたかしら」
「ああ、ちょっと待ってください。確認するんで」
「その二人なら、さっき解放されたみたいですよ」
と、奥の部屋から出てきたおばちゃんが、オッサンの言葉にそう続けた。
「ジェットが言うまでもなく、騎士団はその時の客を全員確保して、身元の照会をしているみたいですよ。それでほら、グレイ坊ちゃんはレオニス坊ちゃんともお友達でしょう? 騎士団でも広く顔が知られていたみたいで、すぐに釈放されたって、さっき《ベア》チームから連絡が来ましたよ」
「そうでしたか。……では、続きと行きましょうか」
「あっ、続けるんですね」
と、アリスが呆れた声で言った。
「当然ですわ。こんなおもしろ、じゃなくて、もしグレイ様たちが狙われているとしたら、わたくしたちが近くで見ていた方が対処もしやすいですもの」
「……心配してるんスね」
「リアちゃん、全力ですっとぼけたよね。それにマリア様、それとは別の心配もしてる気がするけどね」
「あの二人がちゃんと上手くいくのかはウチだって心配っスよ」
―――というか、わたくしたちが狙われている可能性については心配しなくてもいいんですの?
ロボット作品でロボットを操縦するキャラがロボットに乗ってない時に死ぬわけないだろ!!!
―――なんですの、その奇妙なルールは……。
というわけで、おばちゃんからグレイたちの居場所を聞いて、ついでに髪型はドリルから帽子の中に隠れるようにまとめて、俺たちはセーフハウスを後にした。
●
「それで、あの二人は今どこに?」
「ちょっと待ってください」
アリスは通信機を使い、《ベア》チームに位置情報を確認する。
「どうも、レストランに入ったみたいですね。こっちです」
そう言って歩き出したアリスを、俺たちは後ろから追う。リアはアリスが手をつないでいた。
「そう言えば、もうすぐお昼時ですわね」
「そんなこと言われると空腹を自覚しちゃうっスね。ウチらはどうするっスか?」
リアの言葉に、アリスが鞄から携帯食料を取り出した。現代で軍事作戦中に食べるような、銀のパッケージでは流石にない。固焼きパンと、それを使ってピクルス、塩漬け肉、チーズを挟んだものである。
文字情報だけではチーズバーガー辺りを連想して美味しそうに見えるのだが、ぶっちゃけ不味い。パンも野菜も肉もチーズも、保存性と栄養を優先して味は二の次三の次なせいである。あとパンがヤバいくらい硬い。
リアもその味は知っているようで、あからさまに嫌そうな顔をしていた。
「あの二人が美味しそうなものを食べてるのを見ながらこれを食べるって想像すると、三倍増しで不味く感じそうっス……」
「そんなに美味しくないかな?」
「アリスには、もっと舌を肥えさせなければいけませんわね……。それはともかく、現場を見て同じレストランに入るか、それが難しいようなら屋台で何か買うことにいたしましょう」
ケバブかホットドッグくらいあるだろ。
《感想:ドネルケバブもホットドッグも、1800年代半ばに生まれたものなのですが……》
しょーがねーだろ原作のデートイベントで登場させちまったんだから。
《感想:着実に歴史が歪んでいきますね》
人型戦闘ロボットが存在する時点で技術体系の歴史なんてもう滅茶苦茶だよ。今さら気にしても仕方ないっしょ。
「あ、あの建物ですね」
「あー、あそこですか……」
アリスが指し示したのは、俺も知っている高級レストランだ。
「あそこ、事前に予約が必要なお店ですわ。無理に入ろうとすると騒ぎになって、あの二人に気付かれてしまうでしょうし、ここはプランBで」
「はーい」
「了解っす」
「アリスはその携帯食料を仕舞いなさい。……あら、何かしら?」
件のレストラン、その出入口が騒がしい。
「吾輩たちを誰だと思っているのであ~る!? いいから中に入れろであ~る!」
「席が空いてるであ~る! ボクちんたちを入れるであ~る!」
「申し訳ございませんが、貴族の方と言えど、ご予約いただかねば入店はご遠慮いただきたく……」
燕尾服を着た初老の男と、カボチャパンツの二人組が揉めていた。
―――今日はオー・ド・ショースに縁がありますわね……。
《報告:というかあの二人、先ほどの劇場で遅れて入ってきた者たちですね》
どうやら、あの二人組も騎士団からは解放されていたらしい。
「なるほどっス。無理に入ろうとすると、ああなるんスね」
「ですわね。アリス、あの二人を外から見れる場所はあるのかしら?」
「あ、こっちから見れるらしいんで、付いてきてください」
ポジションへの移動ついでにケバブを買って、ちょうどいい場所にあった、妙に真新しいベンチに座る。窓際に座るグレイとターニャの姿がばっちり見える、実に絶妙な位置に置かれたベンチだった。
「……ジェバンニが一晩で用意してくれたようですわね」
「誰っスか、ジェバンニって?」
「そこでケバブを売っている人たちですわ」
ちなみに、ケバブ屋をやっている『ジェバンニ』は30代の男性一人だけである。
というかリギアルートでのみ解禁されるマイユニットで使える顔のおっさんが、こんな非常に都合がいい位置で屋台をやってたら俺でも気付くよ。
いや、考えてみたら当然ではあるのだ。まさか第一王子の婚約者に、何が入っているのか分からない屋台飯なんて食わせられるはずがない。
もしかしたら王都の屋台って全部、王国直営なのかも知れないな……。それもこれも全部、攻略対象たちが市街の屋台で買い食いするようなイベントスチルがあるのが悪いんだ。
《感想:素直に自分の非を認めるべきでは?》
―――まぁ、食事に毒を混入させるようなテロの対策にもなりますし、市街の住民の普段の様子を観察するのにも有用な手なので、それとは無関係に普段から任務として行っているのかも知れませんわね。
なーっ! そう思うよなーっ!!
ケバブ片手に、グレイたちの様子を観察する。
「流石にこの距離だと、盗聴器は厳しいっスね~。ガラス一枚くらいなら問題なく通過できるはずなんスけど」
もはや当然のようにリアが盗聴しようと画策するが、残念ながらそれは難しいだろう。
「というかあの窓のガラス、噂ではガラスではなく、防弾仕様の特殊材質らしいですわよ。それどころか建物全体のレベルで、盗聴対策が施されていると聞いたことがありますわ」
「なんでそんなガッチガチなんスか!?」
「なんでも何も、貴族が予約して使うようなレストランだからですわよ」
流石に建物の中に入ることが出来れば盗聴できるかも知れないが、それはあのカボチャパンツの『であ~る』語尾の二人組が見せた通り、前提条件を達成することからして無理筋だ。
そうして二人を観察していると、まだ食事の最中だというのに、ターニャがおもむろに立ち上がった。そしてグレイに近付き、
「お、おおっ!?」
「抱き着いたっス! 抱き着いたっスよ!?」
「行けっグレイ君! そこで抱きしめ返してあごをクイッと! クイッと!!」
なんだなんだいきなりどうした。まさかターニャの食事に媚薬でも仕込んであったのか? グレイか? グレイが仕込ませたのか? 自称策士のヴァイトを超える真なる策士だったのか……!?
ターニャはガサゴソとグレイの身体をまさぐり、すぐに離れると、その指に持った白くて丸い何かを握りつぶした。
「「「あっ」」」
「……バレたっスかね」
「いや、あれが盗聴器だなんて知らない限りは大丈夫じゃないかな」
「いえ、バレましたわね」
リアとアリスの言葉に対し、俺は断言した。
何故断言できるのか。俺は知っているからだ。
『貫いて、マキャヴェリズム』には五人の攻略対象に対し、全部で四人の悪役令嬢が登場する。一人だけ数が合わないのは、いわゆる救済措置だ。他のキャラの攻略に失敗したとき、留学生の担任教諭ルートに自動で進むようになるので、この担任教諭にだけは、対応する悪役令嬢が存在しない。
そして四人の悪役令嬢についてだが、そのうち一人は王女だ。攻略対象には以前も伝えた通り王子がいて、その姉の一人が悪役令嬢なのだ。ただ、この国にはそもそも王女がいないので、まぁ、うん……。フラウから聞いたグリプス王族の名前にもその名前が無かったし、どこでどうしているのかはマジで分からん。
というか、他の悪役令嬢はリントヴルム側にいるのに対して、ここだけ整合性が取れてないんじゃない? どうなってんのドライコイン?
《返答:当機に訊かれても困るのですが……》
まぁ、それもそうだな……。さて、王女の話はひとまず置いといて、既に出てきた三人の役割を俺は知っている。
策略家であり、政治部門担当のサーシャ。
高い運動神経を持つ、実働部隊担当のリーファ。
では、残されたターニャは何を担当するのか。
ずばり、機械部門。
主人公ヴィネリア王女の無双プレイを阻む最後の砦!
暗躍するリアの、さらなる裏で暗躍するライバル!
それが、それこそが、ターニャ・フォン・バベッジの役割なのだ!!




