無表情娘の恋路を応援大作戦 6
グレイが反射的に跳ね上げそうになった体を、理性をもって全力で圧し留めた気配をこの場所からでも感じられた。その後はピクリとも動かなくなる。
対して、俺たちの反応は真逆だった。外人四コマのように3人でガッツポーズを取ったのだ。外人四コマが分からん奴はググってくれ。
《感想:この世界にはグ○グルどころか、インターネット自体がまだ存在しないのですが》
そこまでは知らん。
とにかく、それほどまでに俺たちは心躍ったのだ。あとは、グレイがターニャに応えればいい。
応えれば。
こ、応えれば……!
おいあいつ動かねえぞ。
―――抱きなさいましーーーーーーっっっ!!!
とマリアが俺の頭の中で叫んだところで、ようやく話は冒頭に戻る。
●
ガッカリだった。俺たちの間の空気も、外人四コマなら一コマ目のような状態だ。そのまましばらく2人の後頭部を見ていると、
「あ」
気付けば壇上、戦闘シーンに突入していた。ちなみに騎乗士が出てくるような内容の場合、この国には装甲服という文化があるので、役者は服装はそのまま、仮面を被ることで『この登場人物がこの騎乗士に乗っていますよ』ということを表現することが多い。
獅子型はその名の通り、頭部はライオンを模している。
《感想:ここに来て初めて分かる新事実。そういう独白は薔薇獅子初登場の時にやってくれませんか》
喧しい。うっかり俺も伝え忘れていたけど、名前でイメージするだろ多分。
とにかくそういう訳なので、舞台の上の役者もライオンのように見える仮面をかぶっていた。ちなみに仮面と言っても、フルフェイスマスクのような厳ついタイプではない。日本の夏祭りの時に、屋台で売られているようなちゃちな『お面』だ。状況によっては顔を隠すのではなく、斜めに被ったりもするので、そのタイプの方が都合がいいことが多いからだ。
―――安く作れますし、売り物としての人気もありますからね。
そして戦闘シーンとなれば、演出的にこれまで以上にデカい音が鳴る。というか鳴った。そしてその音が原因で、ターニャがビクンと飛び跳ねるように目を覚ましたようだ。ターニャは隣に座るグレイにもたれかかっていたことに気付き、後頭部が俯いていくのがここからでもよく分かった。そしてグレイはターニャの方に顔を向け、何かを話しているのが見える。何話してるんだろうな。
―――いや、何話してるんだじゃありませんわよ。
「……そう言えば、盗聴器がありましたわね」
いそいそと取り出すと、それを見ていたアリスが、
「今日のグレイ君は私服なので、昨日仕込んだ分で使えそうなのは、靴とガンホルダーのくらいしかないです」
「着替えるのは失念してたっスねー。ターニャと合わせて制服姿だったら都合が良かったんスけど」
「ないものねだりをしても仕方がありませんわ」
と言って3人とも、盗聴器につなげたイヤホンを耳に押し込んだ。全員がそろって黙り込み、生き残った端末の使用通信帯を求めてつまみをゆっくりと動かしていくと、
『つまらなかった?』
おっしゃ、ビンゴだ。イヤホンからグレイの声が聞こえてきた。そして視界の中では、ターニャの頭が小さく左右に振られている。
『眠い?』
先ほどよりも激しく首を振っている。
『無理しなくてもいいよ。また一緒に見に来ればいいんだから』
「ほう、やりますわね」
「流れるように次回のデートの約束を取り付けようとしてるっスね」
「なんで普段からこの立ち回りが出来ないんでしょうね」
「普段と違うシチュエーションなので、テンション上がって普段できないことが出来ているんでしょうね」
「あーあるっスねー。深夜に『閃いた!』って思って興奮して徹夜で設計図仕上げるんスけど、その後落ちて起きてから書いた設計図見直すと、なんで自分はこんな駄作を作ろうとしたんだろうってなったのは一度や二度じゃないっス」
「それは違うと思いますわよ」
「寝てないと判断力落ちるから、ちゃんと寝た方がいいよ、リアちゃん」
そうしていると、再びターニャの頭がふらふら揺れ出す。
こてん。
ふと思う。このままターニャが寝ているのなら、グレイにお持ち帰りをさせることが出来やしないかと。
さすがに貴族令嬢であるターニャを娼婦と使うような安宿に連れ込むわけにはいくまいが、ここは王都だ。王宮を尋ねに来た貴族が使うような、高級志向の旅宿なんかはちょっと探せばすぐに見つかるはずだ。
うっかり忘れそうになっていたが、俺たちの本来の目的は、急速に二人の仲を深め、レオニスたちとヴァイトたちの婚約式に、グレイたちの婚約式を同時に開催させることである。グレイは先ほど、次回のことを話していたが、俺たちからしてみれば、スケジュール的にも次回のデートをのんびりと待つ余裕はない。
どうにかいい方法はないものか……。
再びの爆音。またターニャが目を覚ます。
しかし、今回は前回と異なる部分があった。グレイとターニャの様子が、ではない。音の出処が、である。
舞台の上ではなく、グレイたちが座る右側後方、誰もいない場所の椅子が吹き飛んだのだ。
「は?」
思わず、呆けた声が出た。二人を注視していたので、舞台を全く見ていなかった。客席演出になった流れが全く分からない。
「ねえ、アリス。今何が起こりましたの?」
そう言いながら隣を見ると、アリスは真剣な、それでいて怖い顔をしていた。そう、例えるなら、
「敗北を認めるんじゃあないですわ、アリス!」
「何トチ狂ったこと言ってるんですか!? それよりもここから出ます。今すぐ」
直後、アリスに手を掴まれて立たされる。
「リアちゃんもついてきて……、あ、いや、マリア様が掴んでいてください!」
迷子になるからね。
「え、あっ、ちょっと待ってっス!?」
ポロポロ、パラパラと、リアの鞄から細々としたものが落ちる。
ゴドン!
細々とじゃねえな……。バイクを運転中、妙にサイドカー側が重いと思っていたが、一体何を持ってきてるんだこいつ。
会場から出る。出入り口のすぐ近くに座っていたので、一瞬で脱出することが出来た。
とはいえ、ここはまだ屋内だ。エントランスには次の公演時間を待つ結構な数の客が時間を潰していて、加えて何割かは俺たちを見ていた。まだ公演中なのに会場から出てきたので、注目を集めてしまったらしい。
アリスは俺たちを振り向き無事を確認したら、自分の鞄から通信機を取り出した。見覚えのある通信機だ。俺たちを案内してくれた親衛隊の男が使っていたものと同じものだった。
「こちら《エンジェル》。エコースリーが発生。繰り返します。こちら《エンジェル》。エコースリーが発生」
ノイズ音。
『了解。《プランク》は全員と合流する』
『こちら《ベア4》。エコースリーを確認。《エンジェル》、指示求む』
「……こちら《エンジェル》。《ベア》は警戒度を上げて護衛を継続してください。あたしたちは《チキン》から距離を取ります。《プランク》、合流場所を」
恐らく、通信相手はリギアの親衛隊連中だろう。俺の知らない間にすっかり成長しちゃって……。
―――いや、そんなことを考えている場合ではないのではなくて?
通信がひと段落ついた頃、リアがアリスに話しかけた。
「あの、いいんスか? ターニャたちからはすっかり離れてしまったっスけど」
「2人の安全が最優先だからね」
「離れるのではなくて、グレイ様たちと合流した方がよろしかったのではなくて?」
アリスが首を振る。
「いえ、もしグレイ君たちが狙われていた場合、逆にあたしたちが巻き込まれることになります。ここは2人からは離れて、『敵』の狙いがどちらかを絞り込みたいので」
『敵』ってなんだ。
いや分かってるよ。だってこの世界はロボットゲームが下地になった世界だ。『騎乗士の胸に抱きしめて』側でエンディングを迎えた上、『貫いて、マキャヴェリズム』側では敵キャラとなる3人の悪役令嬢も仲間と化している。俺の知らない新しい『敵』が生み出されていても、何もおかしくはない。
原作者も知らない設定出すのやめてくれよぉ!!!
俺が内心嘆いている中、リアが冷静に突っ込んでいた。
「単なる事故かもしれないっスよ?」
実際、その可能性が高いと俺も思う。グレイがここに来ることを決めたのはほんの数日前だし、それを俺たちが尾行することなんて、俺が実家から急遽ローズラビット号を運搬させたことを知らない限りは予想できないだろう。
「それならそれでいいんだけどね。その場合、あの2人と合流したら、あたしたちが尾行してたのもバレちゃうし」
エントランスの一部、チケット売り場の辺りで騒いでいるのが聞こえてきた。会場の不備が確認されたので公演を中止します。チケットの払い戻しを行いますのでこちらにお並びください。やはり先ほどの爆発は、舞台演出などではなくアクシデントの方らしい。
チケット売り場に並ぶ人々を尻目に、新しくエントランスに入ってきた4人組がいた。見覚えのある男が2人に、見覚えのない女が2人。
その4人は俺たちに向かって歩いてくる。アリスが手短に紹介してくれた。
「《プランク》チームです。ここから離れますよ」
アリスの言葉に俺とリアは頷く。
「その前に」
と、《プランク》の1人、俺たちより少し年上の女性がそう言って、俺とアリスの頭に帽子をかぶせた。白くて幅広の、ワンピースと似合いそうな帽子だ。
「あと、これも付けといてくださいね」
そう言って、今度はおばちゃんが眼鏡を渡してくる。度は入っていない。
「お二人とも、王都じゃ結構な有名人なんですから、簡単に変装くらいしてくれないと困ります」
「まったく、男連中はこの辺気が利かないんだから」
「母ちゃん、お説教なら後にしてくれよ……」
「……わたくしも、髪型くらいは変えてくるべきでしたわね」
というかそんなに有名なの?
「『というかそんなに有名なの?』って顔をしてますね、お嬢様」
若い女の方が言った。
「お2人とも、市街にしばらく来られていませんでしたからね。『救国の聖女』に、そのキャバリエたる『救国の聖騎士』。ここで公演されている内容もあって、老若男女に広く知られていますよ」
何その恥ずかしい二つ名。初めて聞いたんですけど。
「聖女だなんて荷が重すぎますわ……。どうにかして『救国の機械油で汚れた女』辺りになりませんの?」
「格差が凄いですね……。手遅れですよ。公演が始まった次期辺りならともかく、どうやっても無理です」
というかさっきからやたらと注目されてるのはそう言うことなの? 題材になっている張本人が見に来ているから人目を集めてるのかな程度にしか考えてなかったんだけど、「超有名芸能人が歩いてんじゃん!」みたいなやつだったの?
若い男も言う。
「この劇だって毎日満員御礼。俺が買いに来た時だって、最後尾の数席しか余ってないって状態でしたよ」
「はい?」
「えっ?」
「何言ってんスかこいつ」
「……あれ? 俺なんか変なこと言いました?」
先ほどの会場の様子を知っている俺たち3人は、そろって顔を見合わせた。代表して俺が言う。
「なんだか本当に、妙なことが起きているみたいですわね」
「とりあえず、ここを離れましょう。周囲に押しかけられても困りますし、こちらの情報も共有したいです」
アリスの言葉に全員が頷き、今度こそ建物から立ち去るのであった。




