戦いの後に・改 10
「……つまり、ここに並ぶ三機は全て」
「全て零式獅子です。素体……何も装甲を付けていない状態ではなく、既に用途に応じた装甲やウイングユニットを取り付けていますが」
そして俺は両手を叩いて、つまり、拍手をしていた。
「素晴らしいですわ! 期待していた以上の出来です。核たる一機を作って、後は外装を各自開発する。別個性の機体を三種別々に作るよりも手早いですし、時間に追われる中という条件下では、完璧と言えるコンセプトでしょう」
いいね、ワクワクしてきたよ!
レオニスもヴァイトもグレイも、それぞれで得意とする戦闘方法は全く異なる。
近接戦闘能力が優れたレオニスに、砲撃に秀でたヴァイト。グレイはどっちつかずだが、代わりに連携攻撃や割り込み防御といった支援能力に特出している。
なので、腕部のコンテナ換装だけで、遠近・砲撃戦と格闘戦の、どんな戦闘にも対応できる薔薇獅子2号機を渡したのだ。
飛行能力以外の武装については、せいぜいがコンテナの種類拡張と、追加したコンテナ用の微調整程度だろうと思っていた。
だが、この三機の零式獅子はそうではない。
まず、装甲の形状が各々で違う。つまり、バーニアがそれぞれの機体で、異なる箇所に配置されている。
さらに、背部ウイングユニットのスラスター形状やサイズ、設置位置すらも異なっている。
つまり、用途ごとに飛行性能までもが調整されているのが見て取れるのだ。
それに、この方法なら、戦争が始まるギリギリまで開発できる。なにせ装甲を変更するだけでよいのだから。
「ですが二つ、気になる点がありますわ。まず一つ目、実際の換装はどうするおつもりですの? 相当な手間暇がかかるのではありませんか?」
「専用の運用艦を設計する必要がありますね。そもそも、既存の軍艦は騎乗士が空へと出撃するということを想定していないので、新造しなければいけないんですけれど。その運用艦が新造されるという前提で進めたという部分もあります。まぁこれは、ガンさんたちが回転式武装腕部機構の換装機を作ろうと相談していたのに発想を得たんですけどもね」
「なるほど。では二つ目ですが、三機とも装甲服を着ておりませんわね」
「私たちも課題として認識しています。そもそも、機体各部にバーニアやスラスターを配置する都合上、装甲服の存在自体が邪魔になっているという問題もあるんです。なので、零式獅子モデルは現状、装甲服を使わないという前提で設計されています」
ヴァイトの言葉の後に、リギアが続けた。
「プラズマ系の武装の前には、装甲服はあまり意味がないからな。火炎放射器などでもそうだが、装甲服は熱に弱い。今後は廃れていくか、超高熱でも燃えないような素材を探すところからやり直しになりそうだな」
「将来は、装甲服を着ているのはエースの証になるかもしれませんわね」
バーニア無しで飛べる騎士なら、装甲服が合っても問題ないしな。
「あ、グリプスの機体がスラスターだけで飛んでいたのは、プラズマ兵器の存在を知らないので、対実体弾を想定して装甲服の使用を優先したのかもしれませんね」
と、アリスが推測を述べた。
「あり得る話ですわね。装甲服についても分かりましたわ。それでは各機の、ああ、いえ、その前に、他に共通で組み込まれている機能はあるのかしら?」
「共通機能があと一つあります。キャバリエ・アリスから提案を頂きましたものの中から採用したものですね」
「あら、お手柄ですわね、アリス」
「えへへ、ありがとうございます!」
「と言っても技術的に提案通りのものを作るのはまだできなかったので、一部の内容だけです。あまり期待し過ぎないでください。共通機能は、かかとに仕込まれたタイヤです。キャバリエ・アリスからはランディングランナー、と書かれていたものですね」
「どういうものですの、アリス?」
「騎乗士が着陸するときにですね、足だけだと、勢いを吸収するのが難しそうだったんです。前にしばらく走ったりしてたので。それで、踵からタイヤのついたアームを伸ばして衝撃をそこで受け止めて、あとは足の代わりにタイヤに走らせたらいいんじゃないかなって」
「そうでしたか。……それで、ヴァイト様。そこから何を省略いたしましたの?」
「アーム部分ですね。強度的に不安があるのと、タイヤはともかく、アームそのものの操作方法を解決できないという問題がありましたので、タイヤを踵に直接組み込んでいます」
「あー、そっか。操縦方法か……」
「ちなみにですが、タイヤのおかげで地上の走破性能は大幅に向上しましたので、技術者の皆さんからは絶賛されていますよ」
「ううん……思った通りのものが出来なかったけど喜ばれてて、なんだか複雑な気分です」
というかあれだよな。アリスが言ってるのってコ〇ドギ○スのラ〇ドス〇ナーだよな……。
本当に再現してたら怒られそうなので、アリスには悪いが、これは技術力不足なのに助けられたような気が……。
―――誰に怒られるんですの……。
そりゃス〇ロボに参戦した時に遊んだ多数のプレイヤーからに決まってるだろ!
《感想:ミス・アリス。マスターが頭のおかしいことを言い出した時は頭がおかしくなっているので相手にしないのが一番です》
―――ええ、覚えておきますわ。無視いたしましょう。
オイこらお前らスルーすんな。俺の壮大なる野望なんだぞ。
「それでは、各機の特性を説明したいと思います。まずは近接戦闘型から。資料二つ目のインデックスを開いてください」
お排泄物ッ! こいつらへの説教は後回しにするか……。
ヴァイトの言葉の通り、指定されたページを開いた。そこには機体名に白黒の機体完成予定図、各種スペックに、装備する武装などがまとめられていた。
「換装形態名、剣撃獅子。想定搭乗者はレオニスです」
つまり例の、オレンジ色の機体というわけだな。
「前衛を担当するため、機体前面に高硬度装甲を集中し、背部ウイングユニットは前方突撃能力に特化したものを使用しています」
説明を聞きながら、ざっくりと資料に目を通した。ざっくりと言うが、俺はドライコインと契約して以来、思考速度がもの凄く速くなっている。なのでやっていることは速読に近い。
そしてスペック、特に飛行能力の部分を見て、
「少し気になるところがあるのですが、この形態の性能では、曲がるのは苦手ということかしら?」
機体前面にあるバーニアは胴体くらいだ。スペック的に滞空する分には不足はないのだが。
その一方で、多数のスラスターやバーニアが背面方向へと集中している。ウイングユニットのものはともかく、機体に固定されたスラスターは、どれも可動域がかなり狭いのだ。ふくらはぎに尻周り、そして背中に据え付けられているメインスラスターがそれだ。
「はい。蛇行程度は移動中でも可能ですが、急角度で曲がるのは難しいですね」
「どうせ前に進まなきゃ役に立たないんだし、装甲と盾で無理矢理進むから、曲がる性能は最低限でいいって判断っす」
薔薇獅子の開発中に軽くて硬い合金を作りこそしたが、それを使っても分厚い装甲にすると当然重くなるからな。
重量負けしないように大型化するという手もあるが、接近戦でデカい背負い物があると邪魔になる。それらの都合でこの仕様を採用したと、今開いているページにも書かれていた。
《報告:模擬計算しましたが、このサイズと推力で可動域をこれ以上広げると、使用中に可動域が耐えられない可能性が高いです》
なるほど把握。
「分かりましたわ。続けてちょうだい」
「では次に、剣撃用に開発した武装を紹介させていただきます。まず一つ目は、腕部用コンテナユニット。折り畳み式の大型ブレードですね。ああ、剣撃のコンテナ構成は、左右ともに同じになります」
図面には、機体の肘から先に、肩を超えるほどの刃が延びていた。根本にあるのは、もちろん回転式武装腕部機構用のコンテナだ。このコンテナ内に回転軸があり、肘剣が腕の延長線上に延びるように展開する。
背部のスラスターユニットがランドセルのような形状で、つまり翼に当たる部位がないのは、この大型ブレードが理由だろう。横に長いパーツがあると、腕を動かしたときに干渉しかねないのだ。
「あの、ちょっと確認してもいいですか?」
と、アリスが手を上げた。
「何かありましたか、キャバリエ・アリス?」
「ええっと、この剣撃獅子用の背面ユニットですけど、翼がないですよね? それはこの、大型ブレードを横に展開して、代わりに翼になるってことですか?」
「はい? 何を言って……ああ! なるほど、その手がありましたか……!」
「あ、違うんですね」
「ええ、ですが、面白い着眼点です。剣撃の欠点を改善できるかも知れません。レオニス、あとで検討してみましょう」
「おう、分かったぜ!」
いい発想だアリス! 乙ポイントを3000点あげよう!!!
―――久々に聞きましたわねそれ……。もう忘れておりましたのに。
《感想:そして相変わらずミス・アリスへは点数が高い》
「アリスも、細かい仕様までは聞かされていなかったんですね」
「あたしがやったのはコブ付き鼠で飛んだ時の違和感というか、これがあったらいいのになって要望をたくさん出すってことまででしたから。新型機そのものには、口を出したりしていないんですよね」
「そう言えば、そのようにわたくしも指示しておりましたわね。完成前にわたくしたちが介入すると、普通の人には扱えないようなものが出来かねませんものね……」
「ですが、完成後の改修についてなら話は別でしょう。他にも何か、気になる点がありましたらどんどん意見をお願いします」
と、ヴァイトからも推奨された。
「換装式全装甲機構がありますから、改修作業はかなり簡易的に行えそうですわね」
「ええ、おっしゃる通りです。では、続けて二つ目の装備説明に移りたいと思います。二つ目は既存のブレード内臓コンテナ、その外に取り付けることを想定した大型のシールドです。こちらはコンテナへの固定状態以外にも、取り外して手で保持することも可能になっています」
ふむ。折り畳み式のブレードもそうだが、このシールドもデカい。手より先から、肘より先までをカバーする大きさだ。それはつまり、
「折り畳みブレードもシールドも、コンテナの回転を妨げる大きさですわね」
「そうですね。小さく位置を変える程度のことは可能ですが、位置の変更は行えない大きさになっています」
「採用順は逆なんすよ。先に大型シールドを取り付けることが決まって、シールドを回転させる必要性は低いから、回転は考えなくていいんじゃねって。じゃあ回転出来ないから、大型ブレードを折りたたんで取り付けてもいいんじゃねって感じで決まったんす」
「理には適っておりますわね。回転できるからと言って、無理にでも活かす必要はないわけですし」
俺がそう言うと、目の前の二人はあからさまにホッとした表情をした。
「……なんですの、その顔。まさかわたくしが怒るとでもおもっていたのかしら」
「いえ、まぁ……」
「せっかくの回転機能を殺す設計っすからね……」
と、レオニスとヴァイトがそう言った後、
「これがだめならどうしようかと皆さま、不安に思っておいででしたね」
グレイは一人だけ平然と、そう言ってのけた。
「……グレイだけは、そう思っていなかったようだな」
その様子をいぶかしんだリギアが、グレイに訊ねる。
「マリア様は浪漫を求める面もありますが、非常に合理的な考えをする方だと私は思っております。ですので、合理的な理由があるのなら、この程度のことでは目くじらを立てないと考えておりました」
と、グレイの言葉を聞いたアリスが、腕を組んでうんうん、と頷いている。恋人面か。いやキャバリエだわ。
「そもそもが、この機構は便利使いするための機能ですもの。使うと不便になるのなら、その時は使わないと判断するのは当然のことですわ」
「無事にマリア様からもお許しが出たことですし、お続きをどうぞ」
グレイが話を促し、俺は再び資料に目を落とした。
折り畳み式大型ブレードで一つ、内臓式高速振動ブレードで一つで、残り二つのコンテナはっと。……おや?
「コンテナの装備可能数は、四つから三つに減っておりますのね」
「あっ、そうでした。すみません、言い忘れてました。手から電力供給が出来るように、腕に導線を通したかったのですが、コンテナが四つあるとサイズ的に難しかったんです」
「操作性の簡易化と、コンテナ数を減らしての機体軽量化って意味もあるっす」
俺の言葉を受け、ヴァイトとレオニスが言い訳でもするようにそう言った。
「そういうことでしたか。確かに、どちらも量産化を考えると重要な部分ですわね」
それに、コストを減らせるのも大きい。
薔薇獅子はこれまでの雄型騎乗士と比べると、少なく見積もっても二倍以上の製作費がかかるのだ。
コスト面を解決できず量産化は不採用、なんてのは、ロボット作品ではよくある話だからな……。
加えて、俺もコンテナ四つは割と持て余していた。ブレードとパイルバンカーとマシンガン付けて、他につけるもんないからマシンガンもう一つ付けとくか……って運用だったし。
上手く運用できているのは、今のところリギアが不知恐怖で使った同一箇所高速三連撃くらいじゃないだろうか。
―――コンテナ数が減ったこと、意外と素直に受け入れましたわね。
《感想:マスターは「それを減らすなんてとんでもない!」と言い出すと予想していましたが、当機の予測能力にはまだまだ改善の余地がありますね》
お前らは俺を何だと思ってるんだ。
そもそもだ、量産機というのは、試作機から過剰な部分を消していくもんだからな。コンテナ数が減るのは別に、そんなにおかしなことでもないさ。
「それで、残る一つのコンテナには何を採用いたしますの?」
「作戦内容や仮想敵機に応じて、と考えています。今回は、既存のニ連装サブマシンガンを採用していますね。近接武器だけだと、立ち回りにも制限が増えますし。それと、同じ理由で腰の左右には長剣を一本ずつ搭載してあります。コンテナの固定武器だけでは、やはり出来ない立ち回りというのがありますので」
あまり剣には詳しくないんだが、例えば正眼の構えとか、そういう手で剣を持っている状態を前提とした剣術は全部、内臓剣では使えないからな。
俺は剣をやってないのでその辺は気にならないが、レオニスはまじめに剣を修めている。手持ち用の剣を用意するのは当然と言えるだろう。
ところでこの剣も新規に作ったやつだろうな……。既存の騎乗士用の剣は全部、8メートル級の獅子モデルにとって小さすぎるから。
ああ、そうだ。言い忘れていたが、新型機も薔薇獅子と同じくらいの身長だ。
回転式武装腕部機構を採用している都合上、大きくなることはあっても小さくするのは難しい。機体の各部位比が人体のそれから大きく逸脱してしまうからだ。
人がイメージ操作で動かすという前提がある以上、機体サイズが変わろうとも、身体の比率まで変えてしまうと上手く操縦できなくなってしまうのだ。
折り畳み式ブレードみたいに、内臓を考えず外にはみ出させてしまってもいいのならコンテナの、引いては機体そのものの小型化はできるだろうけど、それだと回転機能を活用出来なくなる。
もしくは非戦闘系、煙幕とか閃光弾みたいなのを使用する前提なら小型化は問題なく可能だ。小型化が難しいのは、小さくし過ぎると十分な攻撃性能が発揮できないという理由だからな。
「以上が、零式獅子の一つ目の形態、剣撃獅子についての説明になります」
そして、ヴァイトは一度、話を締めたのだった。




