閑話・ストーリー「運動会」をスキップしますか? ⇒はい Yes Ja
あ、運動会のことを忘れていた。
そう気付いたのは、談話室での昼食の後、リギアに「トーナメントに出るつもりではないよな?」と尋ねられた時だった。
開発スタッフの間では『運動会』という通称だったので、リギアにトーナメントと言われても一瞬思い出せなかった
リギアの言ったトーナメントとは、11月半ばに開催される、騎乗士トーナメント大会のことである。ちなみに今日は11月になったばかりだ。
この大会は、ゲーム主人公、及び全攻略対象が、騎乗士を用いたトーナメント形式で競うという内容だ。そして大人げない攻略対象たちは訓練機のコブ付き系ではなく、自前の専用機で参加する。まぁ、どう考えても優勝候補だな。
ほら、1学期の終わりに俺たちが決闘した競技場があっただろ? あの競技場は本来、このトーナメント大会のために用意されているものなのだ。
なお、プレイヤーが操作する機体は、ゲーム主人公が操る魔改造コブ付き水仙で、もちろん優勝するのもゲーム主人公である。攻略対象たちを差し置いてな。なぜなら、彼女は特別な存在だからです。
そして、これが原作ゲームにおいて発生する、2学期2回目の戦闘イベントだ。
グリプスとの戦闘があったせいですっかり忘れていたけどね。2年の2学期、つまり本来のスケジュール通りにグリプスに襲撃された場合には、その年のトーナメント大会がないんだよな。
―――今年はグリプスに襲われているのに、開催されるようですわね。
あー、生徒の認知度の問題かもなぁ。ゲームでは飛行型騎乗士を多くの生徒が目にするし、キャラクターエディットで作った生徒を出撃させることも出来る。つまり、他国に襲撃されたという認識が生徒の間にも広く広まるわけだ。
対して、現実では「運悪く小規模な空賊に襲われた」程度の扱いだ。おそらくだが、その差によるものだろう。
あと、これは余談だが、この学園には正しい意味での『運動会』は存在しない。徒競走とか、大玉転がしとか、応援合戦とかを団に分かれて点数を競うというやつだな。
当然と言えば当然だ。だって怪我するかもしれないじゃん。
貴族令嬢にとって、その身体というのは財産だ。傷跡の一つだってあってはいけないのだ。
下品な表現だが、初めての『傷』を付けていいのは、その夫となる人だからね。
だから万が一にも傷を負わせる訳にはいかないので、この学園に運動会はない、というわけだ。
体育の授業だって、体操着に着替えて外で運動なんてしないしな。この学園における体育の授業とは、ダンスの練習と同じ意味だ。
原作ゲームがもし剣と魔法の世界だったら、普通に運動会があったかもしれないけどね。怪我をしたって魔法の力とか、ポーションとかで、傷一つ残さず治療できるだろうし。
というわけで、リギアに尋ねられた模擬トーナメント大会の参加についてだが、
「無論、参加するつもりはありませんわよ」
と、紅茶を一口飲んだ後、俺はそう返事をした。
それも当然で、俺には薔薇獅子が、リギアには不知恐怖がある。今の国内では、間違いなく最強の騎乗士と言える二機だ。
アリスにも天竺葵があるが、あれは対艦戦闘に特化したせいで、対騎乗士戦闘能力は全然ないからな。というか天竺葵にとって、あの会場では狭すぎる。まともに運用すら出来ないだろう。
つまり、俺たちのどちらかが優勝するのは目に見えているのだ。
それに、いつグリプスが攻めてくるか分からない現状では、うっかりどちらも大破させて修理中、なんて事態は避けたいしな。それが原因で、グリプスが侵略を早めることを決定したら目も当てられない。
「そう言うリギア様はどうなさるのです?」
「俺も参加する気はない。不参加を教員に伝えておかねばな」
「アリスやフラウはどうですの?」
「騎乗士の改良で忙しくなかったら、あたしは参加したかったんですけど」
「アタシもパス。つーかアタシの場合、もし素性バレでもしたらコレじゃん。参加できるわけないわ」
と、フラウは親指で首を切りながらそう言った。
レオニスたちも不参加だろう。あいつらは新型開発で忙しくしているし、そもそもあの三人が1学期に使っていた機体は、全部俺が破壊してしまったからな。
ニオスは何やら教師に呼ばれたらしくこの場にいないので、参加の是非は分からないが、他の皆が参加しないことだし、同じく不参加だろう。
となると、今年はモブしか出ない地味な大会になりそうだ。
《感想:果たして、今回はマスターの予想通りに戦闘イベントが発生しないのでしょうか》
―――夏休みから二連敗していますものね……。
いや、今回は発生する要素ないでしょ。三馬鹿の機体開発も終わっていないし。終わってたとしても俺が参加する理由にならないし。
それに正直、俺も参加している場合ではないのだ。
「暇、というのも違いますが、機体の改良に使える時間は多く取れそうですわね」
というのも、天竺葵の仕様について、アリスに文句、というよりは注文だろうか。改修の相談を受けている。
話の発端は、ミサイルを発明したことだ。ミサイルによって、騎乗士の対艦戦闘能力は大幅に強化される。
すると、対艦戦闘に特化した騎乗士である天竺葵は、その優位性が低下していくことになる。それをアリスは危惧しているという訳だ。
というわけで先日、アリスが用意した改修設計図を見せてもらったのだが、
「人型に変形できればいいと思うんです!」
と力説された。うんうん、未来に生きてるねー。
無理です。
開発段階を何十個か飛ばしすぎだろ。というか天竺葵の構造的に、人型への変形は不可能だ。
機体全長と同じ長さを持つ超大型プラズマ・レールガン、ア〇ムストロング砲がそのまま、天竺葵の基礎フレームとなっているからな。
人型に変形するためには、まずこのフレームそのものに手を入れなければならない。
というかそこまでするのなら、新規に変形するのを前提に建造した方が明らかに早い。まぁ、それでも可変機を初めて作るとなると課題も多いので、どう考えてもグリプスとの戦争には間に合わないだろう。
だが、アリスの言いたいことは分からないでもない。人型に変形したいのは、天竺葵の対騎乗士戦闘能力を改善するのが目的だ。
何故なら、天竺葵の唯一の武装であるレールガンは、騎乗士を相手にするには、あまりにも過剰火力に過ぎるのだ。
その上、唯一の武器の射線軸が機体の中央に固定されているので、機体軌道上にしか発射できないという制約を持つ。仮に地面にいる騎乗士を狙おうとしたら、地上へと超高速で落下しながら発射する、という無茶な撃ち方しか出来ないのだ。
「アリスの方、例の新型についてはどうなっておりますの?」
「向こうは皆さん、忙しそうにしてますけど、あたしの方は落ち着いていますね。案も設計図も、出せるものは全部出しちゃってますし。今はそれよりも、天竺葵をどうするかのほうが気になってます」
「なら、天竺葵の改修に手を出しても良さそうですわね。わたくしの方でもいくつか案を用意しておりますわ」
「早速聞かせてください!」
「……アンタらさ、」
と、俺たちの様子をうかがっていたフラウが、ぼそりと呟く。
なんだなんだとその顔を見れば、
「学校って、勉強するところよね。アンタら何しにここに来てんの?」
というので、俺とアリスは顔を見合わせ、こう言った。
「「騎乗士の開発です」わ」
●
騎乗士トーナメント大会の翌日、ニオスが優勝したという話を耳にした。
何やってんだあいつ。参加するということすら聞いてなかったぞ。
なので、早朝から本人を捕まえた。ちなみにアリスも一緒だ。同じ部屋の同じベッドで寝ているのだから、早朝だろうと一緒にいるのは当然と言えば当然だ。
「何やってますのアナタ……」
「お、怒らないでくださいよ、マリア様」
「怒っているのではなく、困惑しているのですわ。ニオスさんが参加する理由が分からないので」
「僕も参加したくて参加したわけじゃないんですよ。でも、学園側や教会から頼まれてしまってですね。……それに、これにはマリア様にも原因があるんですよ」
と、躊躇しながらもそう言ったニオスの言葉に、
「わたくしに?」
「マリア様に?」
俺とアリスは、そろって首をかしげた。それに対し、ニオスは、
「ええ。なんでも、1学期の頃から、今年の大会は注目されていたらしいんです。リギア殿下を始め、専用機を持ち込んだのが5人もいるのは前代未聞ということで」
そう聞いて、俺に原因があると言ったニオスの言葉の意味がよく分かった。
「全部、わたくしが壊してしまいましたものね……」
あ、全部は壊してないな。
「いえ、ニオスちゃんはリギア様が棄権させましたし、1機だけ無事なはずです」
と、アリスが言ってくれた。
「はい。それで、破壊された騎乗士はその後も修理されてません。というか修理用の練習機扱いされてますね。なので使える状態じゃないです。まぁ、他の皆さん方は騎乗士の開発に専念されてますし、仮に修理されていたとしても、誰も乗る人がいないんですけどね」
有力貴族の息子用に用意された機体だからなぁ。使っていいよと本人が言っても、おいそれと借りれるものではない。
特にリギアの機体は致命的だ。もし王族以外が使ったら、当のリギア本人の許可があってもなお極刑の可能性すらある。
「という訳で、当初注目されていた機体は、僕の以外は全滅しちゃってるわけですね。それで、このままだと盛り上がりに欠けるんで、せめて僕だけでも参加してくれないかと学園から頼まれたんです。これだけなら断るつもりだったんですけど……」
「ですけど、何かありましたの?」
「教会上部から、決闘に出なかったんだから大会には出ろ、と命令が下りまして……」
あぁ、それは参加せざるを得ないな……。
「なんで教会が……? あー、教会の開発力を見せたい、ということですか?」
「ええ、それで合ってますわ、アリス。マリウス教は騎乗士の発祥ですものね。それでニオスさんは、教会の威信をかけて優勝するしかなかった、というわけですか。言っては何ですが、よく一人だけ専用機での参加を認められましたわね」
「専用機は僕だけでしたが、同時に雌型なのも僕だけでしたので、大きなハンデにはならないだろうって判断らしいです」
「で、どうやって勝ちましたの?」
まぁ、大体予想はついているけど。
「基本的に関節狙いですね。訓練機は装甲服がないので簡単に狙えますし。一気に近付いて、ナイフをこう、ガッ! ってやったら大体終わりです」
「まぁ、そうでしょうね。雌型では、雄型相手に正面から戦っても勝ち目はありませんもの」
「ニオスちゃん、それだけで全部勝っちゃったの?」
「さすがに後の方は警戒されてたけど、その時は速度で翻弄して、って感じかな。僕の機体は速度と正確性を重点的に強化されているから。それに雌型の出力でも、雄型の膝を裏から蹴ればバランスを崩すくらいは出来るからね」
「これまでの雄型は強靭ですが、代わりに鈍重でしたものね。わたくしの薔薇獅子はその辺り、解決してはおりますけれども」
結果として、3号機を渡したリギアが玩具をもらった子供のようにはしゃいで、夏休みの間ずっと乗ってたんだよな。
「ああ、決闘の時も、あっという間に後ろに回り込んだりしてましたもんね」
と、当時の戦いを思い出したアリスが言った。続けてニオスも、
「……確かにそうですね。それに、あの薔薇獅子の膝裏を蹴ったところで、びくともしなさそうです」
関節強度も上がってるからね。というか実態は逆で、薔薇獅子の機体サイズで強度を上げないままだった場合、動いたらその部分から壊れるからな……。
「まぁ、事情は分かりましたわ。確かにそういうことなら、参加せざるを得ないでしょう」
俺がそう言うと、ニオスは明らかにホッとした様子を見せた。だから怒っていないというに。
「ああ、そうですわ。一つ、言い忘れておりましたわね」
と、俺の言葉を聞いたニオスが、ぎくりと身体をこわばらせた。
「あ、そうですね。確かに言ってなかったです」
と、アリスも何を伝えていないのかに気付いたようだ。
俺たちは二人、声を合わせて、
「優勝おめでとう、ニオスさん」
「優勝おめでとう、ニオスちゃん!」
と、ニオスを祝福したのだった。
今度こそ3話の9の予定がまたもや閑話になってしまった




