閑話・キャバリエは見た!
マリアに、自分以外の女の気配がある。
マリア・フォン・ゴルディナーのキャバリエ、アリス・ゴルディナー・アレスは、そう思った。
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俺たちが再び学園に通うようになってから、数日が経過した。
今のところ、世界は平和だ。グリプス王国が侵略してきたという情報もなく、フラウの正体を暴こうとする生徒や貴族の気配も見られない。アリスは夕食に間に合うように帰ってくるし、夜になると同じベッドで、他愛のない騎乗士開発考察をしながら眠りにつく日々が続いていた。
―――何か今、ものすごく変なニュアンスが入っておりませんでしたこと?
《感想:気にしては負けです、ミス・マリア。マスターの平常運転です》
そしてある日の放課後、俺は一人、学園を離れ、城下町を訪れていた。
一口で城下町と言っても、平民が数多く道を行き交う粗雑な場所や、浮浪児などのスラム街ではない。いわゆる貴族街と呼ばれる区域だ。
普段ならアリスをはじめ、リリーナやカタリナ。最近ではフラウと共に来るのだが、今回ばかりはそうはいかない理由があった。
「お待たせしましたわね」
そう言って、俺は一人の少女に声をかけた。
美しい濡れ羽色のショートヘアに、貴族学園の制服を着ている。スカート丈は、本来の中世ヨーロッパにおいては淫猥などと罵倒されそうな膝上の高さだ。そして小柄でありながらも、出るところはしっかりと出ていた。その肢体に加え、一部の隙もなく着こなしている服が合わさり、いやらしさと清楚さが、奇跡のような黄金律を醸し出していた。
何よりも特筆すべきは、その表情だろう。まるで思い人を待つような、あるいはこれからの秘め事を期待するような、うっすらと赤く染まりながらも、恥じらいを耐える顔をしていた。
「は、はやく行きましょう、マリア様……。僕、もう我慢できません……!」
そう言って、女生徒は俺の手を握るものの、自分からは移動しようとはしない。それも当然だ。彼女はこれから向かう場所が分からず、俺がそこへと案内する約束なのだから。
「あら、そんなに急くものではありませんわよ。せっかくその制服を着れたのですから、もっとよく見せてくださいな」
そう言って空いた手で女生徒の頬を撫でれば、そのかんばせを恥ずかしそうに伏せ、いじらしくも俺の視線から隠そうとするのだ。
「そ、そんなの、向こうに着いてからでいいじゃないですか。誰かに見つかったらどうするんです?」
「それもそうですわね。わたくしは困りませんが、貴女はそうはいかないでしょうし。もし見つかったら、きっとスキャンダルになりますもの」
俺は少女の顔からようやく手を放し、繋いだ手はそのままに歩き始めた。
「さ、こちらですわ。はぐれないようにお願いしますわね」
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貴族街を歩く二人の後方、離れた場所にある店の角から、一人の少女が顔を覗かせた。
アリスである。
続いて、アリスの上にカタリナ、そしてリリーナが頭を出し、三人は道行くマリアと、そのマリアに手を引かれ、ともに歩く見知らぬ女生徒の姿を視界に捉えた。
本人たちは隠れているつもりだが、当然ながら貴族学園は貴族街では有名だ。誰も彼もがその制服を見知っており、なおかつその奇行も含め、この三人は大変に目立っていた。
そしてそんなことは露知らず、アリスはハンカチを噛み、
「あの泥棒猫……!」
と、小さくうなっていた。
「まさかアリスさんの言う通り、本当にマリア様が密会しているとは……。遠目ですが、見たことのない方ですわね。あのような生徒、私の記憶にはありませんわ」
とリリーナが、
「私もだ。しかし、リリーナも知らないとなると、マリア様はいったい何処であの娘と知り合ったんだ?」
とカタリナが発言した。
「そんなことはどうだっていいんですよ……!」
と、アリスが小声で、しかし力強く言う。
「あたしだってまだマリア様と二人きりでお出かけなんてしたことがないのに! なのに、なのにぃ~~~~!」
ギチギチギチギチと、アリスの心情を表すかのように、ハンカチの布地が悲鳴を上げている。
「落ち着いて、アリスさん」
「そうだ。今は冷静にならないと……あっ、マリア様たちが角を曲がったぞ! 急いで追うぞ、リリーナ、アリス!」
カタリナの言葉を受けて、三人は勢いよく駆け出す……ことは無かった。
早歩きだ。貴族令嬢は公衆の面前で走ったりはしない。
もし走ったりすれば、お嬢様らしからぬ振る舞いを見た周囲が騒ぎ立てるだろう。さらに、その喧騒が原因で、マリアたちに勘付かれる可能性があるのだ。
だから、今にも走り出しそうなアリスを二人で押さえながらも、出来る限りの早足で、三人そろってマリアの後を追うのだった。
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俺たちが向かった先は、女性用下着店だった。
気後れしないのかって? するわけねーだろ! 今の俺は美少女! 美・少・女! でーす!! 美少女が下着屋に来て照れたりするだろうか。いや、しない。ま、リギア辺りを連れ込んだら面白い反応をしそうではあるが。
そして周囲を見れば、煌びやかで現代的なデザインの下着が、店内に所狭しと並んでいた。ド派手な赤い下着を揃えて着用しているマネキンまで立っている。
中世ヨーロッパにこんな下着があるわけないだろ! と突っ込みたくもなるかも知れないが、これは別に、俺に原因があるわけではない。
さすがの俺でも、年若い女性が着用するような下着について造詣が深いわけではないのだ。というか普通に考えて、四十路のおっさんに女性下着の知識チートは許されないだろう……。
おそらくだが、原作ゲーム『騎乗士の胸に抱きしめて』において、現代的な衣装デザインを起用したのが原因だ。そのせいで、服装だけでなく下着の技術レベルやデザインまでもが、現代基準になっているんだと思う。
ありがとう、衣装デザイナー。ところでマリアが結構エグめの勝負下着を持っていたんだが、もしかしてこれマリアの服をデザインした人の趣向が反映されていたりしないよね?
ところで、マリアは16歳とは思えぬほど豊満なものをお持ちなわけだが、これはこれで、困ったことになる場合がある。
つまり、デカ乳をブルンブルンと見せつけながら周囲を威嚇するのが相応しくないドレスコードの時だ。
この場合、このデカブツを目立たなくさせるための補正下着が必要になる。つまり俺は、『小さく見えるブラ』に当てがある、というわけだ。
さて、もうそろそろお分かりだろうと思う。黒髪で、小さな体躯で、さりとて豊満な肉体を持つ女生徒と言えば、俺の周りには一人しかいない。
つまり、俺が連れてきたのは、男装を解いたニオス・マリウスその人である。
ちなみに女生徒用の制服は俺が用意した。
これを着ることについては本人に渋られたが、まさか男が、それもマリウス教の聖職者であることを現す神父服を着たまま、女性下着店を訪れるわけにもいくまい。
まぁ、身長はほぼ同じなのに胸と尻がデカすぎて、アリス用に用意していたものが使えなかったので、新たに注文することになったのだが。
そして、何故ニオスと共に下着店に入ったのかというと、グリプスの襲撃を撃退した後、ニオスが女であることが発覚しただろ? あの時に、胸を目立たなくさせる補正下着を取り扱っている店舗を紹介すると約束していたのだ。
いや、まぁ、だってすげえデカかったんだもん。トランジスタグラマーってやつだな。放っておいたら、そのうち普通にバレるんじゃないかと危惧するくらいには。
ちなみに『トランジスタ』という半導体は、現実では中世に存在するはずがないのだが、そこはそれ、騎乗士の開発や発展で作られていたりする。
というか俺が発明しちゃった。テヘッ!
《否定:マスターは存在は知っていても製造方法までは理解していなかったので、実際に製造方法を提供したのは当機です》
細けぇこたぁいいんだよ。まさか「わたくしにとりついているロボットのAIが作り方を提供してくれたんですのよ!」なんていう訳にはいかないだろ。
というわけで、俺がいるのは、ランジェリーショップの中でも補正下着を専門に扱う店舗というわけだ。
ついでに、俺も最近下着がきつくなってきていたので、自分用にも買っていきたい。普段使う分なんかは学園内で購入できるんで、そっちは困らないんだけどね。それに、こういうのは急に必要になるからな。そうなる前に用意しておくのがたしなみってものだ。
良い子のみんなも結婚式とか、葬式なんかは本っ当、急にやってくるから。大人になったらちゃんと用意しておくんだぞ! というか最近はレンタルとかあるらしいな。正直羨ましい。おじさんの時にはそんなの無かった……。
―――誰に言っているんですの……。
お天道様に、かなぁ。
「さて、それではニオスさん。まずは貴女のカップサイズを調べましょうか」
「……あの、それは店員さんにやっていただきますので、手をワキワキするのはやめていただけませんか?」
「……これは単なる、騎乗士操縦のイメージトレーニングですわ」
「騎乗士にそんな操作ないでしょう!?」
「いえ、ありますわよ。薔薇獅子はレバーのボタンで、腕部コンテナを操作いたしますし」
と言った後で、ニオスは新しい操縦方法を知らないことに思い至った。まぁ、今はそのことは置いておこう。
俺は声を潜め、
「それに貴女の場合、あまり顔を覚えられると困るでしょう?」
と、ニオスの耳元で囁いた。
普段は男の格好で過ごしているからな。店員に顔を覚えられ、うっかり男装中に鉢合わせしたら、そこから色々とバレる可能性もある。
それならこんなところに来るなよという話だが、さすがに補正下着となると、本人抜きでは選びようがない。
ゴルディナー家の資産で種類を揃えて学園内で調べるという手もあるにはあるのだが、その場合、使わなかった下着の置き場所や処分方法に困ってしまう。まさかアリスに見つかるわけにもいかないし。
なんだか浮気を隠す夫みたいな気分になってくるな。俺にそんな経験はないんで初体験だ。
……いやな初体験だなぁ。いや、そもそも浮気でも何でもないんだが。
ともあれ、俺の言葉を聞いたニオスには反論材料もないらしく、大人しく一緒に更衣室の中へと進んでいった。
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マリアたちが入店したランジェリーショップの店内を、その窓口から覗き見る者たちの姿があった。
リリーナ、それにカタリナである。
残念ながら、残るアリスは背が届かず、中の様子を窺い知ることが出来ていない。
「リリーナさん、カタリナさん、何のお店ですか?」
「女性用の、下着店のようですわね」
「ええ。だけど、マリア様は何故このようなところに? 下着なら学園でも買えるのに」
「あ、学園だと入るサイズを取り扱ってないのかも知れません。この間、ホックが壊れる瞬間をあたし見ちゃいましたし」
というアリスの何気ない一言に、二人は「「あぁー……」」と、納得の声をあげた。
実際には学園でも、マリアにとって十分なサイズのブラジャーを購入できる。だが、胸をわざわざ小さくする必要に駆られたことがない三者は、この店舗の専門性には気付けず、アリスの推測が間違いだと判断することも出来なかった。
「いえ、ですが、それではあの女生徒は何なのです?」
と、リリーナが残る問題について追及する。
「うーん。……このお店の、御息女であらせられるとか?」
「あぁ、マリア様の情報網は謎に包まれていますからね。案内をお願いしたのかも知れませんわね」
というカタリナの推測に、リリーナも同意した。
しかし、アリスは納得していなかった。
「いえ、あたしたちの目を盗んで二人きりで会うのに、それでは理由になりません」
と、そう指摘する。
となると、どうするか。リリーナとカタリナが顔を見合わせる中、アリスは瞬時に決断した。
「現場を押さえます」
そう言うが早いか、扉に手をかけ、即座に店内へと足を踏み入れたのだ。
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うん? なんか店の方が騒がしいな。新しく客が来たんだろうか。
まぁいいや。俺たちには関係ないことだし。
「さて、このようなものでどうでしょうか?」
と、俺はニオスへと話しかけた。
そのニオスはぺったんこだ。胸に余裕を持たせた制服を着ているのだが、その空間を埋めるべき『肉』が消失しているので、その着こなしは先ほどよりも崩れていた。
「凄くいいですね。少し苦しいですけど、自分で押さえつけていたのに比べたら、これは全然楽です」
「それは良かったですわ。ですが、無理をしてはいけませんわよ。補正下着というのは本来、一時的な着用を想定されたものです。ニオスさんの場合のように、普段から着けっぱなしというのは考えられておりませんわ。もし何か、身体に異常があったら使うのをやめて、すぐにわたくしにお知らせなさい」
「ありがとうございます。あ、でも、さすがに女子寮の中にまで入るわけには」
「その制服で……というわけにも行きませんわね。そうすると男子寮から女生徒が出てくることになるので、別に騒ぎが起きてしまいますし」
かと言って、寮長や警備員を通して伝言してもらうというのも問題がある。夜中に男子生徒が訪ねてくることや、補正下着無しのニオスの姿を見られることもそうだし、そもそもの要件、つまり伝言内容自体が問題だ。ただ呼んでくれ、だけでは警備の都合上、はいわかりました、とはならないのだ。
「……そうですわね。試作中の小型通信機があります。用意が出来たら、こっそりとお渡ししますわ。あまり通信範囲は広くないのですけれど、学園内という狭い範囲で使う分には大丈夫でしょう」
「それはありがたいのですけれど、よろしいのですか?」
「無論です。貴女の面倒を見ると約束いたしましたもの。例えニオスさん本人にだって文句は言わせませんわ」
そもそもが攻略対象の一人だし、つまりはストーリーのキーパーソンだ。以前は代わりはいるだろうと思い込み、そう考えていなかった。だが、ここまで内実を知ることができたのなら、こちらの事情も変わるというものだ。簡単に手放すつもりは全くない。
「マリア様……!」
大体こっちの都合によるものなので、そんな感動した瞳を向けられると居心地が悪いな……。
「さて、ニオスさんの方はそれで良さそうですわね。わたくしも新しく買い直したいので、少しお待ちいただけますか?」
と、更衣室のカーテンを開き、外に出ると、
「あっ、見つけました!」
という、とても聞きなれた、ここにいるはずがないアリスの声がした。
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冷や汗が出るのって、こういう瞬間を言うんだろうねー……。
いや、浮気じゃないんだけどね。
浮気じゃないんだけどね!!
とにかく、俺とニオスの秘め事は、アリスに加え、リリーナとカタリナにまで見つかってしまったのだ。
いや、待て。まだ後ろにいるのがニオスだと判明している訳ではないだろう。ここは上手く誤魔化して、
「あれっ、そちらはもしかして、ニオスさんですか!?」
ハイ駄目ーーー! 一発で見破られました!
「どういうことですか、マリア様……。何故ニオスさんがここに、いえ、何故ニオスさんと一緒に更衣室に入っていたんですか? 中でいったい何をなさっていたんですか……?」
「あ、えーっと、これはですね、アリス」
ヤバいヤバいヤバい。どうしよう顔は笑ってるけど目が笑ってないよこれ。
あっ、そうだ!
「そのですね、実はニオスさんには女装趣味があると相談を受けまして、それで女性用の下着をですね」
「あの、もういいです。マリア様……」
と、俺の言い訳をニオスが遮った。
「ニオスさん?」
と後ろを振り向けば、
「いえ、このままだと本当のことを言うよりも事態が悪化するような気がしたので……。マリウス教の助祭が、女装趣味が高じて女性下着の専門店に連れて行ってもらって、挙句の果てにブラジャーまで付けてもらった、なんてのに比べたら、真実を伝えたほうがまだ救いがあるんじゃないかなーと……」
と、諦めた顔でそう言われた。
……うん、全くもってその通りだわ。
こうして、ニオスの秘密はアリスたち三人も知るところとなってしまった。
幸いにも、この五人だけの秘密にすることが決まり、危ういところもあったが、ニオスの平和は守られたのであった。
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「……なぁ、ニオス?」
「何かありましたか、リギア殿下?」
「いや、最近、マリアたちと妙に仲が良くないか?」
「……そんなことはないと思いますよ。ほら、レオニス様たちも学園に来られませんし、そうなると僕の交友範囲は、同じマリウス教の先輩方か、あとはマリア様たちが主になりますので」
「そうか……。ところでニオス?」
「なんでしょうか、リギア殿下?」
「いや、もしかしてな、マリアたちに化粧をされたりなんかしていないか?」
「……よく分かりましたね、リギア殿下。今もされてますけど、これ、ナチュラルメイクってものらしいですよ。まぁ僕は女顔なので、化粧をして遊ばれても仕方ないですよね」
「そうか……。お前がそれでいいんなら、俺から言うことは何もないよ……」
3話の9の予定が書き終わったら思ったよりきれいにまとまってしまったので閑話になってしまった話




