戦いの後に・改 2
とりあえず、俺たちは談話室へと移動した。周りがうるさ過ぎる上に、ホームルームの後は当然、授業が始まる。そんな場所で、のんびり秘密のおしゃべりも何もないだろう。
ここ、王立貴族学園は、名前の通り、貴族が通うことを前提としている。なので、他者に話を聞かれないための個室が用意されている、という訳だ。
建前としては、個室でゆっくりと食事が取れるように、というものなので、飲食とかも普通に認められている。
生徒なら誰でも使えるというわけではなく、ある程度爵位が高い生徒がいないと使えない。騎士の子供が結託して一人一部屋ずつ使い、高位貴族へ嫌がらせ、なんて悪用をされないようにするためだ。
ま、俺は公爵だし、さらにリギアもいるので、この点は問題ない。というか俺たちが使えなかったら誰も使えないしな。
談話室にいる面子は俺とリリーナにカタリナ。そしてホームルームの後に合流したアリスにフラウ。それとリギアにニオスの7名だ。
この中で、単独で談話室が使えないのはニオスだけだな。アリスは俺のキャバリエ、つまり公的にゴルディナー公爵家の人間となったからね。
三馬鹿だと男爵子息であるグレイも利用できないのだが、第一王子の乳兄弟という立場を使って、つまりリギアの名前でちゃっかり利用してたりする。
といってもそれはゲームの場合だ。この現実でもそうしているかまでは知らん。
にしても増えたなぁ……。ゲームだと一度に映るのは3人が限界だぞ。俺を除いても6人で、もしゲームだと画面がひどいことになってしまうな……。
《感想:画面が狭すぎるのでは?》
それもあるけど、常に全員を表示していると、画面の動きが少なくなりすぎるって問題もあるんだよな……。それに、表示されるキャラを細かく切り替えることで話の流れを作ったりもできるし。
ところで、前々から思ってたんだけどさ、ギャルゲーとか乙女ゲーって、小説や漫画と比べてズルくね?
だってさ、誰が話しているのかを名前と立ち絵だけで表現できるし、小説だと誰が何を言ったかを地の文に書かなきゃいけなかったり、あるいは一人称とか口調でキャラ付けする必要があったりで、ゲームはその辺りの手間暇、全部纏めて無視できるんだぜ?
さすがにイベントスチルは描く必要があるし、表情や服装の差分もエグい量になるけど、用意さえしてしまえば背景とか立ち絵は使いまわしができる。特に毎回背景を描く手間から解放されるってのは漫画家から見たらチートだと思ってそうだ。
―――今、それ、重要なことなのですの?
いや、全然。
というのも、さっきからアリスとニオスが紅茶の準備をしてくれているので、それが終わるまで暇でな……。
談話室はセルフサービスだからな。食堂だと給仕に頼めば用意してくれるんだが、この場所の場合、そういうわけにはいかない。
そして、全員に飲み物がいきわたり、俺もアリスが淹れてくれた紅茶に口を付けたところで、リギアが口を開いた。
「……マリア。忘れているかもしれないので、一応伝えておくが、今日から中間テストだぞ」
あ、言われるまで忘れてた。
えっ、とアリスは驚きの声を上げるが、それ以上に動きが早いのは俺の隣に座っていたフラウだ。俺の肩をつかみガックンガックンと揺さぶりながら、
「ちょ、ちょっと、何してくれてんのよ!? アタシ初日からテストサボるなんて評価最悪じゃん!?」
「紅茶がこぼれるのでやめてくださいます、フラウ?」
「紅茶よりアタシの成績を心配しなさいよー! アタシの命がどんだけ風前の灯火か、アンタだって知ってんでしょー!?」
「い、今から戻ってテストを受けさせてもらえるでしょうか? あ、でもマリア様のお話もありますし、どっちを優先したら……?」
「アリスもフラウも落ち着きなさいませ。他の教育機関ならともかく、この学園ではテストも授業も自由参加ですわ。受けなかったからと言って罰則はありません」
「は? え、本当なの?」
というフラウの言葉には、リギアが答えてくれた。
「本当だ。前提として、この学園にいるやつは、入学する前に家庭教師で先に全ての内容を修了しているか、あるいはまったく何も学んでいないかのどちらかだ」
たまに家庭教師を雇っている途中で家が事業に失敗して、途中までしか勉強していない、なんてやつもいたりはするが、まぁそんなレアケースまで補足する必要はあるまい。
「あれ、でも、入学するのは義務なんでしょ? お姉様にそう聞いたわよ。タダで学べるなら、家庭教師なんて雇わなくてもよくない?」
「そういう生徒は、交流範囲を広げたり、あるいは優秀な騎士にあらかじめ唾を付ける目的で学園に通うんだ。例えば、マリアが特待生をキャバリエにしたように、というのはまぁ、極端な例ではあるが。そういう、交流目当ての生徒からすれば、拘束時間の長い授業に時間を割きたくはないのは自明。なので事前に、学習内容を全て終わらせてしまうわけだな」
リギアの言葉に、俺からも補足を入れる。
「そして、そうではない生徒にとって、無料で勉強できるこの環境を逃すのは死活問題、というわけですわ。そういう生徒は大抵、跡取り以外ですもの。彼らは一代騎士になれれば良いほうで、手切れ金だけ渡されて、爵位も持たずに独立、いわゆる『平民落ち』というものですわね。そうなってもおかしくありませんもの。読み書き出来ればある程度食い扶持も稼げますし、真面目に勉学に励み、あわよくば将来の騎士として、高位貴族のだれかに拾ってもらえれば、といったところでしょうか」
ちなみにこの世界、いわゆる『冒険者』に当てはまる職業はない。流れの騎士とか、傭兵団とか、そういう騎乗士の操縦技術や整備技術を持つ者たちの集まりはあるので、強いて言えば彼らが該当するだろうか。
「だから、最初から勉強する必要がない者と、真面目に学ばざるを得ない者の2種類が大半を占めるということだ。極端に分かれているので、最初から自由参加にしている、というわけだな。罰則がないのも、学園がわざわざ用意しなくても、真面目に学ばなければ、将来的に破滅と言う罰が待っているからな」
「一応、学園側でも、各生徒がどちらに属しているかはおおむね把握しておりますわ。そして勉強が必要な側の者たちに対しては、やる気を出させるためにも、好成績なら褒賞が出るようになっておりますの。罰が待つばかりでは、息が詰まりますものね」
「そういう生徒は碌な小遣いも持っていないだろうからな。かといって、その辺の店でバイトをさせるくらいなら真面目に学んでほしい、という理由もある」
「あの、マリア様、リギア様。ご教授いただいているのを遮って申し訳ないのですが」
と、アリスが口を挟んできた。
「罰則がないって話ですけど、特待生のあたしは大丈夫ではないのでは……?」
「ああ、その心配はいりませんわ、アリス」
たしかに特待生の場合、授業もテストも受けるのが前提なので、自由参加というわけにはいかない。
というか1学期の間、俺たちもアリスと一緒に授業を受けていたのは、アリスが義務参加だったからだしな。
しかし、これは『アリスが特待生なら』という前提がある場合だ。
「わたくしのキャバリエとなった時点で、すでに特待生ではなくなっております。それに、仮に好成績を取っても褒賞は出ませんわよ」
「あ、そうなんですね。じゃあ、もうテストは受けなくていいかなぁ……」
アリスはそう言いながら、ぼへぇ……と気の抜けた表情になった。
そこで「あ、でも待って」とフラウが言葉を発した。
「アタシ、その『勉強してない側』のはずなんだけど、それは大丈夫なの?」
「ええ、問題ありませんわ。そもそも、どちらの側かを一人一人確認しているわけではなく、爵位や家業の収入、他に兄弟姉妹の家族構成などを考慮して、学園側で基準を設けているのです。ゴルディナー公爵家の次女ともなれば、十分に『授業を受けなくていい側』として扱われますわ」
「『国王以上の大金持ち』なんて揶揄される家だからな。次女どころか、仮に数十人いても扱いは変わらんだろう」
「えっ、ゴルディナー家ってそんなレベルの大富豪なの?」
「お前の義姉なんて、小遣いだけで新型の騎乗士を開発しているぞ」
騎乗士1機を生産するのには、日本円換算だと数億円から十数億円という規模だ。ただし、これは既存の量産型を生産した場合だが。
余談だが、この国の金の単位は円ではなくオイスという。レート自体は日本円とイコールだ。だって換算するの面倒だからね。
さて、肝心の俺が消費した金額についてだが、新型騎乗士の開発、それも薔薇獅子レベルのものとなると、50億は軽く通り越すだろう。幸いにもドライコインの分析能力で時間と実証費用を大幅に削減できたので、さすがに100億までは行かなかったはず。さらに、三馬鹿に送るための同型2号機と、リギアの専用機に改修した3号機の合計3機。さらにアリスの天竺葵の開発までも考えると、
「全部で、400億オイスくらい使ったかしら……」
改めて考えてみると、子供の小遣いなんてかわいい表現を使っていいレベルじゃねえなこれ。
だが反省はしていない。
この国には既に特許制度が導入されている。なので今後、新型騎乗士の開発や生産が本格化すれば、特許料、さらにゴルディナー産の貴金属の高騰で、使った以上に取り戻せるからだ。
原作ゲームでも開発フローを進めれば特許料が入ってきて、次の開発資金になって、その資金で開発したらさらに特許料が……という感じで、開発すればするほど金が増えたからな。
よんひゃくおく……という呟きを耳にしたので隣に目を向ければ、フラウの両目がまるでドル表記と錯覚するかのように輝いたところだった。
「一生ついていくわ、マリアお姉様!!!」
と言ったフラウが俺の腕に抱き着き、
「あっ、だ、駄目ですフラウ様! それはわたしの役目ですー!!」
と言ったアリスがもう片方の腕に抱き着いた。
う~ん、両手に花!
「良いのですか、リギア殿下? ご自身の婚約者様があんな体たらくになってますけど」
と俺の様子を見ていたニオスがリギアに話しかける。
「一度に妹が二人増えたようなものだし、別にいいんじゃないか?」
「あら、リギア様も混ざりたいんですの? ですがこの通り、両手はふさがっておりますので前と後ろしか空いてませんわよ。つまり正当性をもって正面からわたくしの胸に顔をうずめたいということですわね! 今のわたくし、大変機嫌がよろしいので全然かまいませんことよ!! さぁ!!!」
「さぁ! じゃねえよ!」
「さぁ! じゃありませんよ!」
と、リギアとカタリナにステレオで反論された。
さらにリリーナがオホン、と咳払いし、
「お二人に納得いただけたところで、今回集まった件について話を進めたいのですけれど、よろしいですか?」
と言った。
「あっ、そうです! 妹って一体どういうことですか? フラウ様って、やはりあの時のフラウ様ですよね? それがどうして妹に?」
と、カタリナもリリーナに追随する。
さらに、俺の腕をつかんだままのフラウも、
「あ、それと、キャバリエ?ってのも教えてくれない? グリプスにはそんなのなかったからさ、アタシよくわかってないのよね」
と尋ねてきた。なので俺は、フラウの反対側、やはり腕につかんだままのアリスに顔を向ける。
「それでは、アリス。わたくしのキャバリエ。フラウの質問には後でわたくしが答えますので、どうしてフラウがわたくしの妹になったのか、経緯を最初から、皆さんに説明していただけるかしら? 今回の件をきちんと理解できているか、学園のテストの代わりに、わたくしからのテストですわ」
「分かりました、マリア様」
そう言って、アリスは俺の腕から手を放し、立ち上がった。
「あ、でも、もし足りないところとかありましたら」
「ええ、その時はわたくしからも補足しますわ」
テストといったものの、主な目的は事態を理解していないリリーナとカタリナ、それにニオスへの説明だ。漏れや誤解があってはいけないからな。
「それでは僭越ながら、キャバリエ・アリスが説明させていただきます」
アリスは一礼し、皆の姿を見渡して、こう言った。
「事の発端は、グリプス王国から、フラウ・グリプス第三王女の死亡連絡が届いたことにあります」




