戦いの後に・改 3
アリスの言葉を聞いた三人は、三者三様の行動をとった。
フラウの隣に座るカタリナは、スッと椅子を引き、フラウに足があるかを確認した。
机を挟んだ位置に座るリリーナは僅かな言葉で、その顔に理解の色を示した。
そしてリリーナとリギアに挟まれているニオスは、無言で胸元の二重円を手に取り、フラウに見えるように突き付けた。
ちなみに、ヨーロッパの幽霊は日本のものと違い足があるらしいのだが、制作当時、俺たちはそんなことを知らなかったので、おそらくそれが反映されて、カタリナにこんな行動をとらせたんだろう。
そして、ニオスの持つ二重円というのは、マリウス教の紋章だ。二つの同サイズの輪が少しずれた位置で接触し、その部分を使って2枚が固定されている。
この円、一つは人生を現し、もう一つはマリウス教を現している。一つ目の接点が生誕の祝福を、残る一つは婚姻の祝福を示し、この二つはマリウス教と深い関わりがある、ということを表現しているのだ。
また、円の片方は接触している付近に欠けがあり、輪が閉じないようになっている。これは人間が不完全であることを示し、同時に始点と終点、つまり生まれた時と死ぬ時を表現している、というわけだ。
ちなみに円がつながると転生、つまり教義に反する意味になるので、完全円の二重円を持っているのを聖職者に見つかると滅茶苦茶説教される。
そして、もう片方の円は欠けがないようにしなければならない。これはマリウス教が完全であるということを示唆しているためだ。
もちろん、両方の円が欠けた二重円の場合でも、やはり滅茶苦茶説教される。
ついでに補足しておくと、カタリナの家、ネルランド家の家紋は緑と青の二重円、それも、どちらも完全円だ。
怒られないのかと夏休みに尋ねたのだが、青の円は人生ではなく、ネルランド家を示しているらしい。この場合は欠けがあると、ネルランド家の終わり、つまりお家断絶を示唆してしまうので、完全円であることが正しいのだそうだ。
理屈が立派……! ゴルディナー家の家紋なんて金色の薔薇だぞ……。品位の無さが透けて見えるな。
―――余計なお世話ですわよ!
そして三人の行動、とくにカタリナとニオスの態度を見たフラウは、
「グリプスがそう発表しただけで、アタシが本当に死んだわけじゃないわよ」
と不服な顔で反論した。
「いきなり話の腰を折って悪いんだけど、アタシ、あ、グリプス王女のほうね、旅客機を襲ったって生徒たちに気付かれてると思うんだけど、どうすんの? 自分でいうのもなんだけど、アタシってかなり有名じゃない」
「わたくしも先ほど確認を取りましたが、旅客機からは戦闘の様子は見えなかったようです。フラウはおろか、飛行型騎乗士の存在すら噂されていませんわ」
「それなら、まぁ、大丈夫なのかしら。飛行型が何十機も飛んでたのに、話題にもなっていないというのなら見えていないのは確実でしょうし……?」
そこまで言って、フラウは少し考え込み、こう言った。
「一応確認するけど、リントヴルムだと飛行型騎乗士はありふれたもの、とかじゃないわよね?」
「少なくとも現時点では、空を飛べる騎士は極めて希少な存在ですわ」
そのうち珍しくなくなるだろうけどね。才能無しでも飛行できる騎乗士は、三馬鹿によってただいま開発の真っ最中だ。
それと、グリプスの飛行型についても、後でフラウに確認しなければなるまい。いくら何でも出てくるのが早すぎたからな。何か原因があるはずだ。もっと早く訊きたかったのだが、王都に着いた後は俺もフラウも忙しくて、詳しい話をする暇が取れなかったのだ。
フラウの納得が得られたので、俺は頷き、アリスを促した。
「では、アリス。話の続きを」
「はい。単なる死亡通知というだけでなく、国境付近に現れた空賊の駆除に出たところ、卑劣な罠により死亡した、という死因も一緒にでした。あたしたちはそれが嘘だと知っていますけれど。その後、周辺諸国にも確認をとったのですが、そちらにも同じ内容の連絡が入っていたとのことです」
「ああ、その件だが、俺からも補足させてもらう」
と、アリスの後、リギアが口をはさんだ。
「フラウ・グリプスの逝去を証明する、正式な書状も届いている。マリウス教の捺印込みでな。つまり今後、グリプスは『実はフラウは生きていた』と発表することは不可能だ。国家としての信用を著しく落とすことになるし、加えて、マリウス教から制裁対象となるだろう」
「まぁ、敵艦はアリスが全て撃沈いたしましたからね。フラウが捕虜になったという情報がグリプス王国まで伝わっていないのも無理はありませんわ。ところでアリス、先ほどの話の中で、重要なのはどこか、理解しているかしら?」
「はい。フラウ様の死因が、国境付近の空賊にある、という部分です」
正解だ。俺が無言で頷けば、アリスは言葉を続けた。
「グリプスが先に発表したことにより、わたしたちリントヴルム王国は、グリプスに襲撃されたことについて、抗議も発表も行えなくなりました。もしそうすれば、グリプスに現れた空賊が、リントヴルムのものだということになってしまうからです」
「あの、一つ聞いてもいいですか?」
そう言って、手を挙げたのはカタリナだ。彼女は続けて、
「グリプスに現れた空賊が、フラウ様を捕虜にした後にリントヴルムにも現れた、という解釈も出来ますよね。その場合はどうなるんです?」
アリスが俺の表情を窺ってきたので、答えていいと頷いた。
「はい。その場合、空賊の正体はグリプスでもリントヴルムでもないので、どこから現れたのかという話になります。すると、どんな国でも空賊の本拠地とすることが出来ます。でも周りの国からすれば、そう解釈されると不利益しかないので、他国がそういう主張をしてくることはない、ですよね」
「ええ、その通りですわ。この回答で満足かしら、カタリナさん?」
「ふーむ、納得できました。確かに、説明されるとアリスさんの言う通りですね」
政治って面倒くせえよな……。俺もカタリナと同じこと思ったもん。幸い、マリアがその辺教えてくれたんで要らない恥をかかずに済んだけど。
まぁ、不安がないわけではない。だってこの世は乙女ゲー。王族はもちろん国の重鎮には頭がおかしい連中がいるというのを念頭に置いて活動しなければなるまい。
現にレオニスの親父、ガーヒリテア騎士団長がそうだ。グリプスが飛行型騎乗士を運用していたというリギアの報告を聞いているはずなのに、未だに新型騎乗士の開発協力を拒否しているし。あいつもしかしてグリプスと通じてるんじゃねえの?
アリスが説明を続けた。
「リントヴルムが真実を訴えたとしても、周辺国に利がありません。グリプスと反対の内容を主張するうえに、フラウ様の死をマリウス教が認めているので、逆にリントヴルムの信用が下がってしまう、ということになります。これらの理由から、グリプスの発表を認めざるを得なくなりました」
「気になるのは、グリプスの動きが早過ぎる部分ですね。まるで今回の襲撃が失敗すると分かっていたかのような対応の速さです」
とリリーナが言ったが、それにはリギアが反論した。
「いや、俺の見立てではそうではない。失敗しても問題が無いように、事前に準備を整えていた、と見るべきだろう。特に今回の内容は、後手に回った側が圧倒的に不利だ。今の状況を見てもらえば分かるようにな」
「わたくしもリギア様に同意しますわ。それに、圧倒的に有利であったにも関わらず、全く慢心しておりません。こういう手合いは厄介ですわね」
「現場の方は酷いもんだったけどね……。どいつもこいつも、こっちは空を飛べるんだから勝てるに決まってる。戦艦が5隻もあるんだから輸送艦なんて敵じゃない、と油断しまくりよ」
「ああ、ちょっと気になっていたのですけれど、どうしてフラウたちだけを出して、戦艦は後ろで待機しておりましたの? 後から考えてみますと、最も厄介なのは、フラウたちと一緒に戦艦も近付く、という戦術だったと思うのですが」
「アタシは出ろって言われただけだから、詳しいことは分かんないわよ。推測くらいなら出来るけど」
「ええ、それでも構いませんわ。教えてくださる?」
「多分だけど、騎乗士と戦艦で連携を取る、って方法自体が考えられていなかったんだと思うわ。飛行型騎乗士だけど、アタシも今回同行するまで、そんなものが存在することすら知らなかったし。アタシ、一応あの国では将軍の一人なのよ。そんなアタシでも知らない、国内でも存在を隠されている部隊となると、演習する場所にも苦労するでしょうね」
「革新的過ぎ、それ故に秘匿性を優先した結果、戦術が練り込まれていない、というわけですか。筋は通っておりますわね」
「騎乗士同士は連携してたから、時間の問題だろうとは思うけどね。あとは、焦って判断力が低下していたんだと思うわ。秘蔵の部隊が何にも成果を上げられずに全滅。もし取り逃がしてしまったら、グリプスだと断定はされなくても、その存在が露呈してしまうわけだし」
「ああ、なるほど。あそこで引かなかったのはそういう訳ですか。飛行型騎乗士が一般化され始めているならともかく、その存在すら疑わしいなら、撤退するのはあり得ませんわね」
「そうね。マリアお姉様とリギアお義兄様が飛べるという話はグリプスにも伝わっていたし、迎撃に出たのが2機だけじゃなくて、5機とか10機とかだったら撤退していたでしょうね。リントヴルムにも飛行型が量産されてるって情報を持ち帰らないといけないし」
今明かされる真実―――!
そっか、俺とリギアしか出なかったから撤退しなかったのか……。ゲームだと攻略対象に主人公の6機は最低でも出撃するもんな。
つっても俺たちの場合、飛べるのは他にアリスしかいないし、そのアリスも戦艦を相手にする前に出撃させて疲労させるわけにもいかなかったので、どう考えても解決できないんだが。
それと、重要な情報が一つ出てきたな。青蠅、王宮でそう仮称されたグリプスの新型飛行可能騎乗士のことだが、こいつがどうやって開発されたのかをフラウに聞きたかったのだ。
けどまぁ結果はこの通り。フラウですら青蠅の存在を知らない、という話だ。ちょっとこれは期待外れだったな……。残念だが仕方ない。ここは逆に、何も知らないのに噓八百を並べられるよりマシだと思うことにしよう。
―――本当は知っているのに、知らないと嘘をついているという可能性もありますわよ。
その辺どうなの、ドライコイン?
《報告:当機は噓発見器ではないのですが……。発汗、眼球の動き、心拍数を観測する限り、虚言の可能性は低いです》
―――……便利ですわね、この方。
それは間違いない。一家に一台あれば誰も浮気が出来ません! ってか。
《感想:当機を始めとした、X3モデルの機械仕掛けの神は、契約者の補佐を重視したタイプですので、この程度は当然です。その中でも当機は観測と分析に注力されましたので、他のX3モデルより優れていると言えます》
―――リギア様の秘めたる想いは全く察せておりませんでしたけれどもね。
《反論:当機には読心能力はありませんから、見当外れの意見です》
『当機には』ってことは、それが出来るお前の仲間もいるの?
《返答:不明です。ですが、マスターには読心能力、及び催眠能力は効かないはずです。当機と契約した際に、魂を保護しておりますので》
聞きましたか偉い人たち! ここ参戦した時重要な設定ですよ!!
《感想:まだ諦めていないのですか》
だってゲームにはその手の超能力とか出てこねーし! この世界じゃ完全に死に設定だよそれ!!
―――まぁ、存在しないことの証明など出来ないのですし、万一の場合も安全と考えればよろしいのではなくて?
《報告:言い忘れましたが、魂の保護対象はマスターだけですので、ミス・マリアは普通に影響を受けます》
―――ちょっとぉーーー!?
《反論:ミス・マリアは当機と契約しているわけではありませんので。それに、肉体の操作権も持たず、騎乗士の操縦にも干渉できない。出来ることと言えば、マスターとの会話だけなので、保護対象でなくても実害はないと判断できます》
そうは言うが、いなくなると割と困るぞ。ゲーム設定とかならともかく、貴族の細々とした風習とか常識までは俺一人だとカバー出来ないし。
―――そ、そうですわよね! わたくしの存在は重要ですわよね!
あー、マリアがアイデンティティを失わずに済んだところで、アリスに話をすすめさせようか。
「それでは、アリス。フラウ王女が死去したという扱いになったことで、新たに発生した問題について、説明できますわね?」




