新たなる、赤・改 7
最後の戦艦、その艦橋が吹き飛んだ光景を、俺は大食蜂鳥から見ていた。
そろそろ、雌型騎乗士、天竺葵がどのような機体か説明しよう。
戦闘機だ。
世界初の戦闘機、それが天竺葵の正体である。
「信じられない……。まさか本当に、騎乗士が戦艦を墜とすなんて……」
フラウがそんな言葉を漏らすのも無理はない。戦艦というのは、元々は対騎乗士のために開発されたものだからだ。
空を飛べる騎乗士は、そうではない騎乗士に対して、圧倒的に有利であった。
ならば当然、その騎乗士に対策を講じるのが、人間と言う生き物である。そのために、圧倒的な装甲と、騎乗士の足を止めるための対空砲火。そして動きの止まった騎乗士に止めを刺す主砲。これらを兼ね備えた軍艦として、戦艦が開発されたのだ。
そして今回は、戦艦に対策を講じた騎乗士が開発される番が来た、というわけだ。
とはいえ、この対戦艦戦略は、非常に単純な考え方だったりする。
つまるところ、対空砲火では追いつけないほど速く、そして戦艦の砲撃が届かないほど遠くから、一方的に砲撃してしまえばいい。
従来の騎乗士では無理だ。射程というのは火薬量に比例し、騎乗士のサイズでは、とても戦艦よりも長射程の銃火器を扱いきれないからだ。
そのために、俺はまずお嬢様の嗜みを開発した。ジェネレーター直結型のプラズマ・レールガンを。
あいにく、加速器が3メートル程度のお嬢様の嗜みでは、戦艦と射程が同程度。威力的にも、騎乗士なら兎も角、戦艦の装甲を抜くのは厳しい。
それでは、その3倍以上の長さのレールガンなら、どうだろうか?
これが、これこそが、天竺葵の正体。否、本体。
加速器たる筒と、その根元に2つの雌型ジェネレーターを直結した超長射程・超大型プラズマ・レールガン。
名付けて、『ア〇ムストロング砲』!!!
―――そこはかとなく卑猥な気配を感じますわ。
《感想:まぁ見た目は完全に勃起した男性器ですからね》
―――え? ぼっ……なんですの、それ?
おっと思わぬところでマリアの性的無知っぷりが判明したが置いといて。
さらに根本のジェネレーターは、こちらも新開発のプラズマジェットエンジンに直結している。これにより、天竺葵は既存の騎乗士と比べて大幅な機動力の獲得にも成功した。
つまりこれにより、『ア〇ムストロング砲』は、『サイクロンジェットア〇ムストロング砲』になるのだ!!!
―――サイクロンは何処から出てきたんですの?
《感想:というかマスターの指示で規制音を入れていますが、本当にこれ必要なんでしょうか?》
いや、ほら、元ネタはパロディやりまくってる人なんだけど、たまにいるじゃん。自分がやる分にはいいけど、自分以外がそれをやると、烈火のごとく怒り出すような人が。
この人がそういうことやる人って思ってるわけじゃないけど、まぁ念には念を入れてね。
ともあれ、これが天竺葵の構造だ。
馬鹿でかい砲門、そしてジェネレーターと直結したプラズマジェットエンジン。こいつを核として、コクピットとか翼とか装甲とかを取り付けることで、戦闘機という形が作られているのだ。
ともあれ、これで今回の戦闘も無事終了。あとはアリスが戻ってくるのを待って、待って……。
あれ、なんか忘れてない? とても重要なことだったんだと思うんだけど。
戦闘機を使うにあたって、絶対に必要な……。
そう、艦載戦闘機に必要な……。
「あ゛」
そう、そうだ。天竺葵は戦闘機の構造をしているのだ。
「ど、どうした、マリア? 急に変な声を出して」
それはつまり、手も無ければ足も無いということだ。
「ど、どうしましょうリギア様」
高いところから降りる時、手も足も無いというのはどういうことか。
「わたくし、天竺葵を実際に使用するのはもっと先になると想定しておりまして」
そして、俺が何を忘れていたのかを口に出した。
「あの機体を着艦させる手段を用意しておりませんのよー!!!」
そう、着艦フックの存在である。
●
天竺葵が大食蜂鳥の直上、垂直に曲芸立ちをしていた。
プラズマジェットエンジンが瞬間的、かつ段階的に連続で火を噴き、少しずつその勢いを弱めていく。
そして前方への慣性を、完全に大食蜂鳥の移動速度にまで合わせ、ゆっくりと下へ降りてきた。
後輪のライディングギアから先に接地を成功させ、しかし、それにより運動エネルギーが全て前方へと移動した。勢いよく甲板へと前輪が叩きつけられそうになったところで、不知恐怖が優しく、丁寧な動きで機首を受け止めて、無事着艦を完遂させた。
『マ、マリアー! お前、マリアーッ!!!』
「ナーイス! ナイスですわリギア様!! リギア様ならきっと上手くいくとわたくし信じておりましたわぁー!!!」
まさしく拍手喝采モノである。この瞬間、大食蜂鳥のクルー、ゴルディナー家の開発スタッフ、作業を直接担当したリギアと、俺たちの心は、確かに一つにまとまっていた。
「み、見苦しい……!」
後方、リギアに代わり、リリーナたちに拘束されているフラウが呆れた表情をしているが、今はそんなことはどうだっていいんだ。重要なことじゃない。
今、重要なのはアリスだ。
英雄の凱旋、なんてかっこいいものではない。
コクピットから降りようとして足を滑らせ、落下してきたのを受け止める。
まぁ落ちるのは分かっていた。原作ゲームでも初の実戦、つまり今回の戦いで同じように足を滑らせ、一番好感度の高い攻略対象がそれを抱きとめるシーンがあるからだ。
そして、何故そうなるのか。
腕の中のアリスを見れば、自分が今、どうなっているのかも理解できていない、茫然とした顔で宙を見ていた。
「がんばりましたわね」
「あ、ゴルディナー様……?」
俺の呼びかけで、ようやく俺が抱えていることに気付いたのだろう。自力で立ち上がろうとするが、体に力が入っていない。
「今は、ゆっくりとお休みなさいまし」
だから俺は、あらかじめ用意していた筒状のものを、アリスの首へと押し付けた。
プシュッ、と気の抜けた音と共に、精神安定剤が打ち込まれる。
アリスのために開発したもの、というわけではない。騎乗士の実戦では、時折精神が高ぶり過ぎて、ひどい興奮状態に陥る騎士がいるのだ。あるいは、戦闘で酷い怪我をしており、痛みで暴れて治療が出来ない場合もある。
そういう場合に備えて、こういうものが既に開発されているというわけだ。
「リリーナさん、カタリナさん。彼女のことをお願いしますわね」
フラウのことは再びリギアに任せ、アリスも2人に預けた。
王族同士で話すこともあるだろう。それに、流石に意識の無いアリスの介護をリギアに任せるわけにはいかない。
そして、もう一つ。
俺がここで、アリスの面倒を見ることが出来ない理由、リギアの手が塞がっている今、優先すべきこと。
この機会を逃すわけにはいかない、最後の仕事が残っていた。
●
ニオス・マリウス。
学園にとっても、リントヴルム王国にとっても、大して重要な人物というわけではない。
だが、だ。
だが、マリア・フォン・ゴルディナーにとって、極めて重要な役割を果たす人物である。
というのも、マリアがグリプスに亡命した時、ニオスもまた、同時にその行方を眩ますのだ。
何故か、なんてことは考えるまでも無いだろう。
グリプスと縁もゆかりもないマリアが、どうやってグリプスへと渡ったのか。
その橋渡しとなり、マリアの亡命を幇助したのが誰なのか。
ならば当然、マリアが学園を去った時、その隣にいたのは誰なのか。
もうお分かりだろう。ニオス・マリウスは、裏切者だ。
正確には、今はまだ、裏切者ではない。
ニオスが裏切るのは、グリプスの宣戦布告に合わせて、グリプスにいるマリウス教の枢機卿から、マリアを連れてくるようにと密命を受けてからのことになる。
裏切るものの、最終的に和解して、味方に戻って来るのだが……。
マリアが亡命する可能性が潰えた今、ニオスがどんな行動に出るのか、枢機卿からどんな密命が下るのか、実は全く予想が出来ない。
不確定要素が大き過ぎるので、ニオスだけは事故を装って始末するべきかと考えたりもしたのだが、今まで判断が付かずに放置していた。
当然だが、こんなことは他の連中に説明できるわけがない。俺が何故それを知っているのかを説明できないからだ。
だが、それでも、このタイミングで接触しておきたい。というのも、学園だとニオスはリギアを始め、他の取り巻き、あるいは他学年の聖職者と共にいることが多いのだ。男子寮は女生徒の立入禁止だし、二人きりで接触する機会というのも、これまで全く得られなかった。
そして、ニオスに与えた個室の前まで移動した。
その部屋は内側から鍵がかけられていた。だが、全く問題がない。俺はマスターキーを持っているからな。
なので鍵を開け、ノックも無しに部屋へと侵入し、
ニオスの顔をした少女と対面した。
何故、その相手が少女だと断言できたのか。簡単だ。少女は上半身が裸で、たわわに実った果実をさらけ出していた。
加えて身に付けているのは、下半身に黒いレースの女物を一枚のみ。これで男だと判断するのは苦しいものがあった。
「……はぇ?」
パチン、と小さな音がする。肌と下着の間から指が抜け、布地が肌を叩いた音だった。
そして、その茫然とした表情の相手が、ニオスの顔をしていると認識した瞬間、俺はニオス(仮)へと飛びかかり、なんとか後ろ手に押し倒し、拘束することに成功した。
さて、こうして動きを封じれば、やることは一つだ。
「貴女、何者ですの? 本物のニオスさんをどうしたのですか?」
モチのロン、尋問である。
合わせて変装マスクを剥がすために、空いた手でニオス(仮)の顔をめくろうとしているのだが、これがなかなか上手くいかない。
にしてもこの時代のマスクはすげえな。まるで肌の触感そのものだ。触れられることを想定して、相当に作りこんでいるのか?
「痛い痛い痛い! やめてくださいゴルディナー様! 何者も何もないですよ、僕がニオスです!」
「嘘をおっしゃいまし」
俺がこうもニオス(仮)を警戒しているのには、ある理由がある。それは、ニオスの所属部隊だ。
実はニオスは、マリウス教の暗部、つまり、騎乗士暗殺部隊の一員なのだ。
暗殺部隊と言っても、本人の暗殺技能が高いわけではない。あくまで、騎乗士を用いた暗殺部隊という訳だ。
ニオスが雌型を使うのもこのためだ。静穏性が高く、動きが機敏で、急所をピンポイントで攻撃するために高い出力も必要ない。周りが全員雄型だから雌型を選んだというのは単なる建前で、雄型よりも雌型の方が使い慣れているのが真実、というわけだ。
だから暗部を通じて、俺たちの誰かを暗殺するために入れ替わったのではないかと疑っているのだ。ニオスは騎乗士を操っている場合ならともかく、生身の場合はそういった技術を収めているわけではない、普通の人間だ。騎乗士と生身では、必要な技術が全く異なるからね。
しかし、戦闘訓練も受けているはずなのに、こうもあっさり俺に捕まるなんて……。謎は深まるばかりである。本物は一体どうしたんだろうか。ミーンで枢機卿の元へと向かったと言っていたし、恐らくその時に入れ替わったんだと思う。しかし、入れ替わったことに今まで全く気付いていなかった。恐ろしいほどの演技の上手さだ。
「本当です! 本当なんですって! 入学した時から男の格好をしてたんです!」
《質問:ニオス・マリウスにはそのような設定があったのですか?》
なわけねーだろ! 乙女ゲームの攻略対象が男装した美少女だなんて設定、20年も昔にあって、……ありそうだな。いやあってもおかしくはねえか。
いやおかしいだろ!! ねえよニオスにそんな設定!!!
《報告:ちなみにマスター、網膜、指紋、声紋、全てにおいて彼女がニオス本人であることを認めています。当機が観測した限りにおいて、彼女がニオスであることは疑い有りません》
じゃあなんで女になってんだよぉ!?
《質問:作中で、ニオス・マリウスが男性であることを証明できるような場面、例えば水着になるなど、上半身を晒す機会は無かったのでしょうか?》
あー、夏休み、他の攻略対象達は水着イベントがあるんだけど、ニオスだけはコティン=カミィン、マリウス教の総本山に呼ばれてしまうから水着になったりしないんだよね。
《返答:他、1学期の初訓練時に発生するというラッキースケベイベントの際にも、ニオスは女体に興味がないという情報でしたし、それらや風貌を加味し、世界が生成される際の補強として、実は男装少女と解釈されたのだと推測されます》
いやいやいやいやいや。
スパァーンッ!
「きゃあああ!?」
尻を叩けば快音が鳴り、合わせて小さな悲鳴が上がった。
「このケツで男装は無理でしょ」
―――芝居が出来ておりませんわよー!?
あ、いかん。動揺してるな俺。完全にお嬢様ロールが剥がれてた。
「む、無理とはなんですか無理とは! 確かに最近服がきつくなって困ってますが、入学前までは薄かったんですよ!!」
涙目になりながらも反論してきたニオスの言葉に、俺は夏休みを、アリスのことを思い出した。
「……それ、アレスさんの前では言わない方がよろしいですわよ」
「は、え、なんでここでアリスちゃんが出てくるんです?」
いやぁ、だって全然育ってないんだもんあの子。さっき着てたパイロットスーツ、用意したのって春の時にだし……。
ううむ、しかし、確かにこれはよく実っているわ。なんだこの桃尻は。安産型か。
「あの、叩いたところを撫で回すの、やめてもらえませんか? なんだか背中が凄くぞくぞくしてきてるんですけど……」
おおっと、いけないいけない。危うく一人の少女を女に目覚めさせるところだった。
スパァーンッ!!
「イッ、~~~!? な、なんでまた叩いたんです!? なんで!?」
いや、なんか撫で心地がいいので、ただで放すのに名残惜しくて、つい。
「とりあえず、ニオスさんだと信じてあげますので、まずは服を着てくださるかしら」
いやね、ニオス、1学期の間は男って設定で進めてたんですよ。
夏休みの間にね、設定が性転換してしまいましてね。
でもほら、たしか魚の中には周りが全部オスだと、自らメスに性転換するってのがいるらしいじゃないですか。
まぁケツ論、もとい結論から申し上げますと、作者の性癖の犠牲者です。




