新たなる、赤・改 8
服を着ることを許されたニオスが取り出したのは、下とお揃いの上、つまり黒いレースのブラジャーだった。
「男装するのにそのアンダーはどうなんですの」
「ぼ、僕が用意したものではないですよ! その、ミーンで久々に友達と会ったら、問答無用でランジェリーショップに連れていかれてしまって」
「まぁ、あれだけ育っておいて何も付けていないなら、その御友人の行動は至極当然というものですわ」
「あの、その卑猥な手の動きは止めてもらえませんか?」
おっと、思わずつい。
無意識にエア尻撫でをしていたら、ニオスに警戒されてしまった。ほら、何もしないから部屋の隅に隠れてないで出ておいで。
「だとしても、それ以外のものを着ればよろしいのに」
「旅行前に用意していたのは、全部使用済みなんです。僕もこれとどっちにするか、ちょっと悩みましたけど……」
「なるほど。そういう建前を手に入れた上に、アダルティーな下着への好奇心も抑えきれなかったと」
「分かってても言わないでくださいよ!?」
「気にすることは無いですわよ、ニオスさん。少女は皆、大人の女への憧れを胸に育っていくものなのです」
したり顔で良いことを言ったと思うのに無視され、ニオスは無言で着替えを続けた。
《感想:手間取っていますね》
―――ブラジャーは慣れていないと時間がかかりますからね。
あー、そういや俺も最初は手間取ったな。……ふむ、ここは手助けを、
《提案:警戒されていますし、ここは大人しく待機しておきましょう、マスター》
―――そうですわよ、|ハウス、ハウスです。
なんか微妙に待機って言葉に悪いニュアンスが込められてる気がするんだが。
取り合えず頭の中の声に従い、ニオスの着替えを終わるまで待つことにした。
そして学生服、さらにその上から神父服を身に着けたニオスと、改めて向かい合った。
「……ところで、なんでこんな時に着替えておりましたの?」
「お水をこぼしちゃったんですよ」
はて、何故水が?
俺の疑問を察したのか、ニオスが続けて補足を入れてくれた。
「戦闘が終わったのを見て、それで喉が渇いているのに気付いたんです。お水を用意してる時に船が大きく揺れてしまって」
あー、それ、タイミング的にも天竺葵を着艦させた時のやつだろうな。
「まぁ、それで下着まで濡らしてしまいまして」
「あぁ、それは着替えてしまいますわね。そこにわたくしがタイミング良く踏み込んだ、と」
「はい。……ん? いやタイミング良くじゃありませんよ! タイミング悪くでは!?」
「あら失礼。つい本音が。オホホホホ」
気を取り直して、
「それで、どうしてわざわざ男装を? 先の言葉からすると、学園に通う前までは普通に女性として過ごしておられたのでしょう?」
「あー、その……、特にゴルディナー様には言いづらいといいますか」
「いいから教えなさいな」
「上が余計な気をー、じゃなくて、枢機卿団の方々から、第一王子には婚約者がいるので、助祭と言えど、女が近付くのは気分が悪いだろうという話が出まして……」
「それで男装を? ……あの、他に年の適した男性はおられませんでしたの?」
「リントヴルムにいるのは女の子が多くて。男の子も少しだけいるんですけど、まだ助祭ですらない見習いだったり、性格に難があったり、成績に問題があったり……」
「……それで、性別以外は問題がなく、当時つるぺただった貴女に白羽の矢が立った、と」
「はい、おっしゃる通りです……」
以前、ニオスには変わりなんていくらでもいると思ってたけど、まさかその逆で、ニオス以外に適任者がいなかったとは……。
今、ニオスは男性制服の上から、マリウス教の聖職者であることを示す外套を羽織っている。上着は身体のラインを殆ど覆い隠しており、傍目には男か女かの判断はつかず、スカートではなくズボンが覗いていることから、男だと判断できるという塩梅だった。
「改めて観察すると、女性だと断定できる情報は見えませんわね」
だが、それにしても、
「それで、他の誰かに見つかったりしておりませんの?」
「今のところ、知られたのはゴルディナー様だけですね。……あ、同じ助祭で、なおかつ同性の先輩方にも通達されているはずなので、その人たちを除けばですけど」
「……よくリギア様たちに発覚しませんでしたわね。更衣室やシャワーなど一緒でしょうに。そこはどうしておりますの?」
「マリウス教の聖職者として、例え同性が相手でもみだりに肌を見せてはいけないとか、そんな言い訳を色々と重ねて誤魔化しまして……。着替えやシャワーは自室に戻ってます」
「なるほど、男装バレ系の薄い本には今のところなっていない、と」
「異本……? 異教徒の、禁書の類のことでしょうか?」
う~ん、未成年が閲覧できないという意味では、確かに禁書と表現できなくはない。
「いえ、禁書という訳ではありませんのよ。単に、もし男装していることが男性の友人に発覚したらどうなるのかについて詳しく記された書物を目にしたことがありまして」
嘘は言っていないぞ、嘘は。全年齢向けの少女漫画でもこういう展開はあったりするし。
「ど、どうなるのですか!? 教えていただいても?」
そりゃ【ア~ン】なこととか、【コ~ン】なこととか。
《感想:【ア~ン】は分かるのですが、【コ~ン】ってなんですか》
なんとなく語感で言ったんで俺も分からん。まぁ、今はニオスだ。我が故郷、日本が誇る創作活動の蓄積を知るがいい。
例えば、まずこうされて、ああされて、そして【ニャーン】だ。
―――きゃあー! ちょっと、子供には刺激が強すぎるんではなくて!?
ニオスの顔も真っ赤である。「そ、それで、その後は何をされるんです?」なんて前のめりに聞いてくるが、自分がその当事者に一番近いってことを忘れているんだろうか。
かくかくしかじかと言う感じで、色々とテンプレを伝えていく。
そして、最後に俺はこう言った。
「で、リギア様達に正体がバレたら、これがニオスさんの身に降りかかりますのよ」
「いえいえ、王子殿下やみなさんが、まさかそんな酷いことするはずないですよ」
「典型的な被害者になる人の考えですわね。……まさか、自分の友人に限って、そんなことをするはずがない。そう考えていたせいで、二人きりになってしまい、そのままあれよあれよと」
具体的に説明してみるとしよう。
なぁに、こちとら原作ゲーム制作者だ。あいつらがどうするか、20年のブランクはあるが大体の行動は予想が付く。
「そうですわね……。まず、レオニス様の場合。そのような状況になったら、まず力尽くで押し倒し、服を剥いて逃げられないようにするでしょうね」
その後は、先ほど話した【ア~ン】の中にも出てきている○奴隷エンド。
「ヴァイト様は、自分の部屋へと招き入れ、鍵をかける。公爵家の御子息用の部屋ともなれば、防音がしっかりしておりますもの。中で何が起ころうと、周りに漏れることはありませんわ。道具を揃えておくことも出来ますわね」
この場合は監禁エンド。これももちろん説明済み。
「そしてグレイ様はリギア様第一主義。まずリギア様に話を伝え、さらに学園中の男子生徒だけへと情報が伝わり、あとは休み時間や放課後が来る度に」
「ももももういいです! もう分かりましたから!」
最後は○○○エンドのパターンを伝えようとしたら、赤く染めていた顔を逆に、血の気の引いた顔になったニオスからストップがかかった。
「あの、もし誰かにバレた時には、助けてください……」
よし、楽しく話せたな!
●
図らずもニオスを仲間に引き込むことに成功し、俺は部屋を退出した。
《提案:いや、裏切者の件について、追求しなくていいのですか?》
裏切り……。なんの?
ニオスはまだ裏切ってないよな。
《返答:グリプス王国の使用していたジェットエンジンの、情報漏洩経路についてです。マリウス教を経由して情報が漏れていると推測されておりましたよね?》
あ、忘れてた。
という事で、先ほど出てきた部屋へと再び踏み込んだ。
何故か上半身裸のニオスがいた。
「ぎゃぁー!!?」
「なんでまた脱いでおりますのぉー!?」
―――あー、ほら、先ほど、大急ぎで服を着ておりましたでしょう? ブラジャーのおさまりがずっと悪かったのだと思いますわ。それを直すために脱いだのでしょうね。
なるほどなぁ、とマリアの言葉に納得していると、
「どうした、マリア! 何やら悲鳴が聞こえたが!?」
廊下の向こうからリギアの声が聞こえてきた。さらにはこちらへと駆け寄ってくる足音。そして目の前には動転して固まり、丸見えのままのニオス。
「あーっリギア様! 何でもないんですのよ! 何でも! だからお待ちになって、お待ちになってー!!」
《感想:いつものことながら締まりませんね、マスターは》
このあと無茶苦茶誤魔化した。
●
リギアの追及をかわし、さらにはニオスに違和感のないブラジャーの付け方を指導し、ようやくのことで、俺はアリスが運ばれた医務室へと足を運んだ。
ここまで来るのに、随分と長い時間がかかってしまった……。
―――半分くらい自業自得な気がするのですけれど。
俺は悪くねえよ!? 悪いのは変な忖度して世界作った奴だよ!!
「あー、ゴルディナー様……?」
カーテンを通りベッドに近付く。ちょうど目を覚ましたところだろう、アリスが寝惚け眼の、焦点の合っていない目で俺を見ていた。他には誰もいない。二人きりだ。
「あら、もう目を覚ましておりましたのね」
「はい。その、御心配をおかけしました……」
……実は倒れることは知っていたので、正直、大した心配もしていなかったんだが。
―――それを言うのは野暮が過ぎますわよ。
《感想:時折、マスターには人の心がないのではないかと思うことが多々あります》
最初に時折っつったじゃねーかよオメー!?
「初めての実戦ですもの。気にしておりませんわ」
アリスはベッドの上で起き上がり、眠気を飛ばそうと頭を左右に振るが、
「ん~~~? ……なんだか、すごくふらふらします」
あー、身体が小さい分、薬が効き過ぎたのかもしれない。一応、女性用のを使ったんだが。
《否定:効果時間に対して覚醒が早過ぎます。薬効が抜けていないのが原因でしょう》
「まだ寝ていて大丈夫ですわよ」
「いえ……、あたしは、ゴルディナーさまのキャバリエ、なんだから……」
ベッドから落ちそうになったのを受け止めると、
「あ、ごめんなさ、い……? ……うん? んー?」
何故か、俺の胸に受け止められたまま、俺の匂いを嗅ぎ始めた。
「……なんか、ゴルディナー様から知らない女の人っぽい匂いがします」
ヒエッ。
「ふ、フラウ王女を捕まえていたから、香りが移ったのでしょう」
「さっき格納庫にいた方ですか? うーん、王女様ってイメージの匂いではないような。もっと、こう、なんでしょう? 高貴というより厳かな感じの」
「……あの、わたくしもまだシャワーを浴びていないので、そのように体臭を嗅がれるのは抵抗があるのですけれど」
「あ、ごめんなさい、ゴルディナー様」
―――アレスさん、完全に目が覚めておりませんか?
《感想:おかしいですね……。分量的にも、あと1時間ほどは覚醒しないはずなのですが》
なあお前ら、そんなことよりアリスが夫の浮気を疑う妻のような目で見てくるんだが、どうしたらいい?
ニオスのおっぱいの形を整えただけで浮気はしてないんです! 信じてください!!
《感想:アウトでは?》
―――アウトだと思いますわ。
自分でも思ったけど文字情報だけだとこれ確実にアウトだわ。
《感想:スリーアウトでチェンジです。次はミス・アリス側の攻撃ですね》
待て待て待て待て待て、そういうルールじゃねえからこれ!
とりあえず距離を、距離を取ろう。
「ほら、まだ横になってなさい。薬も抜けてないはずですわよ」
そう言って、ベッドの上にアリスを寝かせた。その上からタオルケットをかければ、顔を半分隠し、目だけを見せて、
「はーい。……添い寝とか、駄目です?」
《感想:何か、凄く甘えてきますね。以前は一線を引いた態度でしたが》
―――それはもちろん、キャバリエになったのですもの。舞い上がっているところもあるのでしょうね。
「それは戻ってからにいたしましょう。帰ったら忙しいですわよ。戦後処理に、わたくしのキャバリエとして、両親や国王陛下への挨拶。それに寮の引っ越しもありますし。休めるうちに休んでおきなさいまし」
「はーい」
―――ていうか、貴方は何をやっておりますの。
え、何? 俺、また何かやっちまいました?
―――違いますわよ。逆ですわ、逆。何もやっていないから言っているのですわよ。
え、待ってマジで分からん。何やってないの俺?
―――誤魔化しているのは分かっておりますのよ。そもそも、貴方が先程から話しているのは、貴方のキャバリエなのですわよ。何を変な遠慮をしているのですか。40を超えた男が女々しいこと。
よ、四十路は関係ねえだろ四十路は! こういう時は精神年齢の問題だよ! 俺ぁ永遠の14歳だからな!
―――うだうだ言ってねえでとっととやれや。彼女を待たせてるんですわよ。
あ、はい。
深呼吸を、一つ。
「これから、末永くよろしくお願いいたしますわ。わたくしのアリス」
初めて目の前の少女の名前を呼べば、一瞬の驚いた顔の後に、満面の笑みを浮かべて、
「……はい、マリア様!」
初めて、俺の名前を呼んでくれた。
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ニオス・マリウスの友好度が上昇しました。
不具合報告:ニオス・マリウスの友好度はシナリオ進行段階による上限値が施されています。上限値を超える値の友好度は、上限値が解放されるまで無効化されます。
フラウ機の撃墜により、隠し要素フラグ、フラウ・グリプス参戦条件1を満たしました。
フラウ・グリプスの友好度が解放されました。
騎乗士の胸で抱きしめて:第2話における全行程達成完了を確認。表題『新たなる、赤』を改題。
――――――第2話『三つの赤が交差する』 完
――――――次回をお楽しみに。
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脱稿ゥゥウ ̄ ̄ ̄ ̄Z___!!!
という訳で2話が無事完結です。
書き始めた時にはアリスを完全に味方として取り込むのが目的だったはずなのに、気付いたら3割くらいはニオスの話だなこれ!
まぁほら、これまでは貴族と平民という格差のせいで、アリスが遠慮していたという体で一つ。




