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事案指定 第37号「定数村」(其の一)

【内閣官房 第七準備室 事案記録抜粋】

事案指定:第37号「定数村」

事象分類:事象未確定(概念的定数維持および証言均一化の疑い)

発生地域:西部山間部・夜刀村

事案状態:覚知・事案該当性精査中


午後四時半。市役所一階、『戸籍住民課』の窓口裏。

住民票の発行を待つ市民たちの退屈そうな咳払いと、

奥のフロアから響くドットプリンターの無機質な駆動音が、

白茶けた蛍光灯の下でひどく単調に混ざり合っている。

第七準備室からこの市役所へ潜伏している行政の情報窓口担当(リエゾン)は、

安物のワイシャツの袖をまくり、支給された汎用端末の画面を無表情で見つめていた。

彼の表向きの役職は主任。日々の業務は、住民基本台帳ネットワークの更新と、

市民から提出される各種届出のデータ入力である。


マウスのホイールを回す指が、

市境の深く切り立った山間部に位置する『夜刀(やと)村』の人口動態ファイルのログで止まっていた。

リエゾンの眼球は、スプレッドシートの一番右端――『月末人口集計』の列だけをなぞる。

昭和、平成、そして令和。四十年間、四百八十ヶ月。そのすべての月末集計欄に記載された数字が、

ただの一度も狂うことなく『150』で固定されている。

自然死や事故死で欠員が出るたびに、数日と空けず、

隣県や遠方から身寄りのない単身者が移住してきては『150』の枠が埋まる。

その出入りのサイクルは、行政の処理速度の限界に極めて近い。


リエゾンはキーボードを叩き、庁内ネットワークの共有フォルダから、

別の文書を画面の右半分へ展開した。

それは市の『地域支援課』に所属する一般職員が、

昨日の夕方にシステムへアップロードしたばかりの業務報告書だった。

数ヶ月前に夜刀村へ移住した若者と連絡が取れないため、地域支援課の職員が単身で村へ赴き、

安否確認とヒアリングを行った際の記録である。

報告書の所見欄には、「対象者の家屋に家財一式が残されているものの、村人たちの証言から、

本人の意思による自発的な離村と判断する」と記載されていた。


リエゾンは所見を読み飛ばし、

添付されていた『住民への聞き取り記録(テキスト起こし)』の項目までスクロールする。

真面目な一般職員が、村の老人たち十数名に個別に尋ね、

レコーダーの音声を忠実に文字へ起こした羅列。リエゾンの視線が、その文字列の上で完全に停止した。


【対象者A(村長・72歳)の回答】

「昨日の夜、迎えの車が来て実家へ帰りましたよ。都会の人は根気がないから」


【対象者B(農業・68歳)の回答】

「昨日の夜、迎えの車が来て実家へ帰りましたよ。都会の人は根気がないから」


【対象者C(無職・81歳)の回答】

「昨日の夜、迎えの車が来て実家へ帰りましたよ。都会の人は根気がないから」


対象者D。対象者E。対象者F。

続く十数名分の回答テキストが、句読点の位置、語彙の選択、文字数に至るまで、

一文字の狂いもなく完全に一致して並んでいた。

一般職員は「全員が口を揃えてそう言っていた」という事実を、

ただ真面目に文書化して保存しただけだろう。だが、数十人の人間の発話が、

これほどまでに完璧な同一の文字列として出力されることは、統計学上あり得ない。


リエゾンは感情の読めない顔で画面から目を離すと、

傍らに置かれていた冷めた缶コーヒーを一口飲んだ。

引き出しを開け、市役所の備品ではない、黒い金属製のUSBトークンを端末に差し込む。

表の行政ネットワークから完全に切り離された、真っ黒なコンソール画面が立ち上がった。

彼は淀みない指使いで、四十年間分の『人口推移データ』と、

地域支援課が上げた『ヒアリング報告書』を暗号化して添付する。

宛先は、本庁・第七準備室の情報統制局。


件名に【データ精査および事案該当性の確認依頼】と打ち込み、短いテキストを添える。

『市役所・戸籍住民課の情報窓口担当(リエゾン)より本庁へ。管轄地域の夜刀村において、

過去四十年にわたる月末人口定数(150)の完全維持、

および一般職員の現地聴取報告書テキストに極端な均一化(バグ)を確認。

当窓口での真偽判定は不能。本部にて本件のデータ精査、ならびに事案該当性の確認を乞う』


迷うことなくエンターキーを重く叩いた。

送信完了の小さなダイアログを確認すると、彼は直ちにトークンを引き抜き、

端末の画面を日常の住民基本台帳へと戻す。


「主任。すいません、三番窓口の転入届、確認お願いできますか」

パートの女性職員に声をかけられ、リエゾンは「はい、今行きます」と、

ごくありふれた地方公務員の顔を作ってパイプ椅子から立ち上がった。

彼が席を立った後のモニターでは、何も知らない市民の戸籍データが、無機質に瞬き続けていた。

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