序章
【内閣官房 機密保全通達 第0号】
件名:非標準事象に起因する国内インフラ・治安事案の取り扱いについて
指定:極秘(取扱厳重注意)
配布先:内閣総理大臣、内閣官房長官、内閣危機管理監
保管場所:都内K町 総合危機管理統括庁 地下データセンター
日本国内において、年間に警察へ届け出される行方不明者の数は約八万人。
その大半は所在が確認されるか、あるいは悲劇的な結末を伴って発見される。
だが、警察統計の分母から静かに除外され、
「処理完了」として処理される数パーセントの事案が存在する。
――山中で発見された、骨だけが完全に消失した変死体。
――真夜中の住宅街で、外壁ごと住人が「削り取られた」一軒家。
――電波の届かない廃トンネルから、定期的に発信され続ける救難信号。
警察はそれを「野生動物の食害」と呼ぶ。
消防はそれを「局所的なガス爆発」と処理する。
自治体はそれを「大雨に伴う地盤沈下」と発表する。
地方紙の三面記事にわずか数行だけ掲載され、翌朝には誰もが忘れていくありふれた事故の記録。
だが、現場の規制線の内側で、誰が何を片付けたのかを覚えている者はいない。
初動で駆けつけた警察官は、本庁からの直通電文によって現場から強制排除される。
遺体を引き取りに来たはずの救急車は、外周道路で立ち往生を命じられる。
住民たちが怯えながら見つめたスマートフォンの動画は、
アップロードされた瞬間にサーバーごと検閲・消去される。
何者でもない名前を持たない者たちが現れるからだ。
白地の識別コードだけを刻んだ漆黒の装甲車。
密閉された装甲服の奥から冷たい視線を向ける戦闘部隊。
そして、泥にまみれた現場で、淡々と書類にペンを走らせる背広の男たち。
内閣官房 総合危機管理統括庁「第七準備室」――通称、ナナシツ。
表向きは、霞が関の片隅に置かれた予算ゼロのペーパー部署。
実態は、日本の現行法規では定義も処罰もできない「異常」を、
国家権力のすべてを使って解体・収容・隠蔽する超法規的執行機関。
彼らにとって、怪異は倒すべき悪ではない。
祈りによって祓うべき祟りでもない。
ただ、予算と規程に従って淡々とすり潰し、
地下深くの保管庫へ放り込むべき「公務上の障害」に過ぎない。
「怪異など存在しない」
その欺瞞を現実として維持することこそが、彼らに課せられた唯一の任務である。
今日もまた、どこかの警察無線が「あり得ない言葉」を拾い上げる。
端末の画面が赤く点滅し、内閣官房の極秘回線が開かれる。
そして、あなたの知らないところで、世界の綻びが一つ、音もなく縫い合わされていく。
――これは、国がひた隠しにする「日常の裏側」を巡る、極めて冷徹な業務記録である。




