カリン:灰色
灰色の空が近づいてきた。火が上がっている。
上空を飛ぶドローンと人の顔。この前現れた暁鍾者だ。
「…趣味の悪い」
「えぇ…」
軽トラがガタガタと言い始め、速度が出なくなった。キキョウさんが停める。
「ガス欠ですね。ここから歩きましょうか」
地図を広げながら車から降りる。まずは装備品を手に入れたかった。
ここから東に数km歩くと、今まで使っていた駅がある。
外縁5km。たしか、相原と書かれた看板のあった場所だ。
煙の匂いが鼻につく、先頭は僕。メイスを構えて少しずつ進む。
ところどころに堕ちている虫やドローン。コミュニティを襲った虫たちは、ここに集まる為に来たと考えていいだろう。
灰色の空は、よく見れば胞子だった。
上空を覆う胞子で日光は見えない。これまであったボーダーラインが崩れ、広がっているのだ。
「そういえば、ボーダーラインが観測されたのも1年前程でしたね」
「うん…そもそも、回収員を始めたばかりの頃はそんなに奥に行くことも無かったし…」
昔の話をするマリーさんは、いつもどこか悲しそうだ。
以前、ナジールと戦った時に師匠が付きっきりだったし、戦闘終了時、初めて見せた弱音は当時こそ衝撃だったけど、今のマリーさんの方がらしさがあると思う。
虫は何匹か殺した。もう、あの頃の僕ではない。虫の数匹程度なら、1人でも倒せる。
ケラ喰いは見ることないまま、目的の駅に着いた。
そこに、回収員のジャケットを着た人達が3人居る。僕の知らない人達だ。
「あ!リーダー!」
女性が手を振ってこちらに来る。残りの男女2人は駅の入口付近でこちらを見やる。
「まさかホントに会えるなんて…!」
「どういうこと?ミリア達だけ?」
「はい!私たち3人は渡米される人を連れた本隊とは別に、先行隊として休憩地点や装備品を集めてる…はずなんですが…」
頭を掻きながら、ミリアさんと呼ばれた女の人は愛想笑いをする。
「ここまでで入手出来た装備品はゼロ…休憩地点も、北からここまででまともに使えそうな場所はありませんでした…みんな、荒らされてたり…」
北から。そう聞かれて、ふと思い出したことがあった。
「大きな亀裂の底に、集落があったと思うんですけど…そこは?」
「あぁ…落人の籠ですね。ベゴニアさんから聞いています。あそこは…」
言い淀むミリアさんに、もう1人のキリッとした女性が近寄る。
「そこは既に確認済です。落人の籠は…虫に食い荒らされて壊滅でした…それ以前に、どうやら飢餓が酷かったようです」
「そんな…」
「ヨシとマルが、生き残った数人の看病に残りました。本隊は更に北を南下中だと思います」
またしても知らない名前だ。僕が知らないだけで、回収員は沢山居たのかと知った。
でももう、今更かもしれない。
キリッとした女性は、僕を見て右手を出した。
「君と話すのは初めましてですね、カリン君。私はシャミ」
「は、初めまして」
握手をする。小さく冷たい手だった。
「…ボルト。中に入らないという事は、何か問題があると?」
キキョウさんがそう問う。呼ばれた大柄な男性は小さく頷いた。
「中に気味の悪い虫が居て、そいつから伸びる節足が建物中に張り巡らされている」
「…なら、ここは諦めて次に…」
キキョウさんが地図を取り出しながら言葉を詰まらせる。
よく分かってない僕に、大柄なボルトさんが屈んで僕に地図を見せてくれる。
これまで通ってきたらしいバツの数々。僕らの地図にあった装備品の置かれた場所と一致する。
ここから南下する先は、もう印がほとんど無い。
「少なくとも、ここの装備品が生きてるかどうかの確認だけは、取りたいものだ」
「…あの、節足の虫って?」
恐る恐る聞いてみる。僕には身に覚えがあった。
「あぁ。派手な色した芋虫だよ。背中から節のある細長い何かを壁や天井に張り巡らしている」
「ディレージ…」
「名前があるのか」
ユウトさんに教えてもらった名前だ。めんどくさい蝶。「ブラキナ」になるから、殺せるなら殺せと教わっている。
でも、今の僕らで殺せるだろうか。
「何にしろ、装備品だな…休憩地点はもう諦めるしか無い」
「あの虫、キモくて嫌なんですけど…行かなきゃダメですか?」
「なら、あんただけ残る?」
3人の会話は、昨日今日のパーティで無い事を思わせる。
全員がマリーさんを見る。リーダーの意見が欲しいのだが、当のマリーさんは怪訝な顔をする。
「…そう、だよね。うん、先ずは状況を確認しなきゃね」
「リーダー、なんか可愛いですね!そういうのも素敵ですよ!」
いつもと違うマリーさんを励ますように、ミリアさんが笑う。
そんなふたりを、キキョウさんはどこか冷めた目で見ていた。




