忘れられた責任
列車がトンネルを抜けて、虫の被害の無い田舎に止まる。
坂が多く、川も離れている。農耕にはあまり向いてない。
「…どうする?」
「どうするって」
コミュニティのみんなに、渡米の事、ケラ喰いの事。改めて言わなくては行けない。
キキョウがマリーを見る。それにつられてみんながマリーを見た。
耐えかねたマリーは目を逸らし、そのまま後ろを向いた。
「お前…」
ジニアが呆れた顔をして見る。
「もう、回収員は終わったの」
その通りだ。コミュニティの崩壊した今、何処に拾った物を置くというのだ。
両手が塞がっていれば、箱に仕舞えばいい。誰かに渡せばいい。
それが無くなったのなら、抱えられるもの以外は持てない。
すぐにジニアが服を正した。
「俺が説明してくる」
「…付いてくよ、タネの事とか、僕が顔を出しておかないとな」
「いつも助かるよ、ベゴニア」
半分ほど、マリーに向けた煽りだ。あまりいい気分では無い。
横にいたユウトが釘を刺す。
「やめろ、殺し合う余裕は人類には無い」
「…すまん」
「渡米の事は俺から説明しよう。お前は存分に自分の旗を振れ」
僕とタネとジニアとユウトで、列車の前に出る。
コミュニティの人達は、こちらを見て不機嫌な顔をする。
ジニアが手を上げて、ざわめきを制した。
「聞いてくれ!こちらの黒船の人達の渡米の話をする!」
それだけサラッと言い、ジニアは後ろに下がった。
「…それだけなのか?」
「俺たちすら、ケラ喰いについては未知数なんだ」
実際、コミュニティの人達はざわついている。
そのままユウトが前に出る。
「今の説明の通りだ!君たちの今の心境は痛いほど分かる。俺たちも、海の向こうで同じように戦っている!」
海の向こう。その言葉で、皆の顔が一瞬曇る。
「それでも!俺達の居るコミュニティはここの3倍だ!もちろん日本人も居る!」
そう言ってユウトはエヴェリンとベティに指を向けた。国力の象徴である戦車と共に、突然白羽の矢が立つエヴェリンは少しおどおどしてお辞儀する。
「君たちの愛国心を揺らす気は無い!もし共に行きたいと思う人は、是非来て欲しい!俺たちは歓迎する!」
人々の反応は、思いのほか割れた。
「化け物が居るようじゃ、この国も終わりかな」
「でも、あっちでも文明は終わってるんだもんな?」
「もう…帰る場所も無い…」
それぞれがザワつく声の中、1人の初老の男性が手を上げた。
いつかタネに、トマトの手入れを教えてくれた農家のおじさんだ。
「…化け物、だったかな。わいはそうは思わん。彼は畑に興味を持った。慎重に野菜を触り、貰ったトマトを美味しそうに食べてくれた…」
タネはなんの事かは分かってないが、確かに記憶にあるおじさんの顔を見つめている。
「それより…黒船などと大層な名前でやってきて…随分と気前のいい事を言うじゃないか。そちらも、太平洋戦争を…原爆を忘れたのか?」
おじさんがエヴェリンを睨むように見る。エヴェリンは俯き、何も言わない。
「太平洋戦争?」
横に居るジニアに聞いてみる。
「昔あった戦争だったはずだ。俺も詳しいことは知らん」
おじさんは、周りの反応を見ながら続ける。
「もう100年以上昔の事だ…わいも、直接体験した訳では無い」
100年。パンデミックからたった5年。それと比べて遥かに昔のことだ。
ユウトは何も言わない。エヴェリンも、苦い顔をしている。
「空襲で家も、人も、みんな焼けたそうだ。原子爆弾で、大量の人間が苦しみながら死んだ。回収員さんが越えてきた苦しみを。それ以上のことを、お前たちがやったんだ」
再びザワつく声。しかし先程と違って、それは黒船側に対する警戒の声だった。
「…でも、やったのは100年前の人だろ?」
「そういうことでは無いのだろう…この状況を、もし仮に人間が作ったのだとしたら?お前も見ただろ。虫を吹き飛ばして喜ぶあれを、人間に向けたのだとしたら?」
「だからって、エヴェリンは関係ない」
「あの戦車は、相当古い物らしいな」
その一言で察して口を閉じる。ユウトは「それだけたくさんの人を救ってきた」そう言っていた。
エヴェリンだけじゃない。黒船の使う兵器そのものを、おじさんは忌避している。
「わいはここに残る。まだ子供たちに、野菜の作り方を教えとらん。人を殺す道具を見せ付ける君たちには付いていけない」
おじさんがそう言い切る。周囲の視線は、エヴェリンに移った。
「…どうする?」
「そりゃ…うーん」
歯を食いしばっていたユウトが怒鳴り声を上げる。
「見せ付けるだと!?何を呑気な事を言って…」
「待っテ!!」
ユウトの怒号を、エヴェリンが止める。ベティから降り、地面に座る。
「…アナタの気持チ。受け取リマシタ…私達ハ、コノ子は、確カニ人殺シデス…」
そうしてエヴェリンが、土下座をした。
「本当二…ゴメンなさい……」
前に行こうとするユウトを止める。周囲の人達は、何も言えずに固まっている。
おじさんですら、本当は分かっている。昔あった戦争の事を、彼女に謝らせるのがいかに愚かなことか。
僕だって、その戦争の事なんて知らない。たとえ自分の先祖が関わっていたとしても、だから今エヴェリンにこうして謝らせるというのは、それは被害者を名乗る暴力だ。
「わいの言い過ぎだった…そんなつもりは無かった…申し訳ない…」
「イイエ…アナタの言葉ハ事実デス…デスカら、私はアナタ達を助けタイ」
真っ直ぐにおじさんを見るエヴェリン。その金色の前髪が、土で茶色く汚れている。
義足の音。ハヅキが前にでてきた。カバンを置いて、中のガスマスクを出す。
「これは、この人たちと作った物です!これのおかげで、私達はまたあの街で物を拾えます!」
ハヅキの目は、怒りに満ちていた。あんな顔を見たことは無い。
「私も、ここに残ります!この人たちから授かった技術で、もう一度コミュニティを復活させます!それが嫌なら、違うところで土を耕してください!過去の罪は、受け取り先に進む為の物です!何時までも下を見てる余裕は、私達にはありません!!」
静まり返る人々。そこにジニアが前に出た。
「今から、ここに残る人と海を渡る人で分ける!自分の意思を尊重してくれ!海を渡る人には、ガスマスクを渡す!」
ざわつきながらも、少しずつ別れていく人達。おじさんが座るエヴェリンに近寄り、同じく座って土下座した。
「…本当にすまなかった」
「…イイエ、お互イ頑張りマショウ」
エヴェリンが立ち上がり、土で汚れた手を前に出す。おじさんがそれを、同じく汚れた手で握った。




