カリン:燃え尽きても
より多くの人を助けるために、キキョウさんと離れてホルンと走る。
ホルンはもう、何も言わない。燃える町を、ただ二人で駆け抜ける。
サルビアさんの家は、火事で燃えて崩れかけている。辺り一面に焼け爛れた血の臭いが鼻を突いた。
「これは…」
そう言おうと口を開いて、その光景に息をのんだ。
瓦礫の上に座り込むサルビアさんの目の前の崩れた柱から、左手が一つはみ出ている。
腕の周りの瓦礫を、サルビアさんが手で掘り起こそうとしている。
「ジロー…ジロー…」
ホルンがいくら揺すっても、サルビアさんはその場を動こうとしない。
血だらけの指で柱を引っ搔いては、小さな欠片をどかしていく。
「…サルビアさん」
「ジロー…」
「サルビアさん!」
「うるさい!」
「…っ!」
ホルンが俯いて肩を揺らして泣いている。炎が空気を焼く音と、サルビアさんが瓦礫を引っ搔く音。それだけ。
もう、警報の鐘の音も聞こえない。
「もう…ジローさんは…」
サルビアさんの居る柱の反対側に横たわる人の体。胸から上が潰されたその体の床から溢れる血は、とても生きている人のそれではなかった。
瓦礫が一つ落ちた時、柱に埋もれていた腕が動いた。
「ジロー!」
サルビアさんが柱の瓦礫をさらにどかしていく。その時、柱から腕が落ちた。
腕の刺さっていた柱の穴から、まるで栓が外れたように血が溢れ出す。
「そこにいるの!?今出してあげるから!」
サルビアさんが穴に手を入れる。液体を掻き分ける音を立て、穴から血が噴き出した。
「やめてください!!」
暴れるサルビアさんを、ホルンと瓦礫から無理矢理引き剝がす。
仰向けに倒れたサルビアさんは、ジローさんの左腕を抱えている。
糸が切れたように寝転がったサルビアさんは、乾いた唇をゆっくりと開いた。
「…バカみたい」
先程と同じ眼をしているのに、言葉はもう冷静だった。
よく見ると、家の周りには矢の刺さった虫が一面に転がっている。
「…鈴音もジローも、みんなどっか行っちゃった」
「…鈴音?」
「ボクの娘。パンデミックの時にはぐれちゃった」
「そう…だったんですね」
余りにも普通に、まるで昨日の晩御飯の話をするように、サルビアさんは話した。
その強烈な違和感に、僕は火の中で震えた。
「反対を押し切って産んで、一人で育ててきたのにね。ゾンビになってたりしてね、それだともう会えないか」
「そんなこと…」
「それでもいい。それでもいいから、顔を見たいだけなのにさ…」
起き上がったサルビアさんは、ジローさんの腕を見つめる。
「カリン、ホルン、手伝って。ジローを埋めてあげたいんだ」
「…はい」
「……」
ホルンの顔は、悲しいというより、どこか確かめるような顔をしていた。
サルビアさんと、地面に穴を掘る。背の高いジローさんが入れる穴を掘るのは時間がかかった。
本当は、早く動くべきなんだろう。それでも、故人を蔑ろにしたくは無かった。
ゆっくりとジローさんを動かす。頭と左腕の無いジローさんの右手の中に、派手な色のポーチが握られていた。
「サルビアさん…これ」
固くなった指を広げて、サルビアさんに渡す。
ポーチの中には錠剤が少しと、折り畳まれた紙切れに「お仕事頑張ってね」と、小さく書かれていた。
「…口で言えよ、バカ」
弱々しくつぶやくサルビアさんは、やっと涙を流した。
「…サルビアさん」
「…2人で行ってきなよ…ボクはもうイイ」
サルビアさんは俯いたまま動こうとしない。
「ダメですよ」
「…なんで?」
「…あなたを埋める人が居ません」
「そういう変な冗談、ベェみたい。でも行かない」
その時僕は、俯くサルビアさんの襟を掴んでいた。
「何を開き直ってるんだ!!」
サルビアさんが、驚いた顔をする。
正直に言うと、僕はイラついていた。
自分の無力さをここまで叩き付けられたのに。僕より強い彼女がこんな簡単に折れるのを見ていられなかった。
何を言おうかと考えたけど、頭に血が回ってない。
「…もし鈴音さんが居たら、僕が貰いますよ?良いんですか?こんな雑魚に大事な娘を任せて」
もちろんそんなつもりは無い。僕の力の代償だと、ユユに言われた事への反発だった。
襟を掴んだままサルビアさんに捕まれ、地面に叩きつけられる。
背中を地面に打ち付けられて、息が詰まる。
「…焚き付けたつもり?本当に雑魚じゃん。ムカデの時から期待してたのに」
「そうですよ…僕は、なんにも守れなかった!マグカップも、自分も、リズも!」
「…リズちゃんも?」
「弱いやつは…守られてなきゃ生きていけなかったのに…なんで勘違いしちゃったんだろう…自分に人を変える力なんてない、自分すら変えられない!与えられた物が何かすら気付けない!」
「…分かってんじゃん。それで十分でしょ」
「…僕は行きます。旧市街の中央に。リズを取り戻すために…それで十分な訳無いじゃないですか。だって僕は…花でも、ケラ喰いでも無い。人間だから」
「……」
サルビアさんは、何も言わずに建物に歩いていった。その足取りは、さっきまで彼女の弱さは無かった。
しばらくして、弓と散弾銃を持って戻ってくる。
「あんたに鈴音は渡さない。私は、ヒマワリの所に行く」
ヒマワリ。師匠達を導いた人。
みんなして、その人の名前を言う。どんな人なんだろう。きっと、凄い強い人なんだろうな。
「…起こしてくれませんか?」
呼吸が上手くできない。火の中で動きすぎた。
「…ほんとに弱いね。ホルン、起こしてあげられる?」
ヘスティアを装備したホルンに起こされる。泣いた後なのか、それとも火のせいか。顔の赤いホルンは僕を見て、モジモジしながらも、いつもの無表情で言う。
「…ありがとう」
ぶっきらぼうな言い方は、サルビアさんに似ていた。
僕が師匠に似るように、この子もサルビアさんに似たんだろうか。
「…僕も、起こしてくれてありがとう」




